第二十八節 絶対王者・連堂学園中等部。 その一




 一週間後。時間は放課後。


 一日を通し良く晴れ、青い空が広がり気温も季節の割に暖かい。


 その日は珍しくもない、消化試合にもならない対外試合の一件。多くの硬式庭球部員は、特に構えもせずに準備を整えている。


「今日の対外試合に来る、蒼海ソウカイ学院の中等科の連中ってさ、全員一年生なんだって」


「はァ? 本当かよ。こっちは絶対王者の連堂レンドウなんだぞ」


「しかも、選抜の六年生じゃなくて、一年生ってのが不思議」


「だよなァ。よくも、穂方ホガタやシャートブラムが許可したよな」


「こんな時期に、練習試合で相手する必要あんの?」


「かつての〝帝王蒼海〟も、今じゃ万年、地区大会止まりだしな」


「なーんだ。お遊び気分の遠足気分なのー?」


「俺らが出すのも、新人戦のメンバーだし。学年的にも、良い経験になるんじゃないかな」


 彼らが噂している場所は、リュリオンの首都圏に属する地区の一つ、セマロ。


 セツトに、蒼海ソウカイ学院あり。セマロに、連堂レンドウ学園あり。歴史に深く根差す伝統と格式は、いつの時代も名実揃って轟く名門中の名門校。


 特進科・普通科・芸学科をようし、小・中・高・大の一貫教育場として、広大な土地と施設に守られている。様子が似ている分、昔から比較されがちだが、特に、部活動に関してはここしばらく、連堂学園に実績は傾いていた。


 常勝の部活動は、数える事さえ難しい程に多い。学業や芸学もことの外、評価が高い。今や、セマロだけではなく、リュリオンを代表する教育場として浸透して久しい。


「それはどうかな」


 抑揚はないが、声に重みと説得力のある語り口が響く。


 公正の白、情熱の赤。連堂の校旗になぞる色を配した、連堂学園中等部・男子硬式庭球部の公式戦ユニフォーム。学園の誇りを身を包む、一八六リーネル(約、一八六センチメートル)の長身。厚みのある黒縁眼鏡の男子部員が、話しを拾って誰ともなく返す。


恩村メグムラ!」


 姿を目にした部員達は、コート整備の手を止め、姿勢を正して口々に挨拶や一礼をほどす。


「それはどうかな。って、どう言う意味なんですか?」


 普通科二年・美名持ミナモチが控え目ながら問い掛ける。


「知っている者もいるだろうが、セツトの有名庭球倶楽部に〝リメンザの申し子達〟と呼ばれる三人の小学生がいた。彼らは今年二月、蒼海学院の中等科に進学したが、近年の同庭球部の進退に辟易へきえきし、彼らは同庭球には入らないと、去年末の専門誌に言葉が載っていた。〝我々にとって、リメンザこそが競技の場です〟とね」


「すっげ~! 小学生のクセに、もう記者が付いてたんスか」


 普通科三年・山都ヤマトが率直に感嘆する。


「人材の発掘は、いつの時代も競争だからね。有名選手の身内との理由だけでも張り付かれる。とにかく、その三人が、どう言う訳なのか退廃した庭球部に入ってしまった」


「へぇ。急にどうしたんだろうね。恩村、何か掴んでいるの?」


 普通科四年・潮路シオジは屈強な四肢とは似つかわしくない、丁寧な口調で考えを求める。


「質問があるなら、直接聞けるかも知れないぜ~。しかも! 入学早々、お遊び庭球部に一球勝負を申し込んで全員秒殺にした、とんでもない一年も来てるぞ?」


「ダングレー監督。それでは失礼して」


 痩身そうしんで陽に焼けた顔を持つ壮年男性。人を寄せる魅力のある笑いしわを浮かべ、本日の対外試合の相手校の名簿を恩村に差し出したのは、当庭球部の第二顧問兼監督。もとい、ルブーレン語教師のダングレー。


「恩村、僕にも見せてくれ」


 特進科四年・斎長サイソが、折り目も正しい性格そのままの響きで声を掛ける。


「シングルススリー火関ホゼキ礼衣レイ。シングルスツー柊扇シュウオウ昂ノ介コウノスケ。補欠・在純アリスマ青一郎セイイチロウ。彼らだな」


 特進科四年・古桜コザクラは、冷静に目的の名を差した。


「も、〝申し子達〟なのに、一人は補欠なんだ」


「その前に、一球勝負で秒殺って何なんだよッ」


 聞こえて来た情報で、部員達が動揺する。


 白と赤の集団から少し離れた場所で考えている様子の部員がいた。女子のように可愛らしい顔。細く整えられた眉を寄せ、普段と違う雰囲気を漂わせている。

 そんな先輩の表情が気になったらしく、揃いの公式戦ユニフォームを着込む小柄な後輩が、そっと声を掛けた。


八住ヤズマ先輩、見に行かないんスか?」


 普通科一年・モミジは、自身とは違い、いつもなら進んで輪の中に入るはずの先輩を心配しているようだった。


「んえ? あ~いいや。ほ、ほら! 名簿を見に行く必要はないよ! 御本人達、登場なんじゃないの~!?」


 思い切り、大粒の金色の双眸そうぼうを挙動不審なくらい泳がせる。誤魔化したいのか、長い両の手を使ってまで差し示す。注意を促された先に椛が見たのは、灰色の詰め襟制服姿の他校生が八名。


 先導するのはシングルのダークスーツ姿の社会人。いかにも〝都心の優男〟の風体の男性と他校生が、揃い踏みする光景だった。


 初めて見るはずの〝都心の優男〟に、椛は何故か見覚えがあるとくちにしながら、逡巡しゅんじゅんしている間に場面は流れる。


「無理を叶えてくださって、有難ありがと御座ございます」


「いまさら何をしおらしい事を。遅いっての。俺としても? 楽しみにしてるしな~。特に、今後の展開とか?」


「まったく。相変わらず、厭味いやみな先輩だなぁ。はいっ! 代表の柊扇シュウオウ君。挨拶、お願いしますね」


 旧交の気配が立つ中。指名された昂ノ介が一歩前進し、揺らぎのない一礼ののち、覇気のある声量と、丁重な言葉の伝えやすさを意識した挨拶が述べられた。

 何より、背後の七名の気概をも伝える必要を負う責務あっての事らしい。元より、仲間に恥をかかせるなど、昂ノ介が耐えられるはずもない。


「本日は、貴重なお時間と場所を提供していただき、ありがとうございます。若輩者ではございますが、お手合わせの程、よろしくお願い致します」


「宜しくお願い致します!」


 控える七名も、一斉に挨拶と一礼を示す。昂ノ介の挨拶に、応え添えるための気遣いに、彼らが培った信頼や連帯感をも漂う。


「やっぱり、隠し事が満載じゃない~。嫌な予感って、本当に善く当たるから困っちゃう」


 誰にも聞き取れない言葉を、器用に喉の奥で発した。蒼海学院からの客の一角に、意味あり気な金色の視線をすがめて送り付けたのは、八住ヤズマセン


 普通科三年に在籍。一年前、外圏から編入した少年だった。言語も堪能たんのうで、人当たりも善く学業も申し分ない。

 編入初日から飛び込んだ庭球部に入れば、数カ月で第二部の正選手に抜擢される程だ。


 ここでは、庭球の技術や愛情を持っていても、越えられない第一部選手への壁が高く、強固に築き上げられている。


 連堂学園の八住旋。蒼海学院の丹布ニフ士紅シグレ


 双方は、それぞれの内側から、偽りの世界を打ち砕くために、リュリオンの地に脚を着けた。


 旧き善き、〝あの時代〟をる者として。





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