第四十一節 士紅の、御宅訪問。 その一




 週の真ん中、ミズの曜日。部活動は休みだった。


 急ぎ帰る用事もなし。柊扇シュウオウ昂ノ介コウノスケは、セツト駅構内にある純喫茶風の軽食店、その窓側に座っている。気難きむずかしそうな顔をしながら、部誌を広げていた。


 店内の静かに漂う耳障りの良い弦楽曲。客が漂わせる、かえって集中をうなが微かな雑音ノイズかおり高い紅茶の空気が満ちている。


「やあ。相席しても善いかな」


 昂ノ介は、声を掛けられた。


「ああ、構わんぞ」


有難ありがとう。店内にいる、柊扇シュウオウの姿が見えたから寄ったんだ。それ部誌?」


「うむ。部活がない日も、何かしら記載するようにとの監督の指示でな」


「成る程ね」


 急に現れた同じ部活仲間でもある、丹布ニフ士紅シグレに、内心は驚いたようだった。しかし、話す内容で釈然としたらしい昂ノ介が招き入れた辺りで、給仕が注文を取りにやって来た。


「いらっしゃいませ。ご注文は、お決まりですか?」


「そうか、注文。それでは、冬の舞姫を一つお願いします」


 昂ノ介の正面席に座す士紅が、給仕に向き直る。だが、その反応が鈍い。

 彼女の視線は、士紅の珍しい岩群青いわぐんじょう髪と似紅色にせべにいろ双眸そうぼうを往復している。


「店員さん」


「えッ、あ、はい!?」


「そんなに見詰めないでください。照れてしまいます。本気なら、今からでも時間をけますよ」


 そこには、えんと甘く微笑む士紅の姿がある。


 どこから、そんな演技を持って来るのか。と、言わんばかりの表情の昂ノ介は、走らせる筆記具を思わず止める程にあきれ顔だ。


 給仕の方は、すっかり呑まれて気の毒なくらい狼狽ろうばいしている。


「いッ、いいえ! 失礼しました。あの、ご注文は」


「冬の舞姫です。それと、ヘルダンのお代わりをお願いします」


 昂ノ介がまとめて告げた注文を受け、「お時間を頂戴します。」との常套句じょうとうくを残した給仕は、そそくさと役目を果たすため退いた。


有難ありがとう。悪かったな」


「それには及ばん。しかし、店員も店員だが、お前もお前だ」


「あんな風に迫ると、大抵は逃げてくれる」


「随分、慣れた物言いだったな」


「っははは、まぁね。実際に妙な色で、眼付きも面構えも悪い。視線が集まるのは、慣れているよ」


「自分で言えば世話はないが、無礼な話しだ。嫌ではないのか」


「事実だからなぁ。否定は出来ない」


「そうか。俺は」


「ん?」


「言う程、お前の容姿が悪いとは思わない」


「っははは、有難ありがとう。一応、礼は言っておくよ」


 しばらく二名は雑談を重ねていると、やがて注文の品々が届けられた。年頃の女性が喜びそうな冬の舞姫には紅茶品種の一つと、サッパルが添えられている。


 昂ノ介の席には、同じく別品種のヘルダンのお代わりが音も少なく置かれた。


 先程と同じ給仕が、今度はなく辞する際に「有難ありがとう御座います。」と、感謝と笑顔を付けて送り出す士紅。

 無言の一礼で済ませる昂ノ介は、会話を再開させる。


「柊扇はヘルダン派か。私はサッパルが好きなんだ」


「紅茶に詳しいのか」


「詳しい程ではないよ。紅茶も善いが、たまには緑茶や抹茶が飲みたくなる」


「ほぉ、外圏にもあるのか」


「うん。どこも似たような食彩文化だ。土地による名称や、風味が違うだけの物もある」


「ならば一度、礼衣レイてる茶を飲むと良い。とてもうまいぞ」


 昂ノ介は、部活仲間の名と特技を発した。


「善いな、飲みたい。明日にでも頼もう」


「そうだな」


 会話を一段落させ、士紅は手元の菓子にさじを入れる。粉砂糖が、雪のように敷かれるシフォンのガート。麓には、木苺や柑橘かんきつの果実。付け合わせの生クリーム。


 女子か。幼児か。と思う心の声が表情に書いている、昂ノ介は士紅の食べる様子を、ちらりほらりと目をやっていた。


 元から、凄まじく眉目端正びもくたんせいな士紅は中性的だった。詰め襟の制服さえ着ていなければ、中高生の逢い引き風景だとはたから見られる事だろう。


 士紅は食べる姿も取り分ける菓子ですら、見苦しさの一片もない。どこぞの貴婦人と相席している気分に思い至りそうな昂ノ介は、照れ隠しも込め熱いヘルダンの旨味を口にする。


「丹布。この後は、どうするつもりだ?」


「図書館へ行く」


 ほぉ。と、感心の息をき、書き終えた部誌を閉じる。


 郷土史の趣向があるが、絶版して手に入らない物や、買うと嵩張かさばり高価と来ている。図書館を利用しない手はないのだと、士紅は語る。


 土地に残る由縁や逸話は面白い。聞く者が聞けば失笑する常識外れの昔話には、歴史に埋もれ、起きた事件が吹聴ふいちょうによってゆがめられる場合がある。

 掘り下げると歴史に埋もれた真実があり、正史よりも興味深い。


 歴史や時代小説を愛読している昂ノ介は、引き込まれたらしい。時代を、登場人物を側面から読み解くと、意外な繋がりや発見があるのだと、趣味を明かした。


 共通の視点に、士紅も嬉しくなったのか声に色が差す。


「そうそう、そこなんだよな。最近、何を読んだ? 面白そうな本があれば、教えてくれよ」


「ならば、今から家に来ないか。そろそろ礼衣も着く頃だ。茶を点ててもらう約束も、取り付けられるぞ」


「来る事が判っているのに、優雅に休憩とはね」


「そう言うな。青一郎セイイチロウにも言えるが、礼衣レイとも生まれた時からの付き合いだ。本人が留守でも、互いの部屋に入って本を借りたり、邪魔をしている。俺達は生まれた日も近ければ、系図からしても親戚同士。互いの家人も見咎みとがめない」


「成る程ね。では、言葉に甘えて邪魔をさせてもらおうかな」


「ああ、歓迎する」


 その言葉を受け、士紅が残る紅茶を飲み干そうとする気持ちは、昂ノ介に伝わっているようだった。

 それにしても、士紅はたっぷりと時間を掛け、それを果たしていた。


 丹布は猫舌。低温で茶葉の旨味が出る、サッパルの特徴からも察っした昂ノ介は、そう結論付けた様子だった。





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