第三十一節 嗚呼、我らが青春の交換日誌。




 首都圏・ホゼカに轟く伝統学園との往復は、深歳ミトセが運転するMPV多目的車両が、その役割を果たしてくれた。

 無事、セツトの蒼海ソウカイ学院中等科へ到着した頃には、陽も傾いていた。


「うんうんうん! まさか、時間内にダブルスを二試合、シングルスを三試合消化出来た上、予想通りとは言え圧勝圧勝! 皆さん、お疲れ様でした!」


「お疲れ様でした!」


 高低はあれど、八種の心地好ここちよい腹からの声。向けられる礼節と尊敬の念に対し、深歳ミトセは感慨に染み入らせるように言葉を返す。


「本当に、君達は良い子ですね。きちんと挨拶を返してくれます」


「そ、そんな。人としての基本ですよ~」


 飾らずじかに褒められ、嬉しさと気恥ずかしさを混ぜたような都長ツナガが、照れつつ応えた。


 そんな彼らに目元をほころばせる深歳が、声の主達を見渡した。


「ふふふ。さて、皆さん。空いている席に着いて。今から配る用紙に、学年・出席番号・氏名等々を記入してくださいね」


 絶対王者・連堂レンドウ。その新人戦・選抜組を圧倒した八名は、凱旋したと言っても差し支えなかった。


 そんな彼らは、適当な空き教室を押さえ会合を開いている。深歳が、用紙と筆記具を置いた席に着いた彼らは、程なく書き始めた。


「書きながらで良いので聞いてください。明日から、皆さんに部活動日誌を付けてもらいます。え~っと、そうですね。この座り順に当番を回しましょう。在純アリスマ君から始まって、丹布ニフ君で終わり。で、また在純君へ戻ると」


 長机が並ぶ一室で、適当に着席していた青一郎セイイチロウ士紅シグレを繋ぎ、深歳が言い渡す。


「日直簿、みたいな物ですか」


「そんな感じです。メディンサリ君」


 受け答えた深歳は、そのまま説明を続けた。今となっては珍しい黒の厚紙に挟まれ、事務紐の蝶結びで留めらた綴じ込み帳を開きつつ、深歳が指で差す位置を、時折顔を上げて彼らは確認する。


 記入内容は途中までは平凡だった。


 当番名、部活開始時の天候・気温・湿度・気圧、当日の練習予定内容と、実行した内容。


 下の空欄は当日の感想、気になる点、各人への要望、質問、明日の予定、待ち合わせの打診、好きな事を書くようにと締めくくられている。


「途中から、話しが怪しい方向に行きましたね。書けました」


 士紅が指摘しながら立ち上がり、用紙を深歳に手渡す。


「そんな事はありません。何よりも大切です。皆で青春の悩みを分かち合う、素晴らしき書物となるのですから!」


「青春!!」


 何故か、都長とメディンサリの、黒と空色の瞳が輝きを増した。ほぼ同時に顔を上げ、仲良く同じ反応を示す。


「あ、女子がやっている交換日記みたいで楽しそう。俺、一度やってみたかったんだよ」


 モルヤンにも張り巡らされる、電子情報回線網〝トーチ〟。それを介したケータイやPT個人端末機での意志疎通が主流の中、たまに回帰かいきする懐古な流行。


 人気の地上波番組の影響も手伝い、筆記具による交換日記が、女子中高生の間を取り持っていた。


「……相手は女子ではないぞ。青一郎」

 

 昔から、たまに突拍子もない事を提言する青一郎を、やんわりと牽制けんせいしたのは礼衣レイだった。

 気付かないのか、わざとなのか。この時の青一郎は、日頃の遠慮を封じて話しを進める。


「別に関係ないじゃない。何より、日々の練習過程を俺達で記録して行くのは、有意義な事だと思うんだけど。皆はどうかな」


「良いと思います。色々と活用の余地もありますし、私は賛成です」


「うむ。俺も特に問題を感じないので賛成だ」


「記録ってのは、情報収集には良い資料になるしなぁ。うん、賛成だぜ」


「これも鍛錬の内だもんな~。異議なし」


 青一郎の提案に、蓮蔵ハスクラ昂ノ介コウノスケ、メディンサリ、都長が口々に賛同する。


「ん? 何のけつじゃ?」


「俺達が順番で、部活動日誌を付けるかどうかだよ」


「おぉ、そんくらいの事ならやるぞ」


 記載に集中していた千丸ユキマルだったが、無難に応じる。


「礼衣と丹布君は?」


 残る二名に返事を、青一郎はかす。密かな希望が叶いそうな青一郎は、ただでさえ女の子のような柔らかい線の顔に、満面の笑みを浮かべて二名を見やる。

 相手が礼衣と士紅ではなければ、妙な勘違いさえ起こしかねない。


「……異論はない」


「反対する理由もないしな。火関ボゼキならう」


 結論が揃った所で、深歳も嬉しそうに締めに入る。


「では、朝一番くらいに日誌を私の所へ提出して下さい。で、放課後の部活動が始まるまでに、当番の方にお渡ししますので記入を、お願いしますね」


「はい」


 慣れたのか、八名の新入部員は言葉も張りも揃え、深歳へ返事をする。


「うん、良い返事です。そんな良い子の君達に明日、吉報をお伝えするので楽しみにしておいてください」


 その吉報の内容は、八名がそれぞれ予測はしていたが、誰も口には出さなかった。特に〝現場〟を目撃した、青一郎、昂ノ介、礼衣は一抹いちまつの不安を思わずにはいられない様子だ。


 吉報を果たすためには、例え深歳が経歴や実績を突きつけようと、まかり通るとも考えられない〝シキタリ〟が存続している。


 無言の彼らが抱えた腹の内容を察したのか、深歳は締まりのない笑顔で言葉を加えた。


「何ですか? その顔は。未来を見据える若人わこうどのソレではありませんよ。君達は余計な事を気にせず、描いた絵図面を現実に反映する事だけに集中してください。それが、君達の役割なのですから」


 表情は至ってゆるんでいるが、口調や眼鏡の奥に宿す視線の意図は、確固たる決意と確信を語っている。


「面倒な事は、大人に任せなさい。それが、大人である私の役割です」


 八名は、その言葉に明日を預ける事にした。これ以上重ねる会話も、探り合いも必要ないと区切りを付けたらしい。預けるに足る人物だと信頼し認めた、何よりの証明と言えた。


 若人が出来る事は、その互いの信義に応えるだけなのだと。





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