第二十七節 雄飛、その兆し。 その三
冬の鈍色を思わせる色調の監督室。人の声は途切れ、静音設計されているはずの、空調や機器関係の作動音が支配していた。
言葉の一つ一つ。
どれを取っても、質問責めになる
「結果を見て、君達は全国大会向けの強化選手になってもらいます」
「一つ
挙手をして、発言の許しを
「どうぞ。メディンサリ君」
「こちらの慣例によれば、大会に参加する正選手の選抜は、最上級生の六年。そう、聞き及んでおります」
「七件」
「え?」
「ウチに対外試合を申し込んで来た、周辺校の数です。新年度の庭球部にしては、多いと思いませんか」
「……確かに、その通りです。
「その通りです。簡単に勝てるので、景気付けになるんですって。弱体化していても、伝統校ですし。まるで咬ませ犬。そんな扱われ方、どう思います?」
「冗談ではありません」
深歳の言葉に、打つ鐘の勢いで応えたのは一層、不機嫌さを増した
「犬は可愛いので大好きです。しかし、そんな扱いに甘んじているような者は、その性根を叩き伏せます」
「あれ、
「起き上がって来たら考える」
「うむ。それは、俺も賛同する」
毎朝欠かさず整える眉を寄せ、
「私は、蒼海で全国へ行くために入学したのです。ここは茶話室や、社交場ではありません」
「
静かに、改めて
「それは、全国への挑戦状を叩き付けたと、受け取っても構いませんか?」
「はい!」
八種類の声は、打ち合わせもなく揃う。
深歳の黒い瞳に鋭い気迫が宿り、
世界を
間髪を入れず、決意を放った八名の返事を腑に落とし込んでいるのか。深歳は、いつもの締まりのない笑顔に戻ると、一つ、長く瞳を閉じ、開く。
「君達は、私の事を知ってくれているようですし、これ以上の御託も、必要なさそうです」
「庭球に触れる者として、気付かない方が珍しいです」
「……先輩方の、知らな過ぎる態度には驚きました。中には、気付いた先輩もいらっしゃいましたが」
「そんなそんな~。現役引退から随分経つし、気付かない人の方が多いですよ。それより、君達は、私の奥さんの方に馴染みあるんじゃないですか?」
昂ノ介と礼衣の言葉に照れながら、深歳は年令の割に若い笑顔を浮かべる。
「話しには聞いとりましたが、お子さんの事までは、気ぃ回りませんでした」
「あ、お子さんのお名前、聞いても良いですか」
「
「良い名前~」
「それでは」
「対外試合は一週間後。それまでは、普段通りの部活動に専念してください」
「はい!」
「誰かに尋ねるも良し。家名を頼るも良し。好きにしてくださいね。では、解散~」
八名は、もう慣れた様子で声を揃えて返事をする。満足顔で深歳は指示を閉める。
「よ~っし、今日も球拾い、気合い入れてやるぞ~!」
「頑張るしかないのぅ」
「これにて、失礼します」
八名は、退室の挨拶を深歳に送りながら練習場へ向かう中、深歳は狙って士紅を呼び止める。
偶然、近くにいた青一郎に遅れる旨を伝え、仲間を見送ってから、士紅は静かに顧問室の扉を閉じた。
「何でしょう」
「〝
普段より増して表情を消した士紅の変化に、即座に気付いた深歳は焦りもせずに言葉を切り出す。
「本当に怖いですね。殺さないでくださいよ。イ=セース様より、学校生活の補助を頼まれたのです」
「ついでに言うと奥方は、グランツァーク系列の製薬部門の一翼〝深歳医療製薬〟の跡取り。しかも、プリヴェール=グリーシクとは、
「妻の
「楽しむって、遊びに来た訳ではないよ」
「私には、分からない事です」
深歳の眼鏡の奥が、締まりなく
下手をしたのなら、会話の一文字も伝えられず果てる可能性がある状況で、明らかに楽しむ節が見え隠れする。
しかし、士紅は親友の姓を
「さすがは、シグナの知り合い。喰えない
「いえいえ、恐縮の限りです」
「では、失礼致します」
言葉と姿勢を整え、改めて一礼した
「丹布君」
「はい」
「全国へ行く約束、
「当然です。私は、対陣にいる相手に負ける訳には参りません。改めて、失礼致します」
今度は、
「確かに、あの様子は、何かを抱えていらっしゃいますねぇ。イ=セース様」
視線を落とせば、欲が満たされて安心したのか、愛する我が子が小さな寝息を立てている。
この平穏。この多幸感を何よりも尊いと思えるのは、ただ親になったと言える現状だけではない。死力を尽くし、支え護られる場所があってこそだと気付けた事だろう。
日々の感謝の思いに
「しまった! おくびさせるの忘れてた。だ、大丈夫かな」
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