第十七節 狼と、鈴蘭と。 その一
屋内の照明で、時間の感覚も乱された。すっかり長居になってしまい、時刻は夕暮れを過ぎようとしていた。
オフホワイトと、グレー。化粧敷きされた、
「じゃ、ここで解散だね」
雑踏の中でも、
「お疲れさん。また明日な」
「じゃ~な~、
「用事があるから、どちらも期待するな」
一同は、先程の直営店舗で各種設定と番号の交換や、一同のレールも構築済み。操作に慣れていない士紅への指導は、追々と言う事で決まった。
「おっし、行こうぜ。
目的と行き先が、偶然同じだったメディンサリが、二人を先導する。
「……
「分かった。気を付ける」
行動の先を読まれ、その上に釘を刺された昂ノ介は、苦々しく答えた。
「皆さん、お気を付けて」
「うん。じゃあね」
「あぁ」
八名は、帰路、迎え人、集合場所、本屋。各々目的地に向かって足を進める。人波によって構成される、動く
○●○
部活仲間と別れた直後、例の黒い電話に着信が入った士紅は、人波の邪魔にならない位置に退避していた。
無表情で通話の内容に応じているが、腹の底では何が渦巻いているのか判ったものではない。
証拠に、量も豊かな
「ほら、行こうよ。きっとキミ達も気に入るからさー」
「高くない、全然高くないから。オレ達が保証するってー」
通話するための集中力がなくなったのか、士紅は近くで何かの勧誘をしている気配に視線を動かした。
その先には、背伸びをしている服装と、大都市の雰囲気に気後れしている様子の成人女性が二人。高級ブランドを着崩した中年男性と、女性に声を掛けるようには見えない地味な若者に迫られていた。
周囲に助けを求めるように、視線を走らせていた女性達は、付近にいた士紅と目が合うまでに時間は掛からない。
「何見てんだよ。もしかして、羨ましいのか? 甘えるなよ、自分で探せ」
話し相手が、揃って同じ方向を見ているため、怪しい勧誘屋が視線の先を追うのは当然だった。
「え、何ですかコイツ。変な色してません?」
「放っておけ。出稼ぎの
そこそこ上背がある士紅は、中学生には見えなかったらしい。一応、学校指定の黒のピーコート。首には
しかし、怪しい勧誘屋には名門校の制服だとは記憶には、ないようだ。士紅を追い払おうと、中年男性が顔の半分を
そこには、少し低くなった天井の下に設置されている、ストリート・ピアノ。千丸が、一瞬だけ見ていた方向と一致していた。
唐突に。通話を切った士紅は、ケータイをに
女性達は、一縷の望みを絶たれ。あるいは力添えをしてくれなかった、士紅の背に恨みと失望。互いに身を寄せ合い、残された心細さに怯えていた。
ように見えたが、士紅の行き先は本当に、ストリート・ピアノの元だった。
漆黒のドレスを着た淑女のような、ルブーレンの老舗・サント=ジャイエのコンサートピアノ。わざと、型番や社名を隠しているため、その銘を知る者は少ない。
広さや価格、触れる機会も限られる相手のため、演奏する客は多かった。この時は運良く
音も立てず、丁重に鍵盤蓋を上げる。一度、フレーム内を
原曲は知らなくても、有名な戯曲や映画、舞台。方々の媒体で使用され誰もがどこかで耳にしている。
二〇〇〇年以上前にルブーレンで生まれ、今も愛され続ける。第二の国家とまで
何故なら、主旋律だけでピアノが二台必要な程に、コード進行が複雑で、音符が詰まっている。通常ですら、四手連弾で演奏される譜面だからだ。
真珠の異名を持つ怪人が作曲し、真実を受け容れた人の子が編曲した。
そうなのだ。作曲者は、単独で鍵盤を演奏していた。異様な指の長さと、驚異の身体機能が可能としていた奇跡の歌曲。当時は、一部で真実が伝えられていた。
いつの世も、権力者によって事実は
リラーテ王女の円舞の作曲者は、編曲者であるはずのブリューク=ノレ=ラロッスと、後世に伝えられ常識として認知されている。
だが士紅は、第一次
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