第四十一節 士紅の、御宅訪問。 その一
週の真ん中、
急ぎ帰る用事もなし。
店内の静かに漂う耳障りの良い弦楽曲。客が漂わせる、かえって集中を
「やあ。相席しても善いかな」
昂ノ介は、声を掛けられた。
「ああ、構わんぞ」
「
「うむ。部活がない日も、何かしら記載するようにとの監督の指示でな」
「成る程ね」
急に現れた同じ部活仲間でもある、
「いらっしゃいませ。ご注文は、お決まりですか?」
「そうか、注文。それでは、冬の舞姫を一つお願いします」
昂ノ介の正面席に座す士紅が、給仕に向き直る。だが、その反応が鈍い。
彼女の視線は、士紅の珍しい
「店員さん」
「えッ、あ、はい!?」
「そんなに見詰めないでください。照れてしまいます。本気なら、今からでも時間を
そこには、
どこから、そんな演技を持って来るのか。と、言わんばかりの表情の昂ノ介は、走らせる筆記具を思わず止める程に
給仕の方は、すっかり呑まれて気の毒なくらい
「いッ、いいえ! 失礼しました。あの、ご注文は」
「冬の舞姫です。それと、ヘルダンのお代わりをお願いします」
昂ノ介が
「
「それには及ばん。しかし、店員も店員だが、お前もお前だ」
「あんな風に迫ると、大抵は逃げてくれる」
「随分、慣れた物言いだったな」
「っははは、まぁね。実際に妙な色で、眼付きも面構えも悪い。視線が集まるのは、慣れているよ」
「自分で言えば世話はないが、無礼な話しだ。嫌ではないのか」
「事実だからなぁ。否定は出来ない」
「そうか。俺は」
「ん?」
「言う程、お前の容姿が悪いとは思わない」
「っははは、
昂ノ介の席には、同じく別品種のヘルダンのお代わりが音も少なく置かれた。
先程と同じ給仕が、今度はそつなく辞する際に「
無言の一礼で済ませる昂ノ介は、会話を再開させる。
「柊扇はヘルダン派か。私はサッパルが好きなんだ」
「紅茶に詳しいのか」
「詳しい程ではないよ。紅茶も善いが、たまには緑茶や抹茶が飲みたくなる」
「ほぉ、外圏にもあるのか」
「うん。どこも似たような食彩文化だ。土地による名称や、風味が違うだけの物もある」
「ならば一度、
昂ノ介は、部活仲間の名と特技を発した。
「善いな、飲みたい。明日にでも頼もう」
「そうだな」
会話を一段落させ、士紅は手元の菓子に
女子か。幼児か。と思う心の声が表情に書いている、昂ノ介は士紅の食べる様子を、ちらりほらりと目をやっていた。
元から、凄まじく
士紅は食べる姿も取り分ける菓子ですら、見苦しさの一片もない。どこぞの貴婦人と相席している気分に思い至りそうな昂ノ介は、照れ隠しも込め熱いヘルダンの旨味を口にする。
「丹布。この後は、どうするつもりだ?」
「図書館へ行く」
ほぉ。と、感心の息を
郷土史の趣向があるが、絶版して手に入らない物や、買うと
土地に残る由縁や逸話は面白い。聞く者が聞けば失笑する常識外れの昔話には、歴史に埋もれ、起きた事件が
掘り下げると歴史に埋もれた真実があり、正史よりも興味深い。
歴史や時代小説を愛読している昂ノ介は、引き込まれたらしい。時代を、登場人物を側面から読み解くと、意外な繋がりや発見があるのだと、趣味を明かした。
共通の視点に、士紅も嬉しくなったのか声に色が差す。
「そうそう、そこなんだよな。最近、何を読んだ? 面白そうな本があれば、教えてくれよ」
「ならば、今から家に来ないか。そろそろ礼衣も着く頃だ。茶を点ててもらう約束も、取り付けられるぞ」
「来る事が判っているのに、優雅に休憩とはね」
「そう言うな。
「成る程ね。では、言葉に甘えて邪魔をさせて
「ああ、歓迎する」
その言葉を受け、士紅が残る紅茶を飲み干そうとする気持ちは、昂ノ介に伝わっているようだった。
それにしても、士紅はたっぷりと時間を掛け、それを果たしていた。
丹布は猫舌。低温で茶葉の旨味が出る、サッパルの特徴からも察っした昂ノ介は、そう結論付けた様子だった。
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