第三十九節 お年頃には、よくある話。
ある日の二時限後。次の授業までの時間を、思い思いに過ごす同窓生の
「
五組の
「あれ?
「うッわ。何かスゲー怒ってるぞ」
「あいつが怒ってると、普段の二倍増しで迫力あるよな」
「う、うんうん」
「何だ。朝から大声を出すなよ。辞書でも貸して欲しいのか」
「あの柊扇君に、ものともしないで対応する丹布君も、どうかしてると思うの」
「確かにな」
妙な肝の据わり方を察した同級生達が、新たな名物の誕生に同じ組で気分を高ぶらせているようだ。
意外にも士紅は、一組の生徒との交流は広く取っており、全員と会話や名前を交わしてた。
「辞書は関係ない。部誌に下らん記載をするとは何事だ!」
「問題なんて、一つもないだろう」
「部活動には不要な内容だ。今すぐ消せ」
「嫌だね。誰が消すものか。全国を目指す仲間に対し、親睦を深めるための質問をして何が悪い」
昂ノ介は、手にしていた部誌を突きつけ改訂を迫る。対する士紅は、右手を腰に当て表情と共に不動の構え。
徐々に人垣が形成されつつあった間を縫い、四組の
「廊下中に響いているよ。何の騒ぎなの?」
「……血相を変えて出向いた先は、丹布の所だったのか」
「丹布が、下らん事を部誌に記載していたので、指導していたのだ」
「重要な記載事項じゃないか。仲間の初恋時期と相手を尋ねて、注意する方が問題だ」
「まだ言うか! 青一郎も青一郎だ。〝俺は知ってるよ、フフフ〟部長の、お前が
「そもそも。副部長なのに、順番が回って来るまで部誌を確認せず、
「……ふむ。一理あるな」
「く!」
士紅に痛い所を突かれ、礼衣に畳み掛けられ、言葉も出ず息しか漏れない昂ノ介の姿。想い至った士紅が、存外な事を言い放つ。
「判った。柊扇が告白しやすいように、ここは公正に聞くも涙、語るも涙、私の初恋話しをしてやる」
「何を!?」
「これは今か」
「まテッっッ!」
「声が裏返えったね」
「……動揺の程が
長い付き合いの二人が、静かに昂ノ介を観察して評する。
「確認を
「ん~」
「丹布、返事をしろ」
「気難しい事ばかり言うなよ」
士紅が、一つ
無表情が多い士紅が、露わにしたそれは、昂ノ介に虚を与えるには充分だった。
ゆらと揺れ、視線一つ下がった頃には、昂ノ介は士紅の
結果として、士紅が昂ノ介に仕掛けた脇固めに似た素手による捕らえ技が発動しいる。
「……ほぉ、これは見事に決まっているな」
独特の間をもって、礼衣が
「堅いんだよ、柊扇。我々は、お年頃だぞ。女の子の話しを、十や百を交わした所で何の罪に問われる」
「ふざけるな!」
「さて、どうしてくれようか。おっと、悪い。電話だ」
「ならば、この捕らえ技を早く外せっ」
言いながらも、昂ノ介が技外しに掛かっていたが、士紅の技は外れず小揺るぎもしない。と言うのに、当の士紅は端整な顔色を変える事なく、既にケータイで通話中だった。
昂ノ介は、幼少の頃から武の道へ入り、筋も良く褒められては叩き伏せられ、這い上がって来ている。
そんな、昂ノ介の自負が曇りそうになった時、急に縛が解ける。
未知の捕らえ技から解放され、昂ノ介は不本意そうに安堵の息を
気が滅入っているように見える昂ノ介の肩を軽く叩き、意識を向けさせた先。そこには、
昂ノ介は、その笑顔を見てしまった事で部誌から始まった怒りや気恥ずかしさも混じる気分が、消し飛んでしまったように思われた。
気取られまいと制服の着崩れを直していたが、付き合いも長い二人には筒抜けだったようだ。
「急用が出来たから、一度退く。部活までには戻るよ」
通話の内容は告げず、士紅は予定行動だけを部活仲間に伝えた。
「え、そうなの?」
「……もうすぐ授業が始まると言うのに」
青一郎や礼衣の言葉にも、士紅は実行を変えるつもりはないらしい。
「悪いな。大事な用事なんだ」
「そうなんだ。気を付けてね」
「……練習場で待っているぞ」
「うん、
言いながら士紅は
「早く行け。急用なのだろうが」
「っははは、
今日も今日とて、士紅にやり込められばつが悪い昂ノ介は、ぞんざいに送り出してしまう。
なのに、どうにも憎めない相手として認めている様子で、その背を見送った。
○●○
同日。少しだけ、北からの風が強い放課後。
三十四分十二秒の遅刻を、礼衣に指摘された士紅には、準備運動の後、庭球部練習場の外周を四十周。
次は屋内練習場で、返球練習中の先輩達への球出し役はどうかと、部長の青一郎は提案する。
提案した相手である顧問・監督の
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