第四十三節 士紅の、御宅訪問。 その三




 陽は傾いているが、徐々に夕暮れの時間が延びる季節。


 春を迎えた草木が彩りを誇る道を、三名の少年達が歩道を行く。


 ここは、トウミの区画。歴史も深く、大家の別邸や古くからの商家が多い。近くの、コノエモトとはまた違った高級住宅街の様相は、広く敷地を取った壁や生け垣の境界が、どこまでも続く印象だ。


 土地柄か、歩道は品良く整備されるが歩く人影は珍しい。駅まで延びる道も、すれ違う人は数えるばかり。

 必然的に顔見知りばかりになる界隈かいわい。例え有名大家の子息と共にいたとして、士紅の容姿に対し怪訝けげんの二文字を向けられる。


「悪いな。駅まで送ってもらうなんて」


「……遠慮するな。こんな所で迷子になると厄介だぞ」


 涼しげな目元に、言葉通りの心配を浮かべる礼衣レイが、士紅シグレに答える。


「確実に、迷いそうだからな」


 車道側を陣取ろうとして、位置を士紅に取られた昂ノ介コウノスケが言葉を上乗せする。


「否定しても、仕方がないと自覚しているよ」


 文字通り、士紅が白い手袋に包まれた両手を軽く挙げ〝降参〟の意思表示をした時。礼衣が制服のポケットに手を入れた。


「……済まない、レールが届いた」


「うん。どうぞ」


 礼衣レイが、部活の強化組と揃えたケータイを取り出し、操作をしている様から視線を流した士紅は、周囲のたたずまいに、溜め息混じりにつぶやいた。


「この辺りは、大きな敷地と屋敷ばかりだ」


「歴史がある街だからな。海外との交流も盛んだった名残なごりで、ルブーレンやリーツ=テイカの商家も多い」


 昂ノ介が説明に入れた、リーツ=テイカ。世界地図上で、リュリオンを中央に置くと、西側にルブーレン。東側がリーツ=テイカとなる。


 ただ、国粋主義で気位が高いの国は、地図の上でも中央に置く。〝中の御国ミクニ〟と名乗りはばからず、鷹揚おうように押し付ける。


 文化文明の高さや、人類の起源にいて由来と国教をかざし、過去から何かと軋轢あつれきの種をいて来た。


 それも、今となっては古い話しとなり、外圏勢力の双璧が降り立ってからは、その統制下に置かれて久しくある。


「あの群青色をした屋根の屋敷がそうだな。これはまた、立派なたたずまいだ」


 士紅が、見事なルブーレン様式の屋敷を見やり、一本指を差しては無礼だと遠慮したのか、指先を揃えた白い掌で示す。


「あれは、礼衣の実家だ」


 昂ノ介の答えに、蒼い屋根を見据え無言のまま、差した士紅の掌の位置が下がる。


「だから、退くなと言うに」


「……次は、俺の家に来い。ああ見えて、内装は和室が多いからな。茶も、いくらでもててやれる」


 他意はない雰囲気だが、士紅の態度が面白かったらしく、礼衣は少し笑って会話に復帰した。


「うん。楽しみ」


「……話しは変わるが、丹布ニフ


「ん?」


 また礼衣の屋敷を見ていたらしく、首を戻した士紅は、礼衣の話しへと繋げる。


「……先程は、会話が弾んで流れてしまったが、次の公休日の予定はいているだろうか」


「何があるんだ」


「……久し振りに、リメンザで打つ事になったのだが、どうせなら、強化組も誘おうと思ってレールで打診していたのだ」


「次の公休日か。まずいな」


「先約があるのか」


 意外にも、残念そうな響きを込めた昂ノ介がこぼすと、士紅が語尾を追い言葉を重ねる。


「あぁ、そうか。連れ出せば善いのか」


「……何だ?」


 礼衣が改めて問うた。


「部外者だが、一人増えても善いかな。近々、庭球の交流会に参加する事になった人と、勘を取り戻す程度の軽い試合をする約束をしたんだ」


「……良いのではないか? 俺達も激しく打ち合う気はない。どうだ、昂ノ介」


「丹布の知り合いの方なら、問題はない」


有難ありがとう。それで、皆は集まれるのか」


「……残念ながら、千丸ユキマル、メディンサリは先約で都合が付かなかった。蓮蔵ハスクラも、午前中までしかけられないと言っていたので、昼には解散になる予定だ」


「成る程ね。セツトのリメンザに、朝一番で善いのか?」


「ああ」


「承知した。待っているよ」


「……うむ」


 会話と予定が、煮詰まったまった頃。鐵道てつどうの大動脈に至る、トウミ駅が見えて来た。

 この辺りになると、さすがに人波も有名商業地も手伝い賑わいを見せる。どことなく、客層に品があるのは土地に宿る息吹の賜物だろうか。


 今日の礼と次の時間の感謝を、昂ノ介と礼衣に伝え、士紅は迷う事もなく帰路にいた。


 柊扇家を出る前、駅までの道のりについて説明を受ける最中さなか。会話を聞き付けた、威峰タカミネが気を遣い、ある事を提示して来たのだ。


 高級送迎車で、士紅の住む家まで送ると言われては、士紅も記憶力と方向感覚を、最大限に引き出すしかなかったのである。





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