第四十二節 士紅の、御宅訪問。 その二




 昂ノ介コウノスケの斜め後ろに控えていた士紅シグレが、立ち止まった。


「どうした? 丹布ニフ


「か、菓子折かしおりくらい、持って来るべきだったかな」


「なっ、何を下らん気遣きづかいをしている。そんな物は不要だ!」


 士紅が軽く見上げるのは、重厚な歴史と風格が宿る四脚の櫓門やぐらもんに似た門構もんがまえ。左右を見れば、遠くまで白壁が続く。


 史跡か城だよな。この先にあるのは。などと、士紅が口を開こうとする矢先、堅く閉じられていた正面の門扉が開く。


 梅紫の着物に、黄赤色の帯姿の数名の家人が、すでに待機していた。


「お帰りなさいませ、坊ちゃま。礼衣レイ様は先程、お部屋にお通し致しました」


「ただいま。もう一人、友人が来ている。茶菓子を頼む」


 家人の一人が、見慣れない客人に対し、値踏む無礼を伏せた視線を向ける。


「初めまして。丹布ニフ士紅シグレと申します」


 士紅は畏縮いしゅくせず、芯の入る一礼を示す。


 立ち位置、声、姿勢、顔色、出で立ち、脚元。耳には入れていたが、一見いちげんの士紅に対し、密かに合格点を付けた家人が、礼節を込めて歓待の選択を表した。


「ようこそ、いらっしゃいました。どうぞ、奥の方まで」


「失礼致します」


 一連の様子を見ていた昂ノ介は安堵したようだ。柊扇シュウオウ家の奥を仕切る女中頭・馬城マシロ ホソのお眼鏡にかなったらしい。

 生まれた頃から世話になり、全く頭が上がらない、二番目の母とも言える女傑だった。


 玄関に通されると、またもや何か言いたげな気配を立てる士紅を、昂ノ介が目力で牽制けんせいする。

 高級建材を用いた上がり口に着いた頃、姿勢も良く頑健そうな老人が出迎えた。紫と薄い青を組み合わせた春の色合わせた、正絹しょうけんの着物姿だ。


「帰ったか。昂ノ介」


「ただいま戻りました」


「今、礼衣レイが来ているが、また手合わせを断られてしもうたわ。庭球も良いが、たまにはじじいの相手をして欲しいものだ。と? 友人か」


「はい。同学年で、同じ庭球部の丹布です。祖父の威峰タカミネだ」


「初めまして。丹布士紅と申します。本日は、突然の推参すいさんについての不作法、御容赦くださいますように」


「ははは、良い良い。孫の友人なら気兼ねなく、いつでも来なさい」


有難ありがとう御座います」


 昂ノ介が、青一郎セイイチロウ礼衣レイを置き、友人と認め家に連れて来た事実。この上ない礼節を貫く士紅に、大いに満足した様子で威峰はうなずくと、そこで相手の名前に何か思い出した素振りを示した。


「ん? 丹布? もしや、入学早々庭球部相手に、大立ち回りをしたと言う丹布君か?」


「御耳汚しとは、恐れ入ります」


 恐縮のていこうべを垂れる間に、小声で昂ノ介を詰問きつもんする。


柊扇シュウオウ、何を吹き込んでくれたんだ」


「い、いや。ありのままを伝えただけだ」


 二名のやり取りは、威峰を前に筒抜けだった。それを踏まえた上で、威峰は念願だった事を明かす。


天晴あっぱれじゃ! あの話しを聞き、一度会いたいと思っていたのだよ」


「恐れ入ります」


「お祖父さま、そろそろよろしいでしょうか」


 隣の狼。前方の虎。そこに挟まれた思いだった昂ノ介は、活路を見出したいがために会話に水を差した形を取った。


「む、そうだな。丹布君、ゆっくりして行きなさい」


有難ありがとう御座います。お邪魔致します」


「うむうむ」


 見るからに外圏人。だが、垣根を感じさせず礼儀を重んじる士紅の姿が心象に残ったらしい。長く続く畳敷きの通路を進む背を、威峰は孫の背と共に見送る。


 威峰は老いてなお精悍せいかんな表情に、穏やかなしわを走らせた。





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