第三十節 絶対王者・連堂学園中等部。 その三




「どこかで見たと思ったら。そうか、そうだよ! 〝天才・恩村メグムラ〟!」


 普段は物静かな一年のモミジが、先程の記憶にある届きそうで、届かなかった場所に辿り着いた事と、憧れの相手への興奮も相俟あいまって声が高まったらしい。


「かつて、高校入学と同時に休学し庭球界へ参入。数々の番狂わせを演じ、四大栄冠を数度制すると、高校卒業時期に引退。復学し、そのまま大学へ進学した」


 椛の後を受け、連堂レンドウ側・四年の古桜コザクラが説明する。驚く事に、当時の恩村メグムラタマキ氏は世界を渡りながら、高校修業こうこうしゅうぎょう資格を平行して修得していた話しだ。


「身内自慢になるが、事実は事実。頭が固い蒼海ソウカイ学院の部活動委員会が、あんな型破りな叔父を顧問に抜擢ばってきしたのかと、少々驚いたよ」

  

 蒼海学院中等科、庭球部の新監督・顧問の正体が明らかにされた。明らかになった所で、連堂にとっては、シングルスワンの試合模様は晴れはしなかった。


「ああッ、もう! 何て動きしやがるんだ! あの青髪野郎!」


「嘘だろ!? あんな球、普通取れねェだろ!」


「フザケた色に染めて、目の色まで変えるようなチャラっぽいヤツに、あっさり追いつめられるなんてよォ」


「あれは自前です。先輩」


「あの青髪野郎の事、知ってんのかよ、八住ヤズマ!?」


「出身は違いますが、僕と同じように外圏から来ています」


「あー、だから変な色してるのか」


「ふーん。どこの経済圏か知らねーけど、辺鄙へんぴな所から来たんだろうな」


「ええ、まぁ」


 黒縁眼鏡くろぶちめがねの奥にある恩村の視線は、見逃さなかった。


 上級生達を相手に会話を重ねる、三年の八住ヤズマセンが、意図して機嫌を損ねる金色の眼を、一瞬挟んだ事に。

 それは、親しい者に対する非難に相当すると踏んだ恩村は、確認も含めて尋ねる事にした。


「八住は、今対戦中の丹布ニフ君を良く知っているようだね」


「実は、善く知っています。何度か手合わせをしました」


「ほほぉ?」


 案の定、相手を丁寧に呼ぶと、旋の表情は何時いつものように愛想が戻った。ややもすれば、語り口も嬉しそうにしている。親密で、深い信頼関係すらうかがえた。


「良い勝負だったのかな?」


いいえ、一度も勝った事がありません」


「お前、冗談キツいぜ!? 俺達をボロボロにしといて、そりゃねぇぞ!?」


 同学年で親友でもある山都が、旋の細い両肩を掴んで揺さぶりながら情けない声を出す。


「仕方ないじゃないっ。あの通り強いんだから。負けるのが何よりも大っっっ嫌いで見栄っ張りだから、〝努力? 何の事?〟なんて言いながら、士紅ってば、誰も見てない所でコソコソあきれるくらい練習してんのっ。もう、びっくりするよ。本当に!」


「庭球は、一緒に始めたのかい?」


「僕が始めた頃には、士紅シグレは既に仕上がっていました。気を付けてくださいね。も勝てませんよ。士紅は、昔から口に出した言葉は実現します。眼前に砕けない壁があっても、難問が立ち塞いでも、必ず」


「どっちの味方なんだ! この野郎!」

  

 再び同級生で、じゃれ始めた旋と山都を眺め、の四年生組が寄り合い、情報を整理する。


「リメンザの申し子達だけではなく、思わぬ伏兵がいたものだ」


「いや、違うな、斎長サイソ


「え?」


「ダブルスの二組ふたくみも、削りは荒いが素地が良い」


「ほほぉ。古桜コザクラも、そう見立てるか」


 どこか、面白そうな恩村の語り口だった。


「ああ。何より油断ならないのは、蒼海の彼ら全員が勝利に対して、飢え、かつえている事だ」


 古桜が加えた見解に、不安そうに表情を曇らせる潮路シオジが続く。


「一年生に見えない子達もいるもんね。何だか強そうだし」


「ウチの部員達を、ベタ褒めしてくれて、有難ありがとう御座います」


 コート側の柵の向こうから、蒼海ソウカイ側の顧問・監督を務める深歳ミトセが話し掛けて来た。ゆるむ笑顔が、今は憎らしく映える。


「良い人材が集まったようですね。


「君の所も、なかなかの逸材が育っているようだね。君」


 血縁上の叔父と甥が防護柵を挟み、無言で互いの競争心を煽り合っている。

 しばらく睨み合いも続きになると思いきや、噂の士紅の一言によってさえぎられた。


「監督。決めていらっしゃる所、申し訳ありません」


「はい?」


「試合終了後の整列なので、席に戻ってくださいませんか」


「たはは。これは失敗失敗」


 表情も姿勢も崩し、深歳は士紅と共に所定の位置に着く。


「変に決めようなんてするからですよぉ~」


「監督ってば、カッコ悪いですって」


 身長が近い、都長ツナガメディンサリが台詞セリフをも寄せる。


「なかなか、楽しめる試合じゃったのぅ」


「こんな事で、満足してもらっては困るよ。少しは、丹布君を見習って、相手が誰であろうと全力で叩き伏せてもらわないとね」


 眠気眼に、寝覚めの要因に期待をひらめかせる千丸ユキマルに、声は穏やかだか、語る内容は物騒な青一郎セイイチロウが答える。


「そ、そうだな。我々の高見は、常に全国にあるのだからな」 


「……その通りだ」


 青一郎セイイチロウの性分を知っている、昂ノ介コウノスケ礼衣レイの二人は、対照的な反応を見せた。


「必ずや、辿り着いてみせましょう」


「あぁ。当然だ」


 リュリオン人にとは異なる彫りの深さがの表情に、確かな手応えを添える蓮蔵ハスクラの言葉に、モルヤン経済圏にはない色彩を持つ士紅シグレが、短くも堂々と言い放つ。


「もう無敵だ、あの集団。今年の全国大会の覇者は、蒼海で決まりだな~」


 対陣に士紅がいるから当然の結果。風景を見据える連堂側のセンは、それを理由にするつもりはないらしいが、見切りを付けた独り言ひとりごとを小さく吐き出した。


 1セットも取れなかった全敗の結果に、泣いてびる連堂側の参加部員の姿があった。自陣の一年生代表を、誰も責めてはいなかった。

  

「来年は、譲る気なんてないから覚悟してよね」


 誰に伝えた言葉ではなかったが、旋の黄金色の双眸そうぼうの先で変化は起きた。


「何度でも、叩き伏せてやるよ」


 似紅色にせべにいろ双眸そうぼうの持ち主が遠くで応えた様を見て、旋は蒼穹そうきゅうあおいだ。


 木々の芽吹き、陽と大地の匂い。姿や形に映らない〝モノ〟。春の気配は、すぐそこまで来ていた。





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