第二十二節 思いに臨む、若き声。 その三
だが、沈黙の願いは、共有外の仲間によって阻害される事態が起きる。
後日の部活終了後、下級生に
見せしめに鞄から抜き取られた、八名のラケットのガットが破られている。
他にも、この場を共にする生徒は、少なからず残っているが、関わりたくないのか、誰も案ずる声や視線も絡めて来ない。
もちろん、目撃情報を提供する生徒もいなかった。
「貴重品は無事か?」
「うん。俺の方は大丈夫。皆は?」
「……問題はない。ラケットだけが目的だったようだな。他は手付かずだ」
「もう、許さん!!」
堪忍袋の
今にも駆け出し、適当な庭球部部員を狩り取る勢いの昂ノ介に、声の冷水を浴びせたのは士紅だった。
「止まれ、
「
「どの道、このままでは
中等科に入ったばかりの年令の割に、背が高い昂ノ介の上背から来る、腹の座った怒声。
しかも、今の昂ノ介は、かなり本意気で怒りを巡らせている。
「こんな事くらいで、悔しいなんて想うなよ」
「は?」
士紅は対照的に、この場の誰よりも冷静だった。
昂ノ介の本気が通じていない訳でも、感情の
昂ノ介より、視線二つ分高い士紅は、その思いを残らず真摯に受け止める。
重要なのは抱える悲憤ではないのだと、言葉と共に
「ここでの悔しさは、庭球が嫌いになってしまう事だけだろう?」
「丹布」
徐々に
「
「そうだね。うん。その通りだよ」
士紅の言動を受け、青一郎が静かに改めて庭球への思いを確認しているように、柔らかな黒の
「
「
青一郎の言葉に触れ、動揺が鎮まる
「それでも好転しないのなら、その時に考えようよ」
「……青一郎」
「ラケットが、こんな姿になったのは悲しいけれど、ここで
「今、出来る事。今、成すべき事に集中しよう。俺達は、ただの仮入部員だ。新参者で、何もない。
青一郎の言葉に、
「全国への気概も庭球への愛着もない人達に、今の俺達に何が伝えられるんだ」
音の割りに、込められる熱量を確実に感じ入っているのか。
「ラケットがなくても、
不用意な事態にも、慣れたつもりでいたメディンサリだった。ここへ来ての仲間の存在の大きさに、改めて心強く思う感想を、空色の視線に乗せているように、青一郎へと向ける。
「
「当然だ、在純」
締めの一言に、士紅が応じる。
青一郎は柔らかな視線に、揺るぎない決意を込め、昂ノ介、礼衣、都長、蓮蔵、千丸、メディンサリ、士紅へと見渡す。
皆に、反意する色はなし。青一郎は自身が発した言葉を覚悟と共に噛みしめ、
「行くよ。全国」
「おう!」
生まれた場所も、人種も違う彼らが目的を一つに。八種類の声を一つに。互いを鼓舞し合う。
士紅だけが信じて言い放った、全国への道。いつしか
それだけを今は、願うばかりだった。
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