第三十八節 質素だった士紅が、贅沢に成らざるを得なかった〝造り手〟の存在。 その二




「こら! 自身のラケットを粗末に扱う、な?」


 説教に入ろうとした頃合と同時。危なげなく士紅シグレ得物ラケットを受け取った昂ノ介コウノスケは、その感覚に言葉を飲んだ。


 確認するかのように、片手で受けたグリップ部分を改めて右手で上部を握り込む。グリップエンドを左手に添え、正眼せいがんで構える。


「さすが、柊扇シュウオウは判るんだな」


「どうなっている。何故、フェイスの中心を走る重さを感じるんだ。このは、まるで真剣ではないか」


「柊扇が言うなら、ヤトモロ時代の片刃の方の?」


 メディンサリの空色の瞳に、興味津々と言わんばかり思いを浮かべている。


「そうだ」


「妙な事を仕込んでるんだな。え? じゃあ、丹布ニフって片刃を扱えるって事か?」


「多少はね」


 日頃、祖父や母親から武道の手解てほどきを受けている昂ノ介は、流派が気になり尋ねようとしたのか、口元が動く。


「それにしても、その大伯父様ってスゲ~な。あの風呂敷も、作ったって訳だろ」


 だが、メディンサリに会話を先取りされてしまった上に、士紅との会話が転がって行く。


「この間、都長ツナガに譲ったタオルもな」


「あ~、犬の足の裏が、チョコチョコっと入ってた、恐ろしいまでにフッカフカで、モッコモコした肌触りと、抜群の吸湿性の!」


「怖ろしいだろう? 本当に。大伯父に出逢うまでは、簡素な量産品で充分。着る物なんか、包み隠せたらおんの字。そう想っていたのだが、手に取り袖を通して身にまとうと、もう戻れなかったよ」


 昂ノ介から得物ラケットを受け取り、少し含羞はにかんだ士紅が、不意に似紅色にせべにいろの視線を外し防護柵の向こう側を見た。


 その先には、見慣れない姿がる。


 リュリオンの風土が生み出した様相とは、明らかに異なる髪の色は藍白あいじろ

 士紅と同じように、鼻先まで前髪が掛かっている。その上、口元まで深く覆う若草色の襟巻きで、風貌が全く見て取れない。


 まとう姿も、今紫いまむらさきの着物に、濡葉色ぬればいろはかま脚元あしもとは、黒い靴を履いている。


 一刀でもいていれば、ヤトモロ時代の素浪人すろうにん。あるいは、九央クオウに存在する平服姿のさむらいにも見て取れる。


 しかし、意外にも首から下げていたのは、蒼海ソウカイ学院内見学者用の許可証だった。


「これは善かった。風呂敷ふろしきの事を尋ねてみるよ。悪いが、席を外す」


 士紅が仲間の返事も待たず、着物姿の相手に向かって歩み去る。


「あれ、丹布君はどうしたの? まだ休憩じゃないのに」


 練習課題を終えた、新部長・在純アリスマ青一郎セイイチロウが、一団に寄るなり士紅を目で追う。


「分からん。目にした途端とたん、あの妙な男の方に行ってしまった」


「雰囲気からして、知り合いっぽいんだよなぁ。もしかしたら、さっき話題に出ていたって人かもな」


「メディンサリ君、正解です。大丈夫ですよ、こちらにいらっしゃると伺っていますから。確か、お名前は彤十琅トウジュウロウ様です」


「彤十琅」


 青一郎が、乾いたような表情のままつぶやく。その視線の先は、士紅と金網越しに何かを語り合う彤十琅の姿に、いつまでも向けられていた。





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