第二十一節 思いに臨む、若き声。 その二



 乾燥し、埃っぽい空気が満ちる第一体育館。放課後は、中等部男子硬式庭球部の練習場として占有される。


「しかし、不思議な部活やのう」


 壁際に散る、黄色い球の一つを手に取ったのは千丸ユキマルだった。眠そうな黒い瞳が、鈍い動きで部活動だと主張する先輩部員の様子を観察していた。


「どうしました?」


 緑色の回収篭かいしゅうかごに、球を満たしている蓮蔵ハスクラが、静かに答えた。


「部員が、好き放題しとるのは分かった。顧問の先生や監督は、何をしとるんじゃ」


 リュリオンの北西にある、旧王朝都市・フセナのなまり。それを堂々とつかい続ける千丸が中腰から起き上がり、背を伸ばす。


「今年度から、深歳ミトセおっしゃる顧問兼監督を務めてくださる、保健医の先生がいらっしゃいます」


「仮入部期間が終わりそうじゃが、一度も見とらんぞ」


「千丸君。また話しを聞いていませんでしたね? 去年末から、深歳先生は育児休暇中です。その間を、勝手知ったる部長のシャートブラム先輩に、一任されていたのですよ。おっと」


 丁度、蓮蔵が説明を終えると、終止点の代わりか、付近の壁に一球が跳ねる。これが最初ではなくなっているため、驚くような新鮮味も薄れ、避ける術が磨かれるばかりだった。


「よ~ぉ飛んでくる球やのう。こんだけ外せば、地区大会でも負けるわな」


「おしゃべりしないで、動けって事さ。ほらよ、カゴだ」


 メディンサリが、からの回収篭を寄越よこして来た。


有難ありがと御座ございます。メディンサリ君」


 同級生にまで、敬語と丁寧な態度を崩さない蓮蔵が、回収篭を受け取る。


「さ~て、ちょっくら動くとするかの~」


 メディンサリから渡された回収篭を手に、千丸は首のりをほぐす動きを見せる。


「誰が一番に、カゴ一杯にするか勝負しないか? こいつら、やる事なす事に変化がないから刺激が欲しい」


 長い金髪をポニーテールにしているメディンサリが、うんざりしながら提案して来た。


「負けた奴、駅まで荷物持ちと、ワシら七人に飲み物をおごってもらうかの~」


「それは罰になりませんね。この程度の練習量では鍛錬にもなりませんから、かえって、ありがたいくらいです」


「ほっほ~。その言葉、忘れるなよ。マコト」


 千丸と蓮蔵は、提案に乗った。


 彼らは約束をしていた。何があろうと、逆らわず摩擦を起こさないと。大人の責任者が不在の今、与奪の権限は上級生に在る。


 雌伏しふくの時と嘲笑あざわらわれようと、沈黙する事を選択した。


 彼らの目的は派閥闘争ではなく、年令相応の庭球の苦楽を分かち合い、全国の高見を目指す事なのだから。





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