第二十九節 絶対王者・連堂学園中等部。 その二




「それにしても、柊扇シュウオウの挨拶は堅過ぎねぇか? もう少し楽に出来ただろ」


「相手は上級生。ここ数十年来の中学庭球界の王者だ。気に入らんが、敬意は払う必要がある」


「気に入らないって言うなよ」


 メディンサリ、昂ノ介、士紅シグレの声が際立つ。


 対外試合に来た、他校生用の控え室に通された一同は、雑談を交え着替えていた。〝絶対王者〟と冠される相手に対し、どこか余裕を見せる。


「皆さん、細い身体ですねぇ。ちゃんと、ご飯を食べていますか?」


 彼らの余裕も確認した上で、身体の線に目が行く辺りは保健医らしさを見せる深歳ミトセ。同性だと分かっていても気恥ずかしくなったのか、都長ツナガ大仰おおぎょうに反応した。


「な、何を見てるんですか、監督!」


「恥ずかしがる事ないでしょう。大切な事です。身体が仕上がる時期ですから、食事や運動には細心の注意をしないと。住む地域や個人の体質によって、不足しがちな栄養素も変わります。今度、調査しましょうね」


「本格的ですね」


「当然です。未来あふれる、大切な若人の心身を預かっているのですから!」


「……有難ありがたい事です」


 着替えを終えようとする、青一郎セイイチロウ礼衣レイが、深歳の真摯しんしな姿勢に、一同を代表し感謝を伝えた。


「さすがは連堂レンドウ学院。控え室も立派じゃし、練習場も広いのぅ」


「やっぱ、常勝校は何もかもが違うんだな~」


 備えの良さに感心する千丸ユキマルが、控え室を見渡している。言葉を拾った都長が、間延びした語尾を残し答える。


「あはは。それは仕方のない事です。練習場に関しては、今日は女子部が休みなので、その分を男子部が使えるんです。もちろん、男子部が休みの時は女子部が。ここの庭球部は、そうやって一人でも多くの部員がコートに入れるように協力しているんですよ」


「考えていらっしゃるのですね」


 着替えを終えた蓮蔵ハスクラが、銀縁の眼鏡をかけ直しながら感嘆する。


「第一部正選手や取り巻きの部員は、日頃から別行動なので練習場所に困る事は、なさそうですけどね」


 連堂が抱える事情に、皮肉を込め説明する深歳の話しを聞く一角もある。別の一角は、今までの練習にはなかった、士紅の付加装飾に気を取られていた。


「……丹布ニフ。その布は何だ?」


 礼衣の好奇心をくすぐった先には、士紅の姿。額と左上腕部に、くれない八塩やしおに似た赤色の布を器用に素早く巻き終えていた。


「汗止めみたいな物だよ。それ以前に、これを巻くと気合いが入る」


「腕は分かりかねるが」


 礼衣の声に、視線を向けた昂ノ介が指摘する。


「こっちは、おまじない」


「どうせなら、蒼海の青い布を巻けば良いものを。よりによって、連堂の校色の一つである赤を選ぶとは」


「この色が善いんだ。それとも何だよ、私の眼球まで青くしろと言うのか。ん? どうなんだ柊扇?」


「そこまでは言っていないだろう」


 茶化し全開で、白い指先で自らの似紅にせべに色の片方を差す。その上、凄まじく整う奇跡の等身比による顔を寄せて来る士紅に、少々照れを浮かべ後退する昂ノ介がいる。


 そんな風景を見る青一郎は、羨ましさ半分を織り交ぜ、興味深そうに言葉をく。


「昂ノ介って、丹布君に遊ばれているよね」


「……言い方が悪いぞ。見えるには、見えるがな」


「うんうん。ついでに言うと、在純アリスマにもからかわれてるよな~」


 小柄な身を寄せながら、都長が茶々を入れる。


「そんな、酷いな。俺は、いつも誠実に接しているのに」


「……その割に昂ノ介は、たまに冷や汗をかいているぞ」


「な、何だと! それは、お前もだろう礼衣っ」


 いつの間にか、この会話の聴衆になっていた面々が、誰ともなく笑い出す。


 信頼関係があってこそ冗談で笑い合える話題に、笑われた方も不快感より、笑い飛ばされた方が気が楽になっていたようだ。


 何より、笑いは〝ハレ〟を招き、〝ケ〟をはらう。景気付けには、最良の供物と言えた。




 ○●○




「残り一球だ。決めてしまえよ」


 防護柵の向こう側から、内側の試合場で戦う仲間に対し、静かに鼓励これいを届けるのは士紅。


「当然だ」


 言葉を受け、年令と釣り合わない貫禄をえる一言と共に放つのは、対陣にとどめを告げる、昂ノ介の鋭い一球だった。


 カウントは「40ー15」。ワンセットマッチの試合終了のコールは「6ー0」。


 蒼海・柊扇の勝利との審判の高らかな宣言が、絶対王者の連堂側の陣営から溜め息を誘う。


「……少々、探り合いに時間を掛け過ぎではないか?」

  

 コートと、相手側の監督への一礼を欠かさず戻って来た昂ノ介に、厚手のタオルを差し出す礼衣が話し掛ける。


「遊んでいた訳ではない。見知らぬ相手との手合わせが新鮮でな」


「甘いな柊扇。たった数日、試合場に立てなかったからと言って舞い上がるなよ」


 珍しく笑みを浮かべる昂ノ介と、入れ替わりコートに向かう士紅が憎まれ口を残して通り過ぎる。


「これから全国を目指す人間が、この程度で浮かれるな」


 不敵に一つ笑って残すと、士紅は防護柵の向こう側の者となり、試合開始のコールに備え控えた。無論、審判、試合場や対陣の面々への礼も忘れずに。

 揺らぐ事のない毅勇きゆうの姿勢を見る昂ノ介達は、ここに至るまでの時間を思い起こしていた。


 入部以来、学校の部活動ではコートに立ちラケットも握る事も出来ず、顧問・監督の深歳が復帰してからも、具体的な指導はないまま。


 だが、今。初の対外戦、最終戦を残した戦績は、1ゲームも落とさず圧勝している。

 新入部員の八名全員が時間を作っては集まり、頼もしい限りの〝リメンザの申し子達〟による経験者からの視点、注意点、戦略の討論。

 何より重要な基本的な規則の確認。照明の下、倒れるまで打ち合う事もあった。


 短期間で詰め込まれた知識や運動量から、誰も根を上げず逃げ出さなかった。総ては、蒼海学院中等科男子庭球部を、全国へ導く明白な目的を見据えたからこそだ。


「強ぇ。対外戦の一年も選抜されたヤツらなのに、全然相手にされてねぇじゃんか」


「蒼海の一年生は、手も抜かず見せ付けるように全力でのぞんでいる。この分では、全国への最大の障壁となるだろうな」


 本日は、対外戦の見学と決め込んだのか、連堂の正選手陣は油断ならない相手と認めたらしい。連堂側三年の山都ヤマト、四年の恩村メグムラが、感じたままの思いを語る。


「な、何を言うんですか。相手はこの間まで小学生だったヤツらですよ? 公式戦に出られるワケありませんよ!」


「そうですよ。あいつらの学校だって、簡単に公式戦に出られない〝シキタリ〟があるじゃないですかッ」


 絶対王者。その旗下にいるからには、揺るがない信望がある。


 だが、連続する目の前の敗戦。大将が口にする未知の可能性に、浮き足立つのは無理もない現象だ。


「それはどうかな。あの顧問は、かなりのクセ者だ。もちろん、競技者の矜持きょうじ内だが、勝つためならどんな手段も選ばない。現に、監督自ら前例のない一年生を率いて、対外戦を実行している」


「え? 恩村、知ってるんですか? あの蒼海の監督って人」


「婿養子に入って姓が変わっているが、旧姓・恩村メグムラタマキ。俺の叔父だよ」


 対陣ベンチで、ゆるんだ笑顔で相手側を挑発しているとしか思えない深歳ミトセの素性を、恩村は声も表情も変えずに明かした。





  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る