第三十五節 素人と、玄人と。 その三
目測で、五ピト(約、二メートル)。極上の創造物を連想させる白銀の柱は、突如として現れた。
それは、
「どこの狼の話をしてる。君の為に動いた狼などおらぬわ。私が認識する狼が、動いた報告も記録もない」
「だッ、誰なんだお前は!」
不意に視界に入り込んだ事よりも、
その
息子の不遜な物言いに、すっかり顔色をなくした父親が、最後の気力を振り絞り、泡を飛ばしながら制する。
「や、止めてくれ、鷹尚ッ。誰の逆鱗に触れたのか、まだ分からんのか! 今、モルヤンは、政治・経済・教育場まで抜き打ちの調査が入り、次々と網に掛けられている!」
一連の流れに追い付けない部員達は、息を殺して見守るしかなかった。それでも嫌なくらいに、銀色の長髪長身の美丈夫に視線を奪われる。
「まだ判らぬのか。
「ふざけるな! どこの誰かも名乗らねー奴が、いきなり来てバカな事を並べるんじゃねーよ!」
「若気の勢いとは、
鏡色の
「顧問・監督に対する暴行及び、校外での未成年監禁暴行、薬物使用の確定」
穂方鷹尚は、動揺した。預かり知らぬ存在が、知っているはずもない事実を軽々と並べたのだから。
「これは、私が認識する狼が裏付けた、確固たる正確な情報だ。穂方鷹尚。君は、本物の〝
「本物だと? だ、だったら、その本物って奴に頼むよ。金ならいくらでもあるんだ。今度こそ揉み消してくれよ」
「機転としては頼もしい。ならば、九二一〇兆ロダを即金で用意して貰おうか。君は未成年。かなり気を遣った提示額だ」
「きゅうせんにひゃくじゅっちょうロダァ!?」
無様にも、穂方鷹尚は表情も態度も口調すら崩壊させた。
「何を驚く。金銭は、幾らでもあるのだろう?」
「そんな常識ハズレの金が、用意出来るワケねーだろ! 話しになんねーよ。さっさと本物の狼ってのを呼べよ! テメーじゃ話にもならねーからよ」
「私に言わせるなら、君の方が非常識だ。九二一〇兆ロダ程度で声を荒げ、動揺するとは器が
今度こそ、穂方鷹尚は絶句するしかない。事実を霧散に追いやろうと見苦しい言行を重ねる。
対する銀髪の美丈夫は、
「これが権力だ。
水を打ったよう。その表現が、一帯を
「これで理解したな。自己管理も出来ず、在るべき権威がない権力を行使するなら、法理もない近現代文明史以前の暴虐でしかない事を。判ったのなら、これを機に大人の真似事など金輪際止めよ。中学生は中学生らしく、この貴重な
銀髪の美丈夫は、
「何だ、素直な部員もいるではないか。
「はい」
「これは〝唯一の敬愛する主であり、無二の親愛なる親友〟の言葉だ」
「ええ。彼は
「見掛けによらず、泥臭い事が好きだからな。色々と無茶をするだろうが、よしなに頼む」
「こちらこそ、ご協力の程を感謝致します。イ=セース様」
「何を改まる必要がある。シグナと呼べば善い」
雪解けを想像させる、穏やかな低音域の声。無表情だった奇跡の
その威力は、同性であるはずの深歳を動揺と赤面へと
「シグナ?」
二名の会話を聞き取った、穂方鷹尚が美丈夫の名であろう音を口にする。
脇から差された不快な音が、その聴覚に
「
「本来なら、この場で蹴り
のろのろと、穂方鷹尚は生彩を失った顔を上げ、シグナを見る。
「逃げても構わぬよ。特別に〝
穂方鷹尚の視界から、シグナが白い天幕の向こうに消えた錯覚に
穂方鷹尚が尻を着いた姿勢のまま、支えを失った身体はゆっくりと地面へと引き寄せられて行った。
遠のく意識の
間もなく穂方鷹尚は、過多な情報の奔流を処理出来ずに失神した。
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