第三十五節 素人と、玄人と。 その三




 目測で、五ピト(約、二メートル)。極上の創造物を連想させる白銀の柱は、突如として現れた。


 それは、蠱惑こわく的な響きと共に少年が言い放った、聞き捨てならない単語を鷲掴んで突き付けるようだった。


「どこのの話をしてる。君の為に動いたなどおらぬわ。


「だッ、誰なんだお前は!」


 不意に視界に入り込んだ事よりも、すごみすらある極上の美丈夫の圧倒的な存在感に全身で驚愕きょうがくあらわにする。

 その穂方ホガタ鷹尚タカナオは、誰何すいかを立てるだけで精根も尽き果てる思いだった事だろう。


 息子の不遜な物言いに、すっかり顔色をなくした父親が、最後の気力を振り絞り、泡を飛ばしながら制する。


「や、止めてくれ、鷹尚ッ。誰の逆鱗に触れたのか、まだ分からんのか! 今、モルヤンは、政治・経済・教育場まで抜き打ちの調査が入り、次々と網に掛けられている!」


 一連の流れに追い付けない部員達は、息を殺して見守るしかなかった。それでも嫌なくらいに、銀色の長髪長身の美丈夫に視線を奪われる。


「まだ判らぬのか。机上きじょうが現実だとして疑わない政治屋と、常に消費者の声に寄り添い、生活に密着する我々生活企業屋。どちらにがあるのか。誰が、経済圏・モルヤンの真の支配者なのか」


「ふざけるな! どこの誰かも名乗らねー奴が、いきなり来てバカな事を並べるんじゃねーよ!」


「若気の勢いとは、まぶしいものだな」


 鏡色の双眸そうぼうすがめたのは別段、無礼な物言いに不快になったのではないらしい。単に、面白がっているだけのようだ。


「顧問・監督に対する暴行及び、校外での未成年監禁暴行、薬物使用の確定」


 穂方鷹尚は、動揺した。預かり知らぬ存在が、知っているはずもないを軽々と並べたのだから。


「これは、、確固たる正確な情報だ。穂方鷹尚。君は、本物の〝群狼グンロウ〟に狩り獲られたのだ。善かったな」


「本物だと? だ、だったら、その本物って奴に頼むよ。金ならいくらでもあるんだ。今度こそ揉み消してくれよ」


「機転としては頼もしい。ならば、九二一〇兆ロダを即金で用意して貰おうか。君は未成年。かなり気を遣った提示額だ」


「きゅうせんにひゃくじゅっちょうロダァ!?」


 無様にも、穂方鷹尚は表情も態度も口調すら崩壊させた。


「何を驚く。金銭は、幾らでもあるのだろう?」


 すがめたままの銀髪の美丈夫は、何の感慨も乗せず、当然のようにを進める。


「そんな常識ハズレの金が、用意出来るワケねーだろ! 話しになんねーよ。さっさと本物のってのを呼べよ! テメーじゃ話にもならねーからよ」


「私に言わせるなら、君の方が非常識だ。九二一〇兆ロダ声を荒げ、動揺するとは器がれる。元より本物のが、穂方鷹尚ごときの俗物の前に現れる事など有り得ぬ」


 今度こそ、穂方鷹尚は絶句するしかない。事実を霧散に追いやろうと見苦しい言行を重ねる。


 対する銀髪の美丈夫は、すがめる切れ長の双眸そうぼう以外に、一点の乱れもない。表情さえ読めない程の、永久凍土に似た様相。比較するのも、大罪に問われる現状だった。


「これが権力だ。小童こわっぱ共よ」


 水を打ったよう。その表現が、一帯を席巻せっけんする。


「これで理解したな。自己管理も出来ず、在るべき権威がない権力を行使するなら、法理もない近現代文明史以前の暴虐でしかない事を。判ったのなら、これを機に大人の真似事など金輪際止めよ。中学生は中学生らしく、この貴重なときの流れをまたたく間すら無駄にするな。君達が、無意味に振り回して来た権力や金銭では、決して取り戻せないのだぞ」


 銀髪の美丈夫は、まだらに散る彼らの中に、変化をもたらす兆しを見受け取る。表情が消える極上のかんばせを深歳に向け、会話に繋げた。


「何だ、素直な部員もいるではないか。深歳ミトセ。彼らに本当の苦楽を教えてやってくれ。例え、眼前に峰がけわしく連なり居続けるとして、同じ時を刻み、共に過ごす日々には必ず意味がある。決して無駄にはならぬと」


「はい」


「これは〝唯一の敬愛する主であり、無二の親愛なる親友〟の言葉だ」


「ええ。雌伏しふくの日々の中、そう言って仲間をはげましていました」


「見掛けによらず、泥臭い事が好きだからな。色々と無茶をするだろうが、よしなに頼む」


「こちらこそ、ご協力の程を感謝致します。イ=セース様」


「何を改まる必要がある。シグナと呼べば善い」


 雪解けを想像させる、穏やかな低音域の声。無表情だった奇跡のかんばせが、わずかにほころ微笑ほほえみが咲く。

 その威力は、同性であるはずの深歳を動揺と赤面へといざなった。


「シグナ?」


 二名の会話を聞き取った、穂方鷹尚が美丈夫の名であろう音を口にする。


 脇から差された不快な音が、その聴覚にさわったらしい。シグナは今度こそ、極上のかんばせに現在の心境を反映させた。


安易あんいに、私の銘を呼ぶな。君には、許諾などしておらぬわ」


 射竦いすくめられた。などの言葉では現せないあつを受け、穂方鷹尚はその場で腰を砕かれる。ついには、取りつくろいも不可能な程の姿をさらした。


「本来なら、この場で蹴り穿うがって千々にし、灰燼かいじんも残さずき払う所だが、規約により叶わぬ。帰宅後、迎えに来る方々に、お任せするしかない。脳の髄の底から詫びて暮らせ。でな」


 のろのろと、穂方鷹尚は生彩を失った顔を上げ、シグナを見る。


「逃げても構わぬよ。特別に〝清掃員クレヴリオルーツァー〟も動員してやろう。当然、料金は上乗せして君に請求する」


 穂方鷹尚の視界から、シグナが白い天幕の向こうに消えた錯覚におちいった事だろう。


 穂方鷹尚が尻を着いた姿勢のまま、支えを失った身体はゆっくりと地面へと引き寄せられて行った。

 遠のく意識のはしと白昼夢に似た感覚を繋いでいたのは、わずらわしいだけの財布持ちの父親の声だったと、後に彼は語った。


 間もなく穂方鷹尚は、過多な情報の奔流を処理出来ずに失神した。





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