第四十節 初めての取材。




「休憩に入りましょう。先輩方、給水して下さい」


 部活時間終了まで、一時間を残した頃合い。屋内練習場に士紅の声が通る。


「は~ァ、疲れたァ」


「お前の球出し、速いし正確だし色々スゲーな」


「ほれ、水だ。おれ達以上に声出して動いてたんだから、しっかり水分補給しとけよ」


 四年の浅盛利アサモリが、未開封の解質清涼飲料水でんかいしつせいりょういんりょうすいと経口補水液のボトルを士紅シグレに差し出す。


 先程の褒め言葉も含め、士紅が恐縮しながら受け取ると、屋内練習場の入口付近で部員達が声を波立たせた。


 話しによれば、屋外練習場にいる選抜組の一年生が、運動競技専門雑誌の記者から取材されている。との事だ。


「その手の事は、監督が断ってるって聞いたけどな」


「来てる記者さんは、監督が現役時代からの付き合いって事で、断り切れなかったみたいですよ」


「へ~、そうなんだ」


「優秀な選手の情報公開ってのは、避けては通れないしな~。監督も妥協したんだろう」


「でも、よく今まで逃げられましたね。監督も含めて、あの〝リメンザの申し子達〟ですよ」


 元々の庭球好きが残ったが故に、その辺りの事情は心得た物で、部員達の噂話しは尽きない。


 部長・在純アリスマ青一郎セイイチロウ、副部長・柊扇シュウオウ昂ノ介コウノスケ、部員・火関ホゼキ礼衣レイ

 この〝リメンザの申し子達〟は、揃いも揃って天才肌。小等科に入る前より、リメンザに通い始めた頃から話題になっていた。

 既に競技団体から目を付けられ、今もなお、庭球部で名を馳せる有名校からの勧誘が止まっていないと言う。


 加え、記事に反して校内の庭球部に入り、新体制下で全員が新入生の全国選抜要員。内外でも騒然となっている。


「おお? 噂をすれば何とやら」


「お目当ては、お前なんじゃないのか? 丹布ニフ


 先輩部員達の話しを、静かに耳にする士紅に向かって、人影が三っつ近付いて来る。


 一人は顧問・監督の深歳ミトセ。その背後には、元々運動競技に触れていましたと言わんばかりの壮年のリュリオン人と、見るからに新卒の雰囲気たっぷりな、小柄なルブーレン人の二人組が付いていた。


「皆さん、しばらく丹布君を借りますので、休憩後は対角線打ちをやっていて下さい」


 部員達から不満の声など立つはずもなく、快く丹布を送り出す意図を返す様子を確認し、深歳は二人組を紹介する。


「丹布君。こちらは大手運動競技情報誌、庭球部門取材記者の日重ヒオさんと、ルーフスさんです。日重さんは、現役時代から、お世話になっている方で、信用出来る記者さんの一人なんですよ」


「プレッセン社リュリオン担当、月刊ラッフォリオの日重です。よろしくお願いします」


「お、同じく、月刊ラッフォリオのルーフスですッ。あ、あの新人で、ご迷惑を、お掛けするかもしれませんが、その、一生懸命頑張りますので、宜しくお願いします!」


「ご丁寧に、恐れ入ります。蒼海ソウカイ学院中等科一年一組二一番、丹布ニフ士紅シグレです。こちらこそ、宜しく御願い致します」


 まず、初対面同士の挨拶は、滞る事なく済まされ言葉が交わされる。


 基本的な資料は、深歳から受け取っているらしく、取材と言うよりも、雑談で顔を覚えてもらうのが主な目的だと日重は、あけすけに笑って腹を明かす。


 机上で習った事と反する現場の流れに、挙動不審なルーフスをダシにして、話しは重ねられた。


 最後に、新人ルーフスに質問する機会を与えた日重が、底意地悪く先輩として背中を押してうながす。


 何気ない質問によって、相手から使える情報を引き出させる教育の一環として。無言の課題を与えた所だった。


「丹布君って、話し慣れてるよね~。ど、堂々としているし。もう取材とか受けてて、慣れっこなのかな?」


 日重は早々に、節くれだった大きな手の平で顔を覆ってしまった。堂々としているのは、ルーフスの直球過ぎる質問内容だ。


 〝天才・恩村メグムラ〟が、話題の一年生選抜組を立ち上げ、取材の申し込みが入らない訳がない。


 だが、本人が矢面に現れ、取材攻勢をなしらす中、やっと乗ってくれた話しではある。他社の接触があるのか、ないのかは探りたい所だったが。この様だった。


「先輩方の話しでは、部長達は有名人で取材にも慣れている様子ですが、私は初めてですよ。これ、面白いですよね。尋ねられる機会はないので新鮮です」


「ほ、本当なの? 外にいたお仲間が、丹布君の庭球の腕は、凄い凄いって話しをしていてたし、地元じゃ有名な選手なのかな~って」


「まさか。公式の試合経験はありません。身内で遊ぶ程度です」


 失敗したと思っていたルーフスの無遠慮な質問は、日重の意に反する結果をもたらした。

 士紅は気付いてい様子にも関わらず、今も淀みなく話しをこぼし続け、日重も気になっていた話題に差し掛かる。


「え~、怖くなかった? 練習試合と言っても最初の相手が、あの絶対王者・連堂レンドウだったんでしょ?」


「苦手なんですよね。その手の冠が付いた、ことは」


かんむり?」


 思わず、日重は自身で決めていた禁じ手を踏んでしまう。鸚鵡おうむ返しで質問するのははばかっていからだ。それだけ、士紅の観点に巻き込まれていると言えた。


「数値上や、近い現象、揶揄は存在するかもしれませんが、とか、なんて聞くと、突き崩してやりたくなるんですよ。そんな物、どこにも存在しませんからね」


 日重の黒い目が、士紅の似紅色にせべにいろに向いた。


 は、どこまでも俯瞰ふかんする傲慢とも取れるようでいるようでいて。


 地の底よりも遠い深淵しんえんから、突き上げめられるようでいて。


 隔絶のうつろをものぞく思いを、日重は感じたらしい。


 触れてはならぬ、かしこし境界の向こう側なのだとも。


「日重さん」


 士紅に名を呼ばれ、日重は霞んだ意識に、冷や水を浴びた思いで我に返ったように、大きく厚い身体を小さくねさせた。


 そこには少々警戒をく、士紅の薄桜のような笑みが咲いていた。





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