第十六節 御曹子達の、お気に入り。 その三



 

 計八人同時の処理とあって、人口密度は高めだった。処理班のカウンター席。控え班のブロック型の席に別れた。


 士紅シグレは新規契約とあって、書類が皆より多い。更に追加された一枚には、新規契者約用の簡単な調査項目が並ぶ中、ある文章に眼が止まり店員に問い掛けた。


「記入するだけで、このお菓子を戴けるのですか?」


「ご協力をたまわる、ささやかな御礼で御座います。季節の果実クリーム入りのギモーヴです」


「それ、機種変更用の調査用紙はありますか。出来れば、おまけ付きの」


 記入中の千丸ユキマルが、菓子の話しに食い付き交渉を始めた。


「はい、御座います。イウロの新鮮な乳製品を使用した、ビスキュイになりますが、よろしいでしょうか」


「是非とも」


「ご協力、有難う御座ありがとうございます」


 笑顔と会釈えしゃくで、店員の一人が手配のため席を外す。


 その姿を、機嫌良さそうに見送る千丸。そんな千丸を、メディンサリは視界にいれる。手元は、単調に見えて驚く程に高価な誂えの一点物カスタムメードの長財布から、学生証を探していた。


「千丸ってさ、無料ただとか付録的なモンに弱いよな」


 メディンサリの、薄いが形の良い唇があきれたように開く。


無料ただでくれるんやぞ。こんなにありがたい事はないじゃろが」


「大金持ちの台詞セリフじゃないよな~」


 幼い顔を上げ、都長ツナガが指摘する。


「ワシの金じゃない。ワシのモンでもないっとな」


 千丸は他人事のように語り、記入欄に集中した。家を知るが故に、声を掛けたメディンサリや都長は、この妙な性格が不思議でならなかったらしい。


 かなり目立つ頭髪の色を含め、ここに至るまでの事情を想像するには、判断材料が乏し過ぎるようだった。


 千丸の容姿、目や肌はリュリオン人の特徴通りだが、髪は新雪のように真っ白だった。


 だが彼らは、他とは違う部分に注視する事も、好奇心を満たすためだけの礼を欠く問いも、憶測を陰で語る事もしていない。今、るがままの付き合いを交わし続ける。


「皆が並んで書き込んでいる姿って、何だか微笑ましいよね」


 穏やかな口調で、青一郎セイイチロウが馴染みの二人に話し掛ける。


「そ、そうか?」


「……これが、女子なら。そう思ったか。昂ノ介コウノスケ


「下らん事を言うな礼衣レイ。仮にそうだとしても、何故、こいつ等を見て、そんな話になるんだ」


「何を言う柊扇シュウオウ。都長は幼児顔。メディンサリは、お手本みたいな金髪美少年。丹布ニフなんぞ、異郷の美女みたいな美形じゃぞ?」

  

 千丸の言葉に、引き合いに出された面々は、それぞれ反応する。「誰が幼児だ!」「よく言われる。」「美女か。」と。


 面白がっていると、蓮蔵ハスクラから思いも寄らぬ質問が放たれた。


「私は、何顔でしょうか? 千丸君」


「おいおい、マコト。いつの間に、そんな冗談を言うようになったんじゃ」


「プ、プクフッ」


「コラッ」


 尽きない少年達のなごやかな会話。訓練済みの店員が、こらえ切れず吹き出し、先輩店員がたしなめる。


 彼らも特に不快だと受け取らず、部活の同学年である事。新規の士紅が普通のケータイを持っていなかった事。


 全員が買い換える流れのついでに、同機種を選んだ事。優秀な営業者がいた事を話しながらも必要書類を仕上げ、照合し、双方とも実に手落ちがない。


「お客様。申し訳ございません。ご新規加入のお方は、身分証明書を提示して頂く事になっております。お手数ですが、お願い致します」


「持ってる?」


 心配し、気遣う青一郎に対して、常に携帯しているから問題はないと応える士紅の白い手は、何故か背後の馬乗りセンターベントに向かい表に戻った。


 その指先には、名刺と同じ大きさ程の黒い板が挟まっている。


 それを、一辺の端と端に両の親指を添え、提示を求めた店員に差し出す。一連の動作が素早く、手品か何かを見ている気分にさせられた。


「外圏の物ですが、通ると聞いております。精算も同時に済むはずです」


 身分証明証の提示と精算が新規契約の際、同時に行われるとは、あまり例がない。

 店員の指示に従い、士紅は案内盤に黒い板を触れさせる。間もなく、正常に情報の読み取りを終えた電子音の合図が小さく鳴った。


 士紅の近くにいる仲間は、無事照合が済んだ事に安堵していたが、別枠で情報を処理する店員が、勢い良くモニターを覗き込む姿を、礼衣と千丸が見ていた。


「へ~。黒地に艶消しで、動物が模様になってるんだ~。それ、犬と何かの花?」


「惜しい。ここで言うと、狼と鈴蘭だよ」


「ほう。お前の国では、それが一般的な身分証明書なのか。何やら格好が良いな」


 昂ノ介が、都長と士紅の話しを耳にすると年相応の羨ましさを見せた。


「一般的ではないよ。身内に器用な方がいて、特別に意匠を造ってくれたんだ。見た目は珍しいが、仕様や中身は同じだよ」


 気のせいか、士紅は提示した時よりも気拙きまずそうに再度、馬乗りセンターベントに手をると、例の身分証明書を収めた。

 見掛ける頻度ひんどが高い黒いケータイも、そこで出し入れする場面を、一同は何度か目撃している。


 不審だとは思わないが、気になる条項の一つだ。収納場所は、お国柄だと説明されても、たまには彼らも気にはなる。


「あの、お客様」


「はい」


「間違いなく、お客様の持ち物で御座いますね?」


 心なしか、店員の表情がいぶかしげな気配を立てる。


「この手の物は偽造は不可の上、こんな物を拾って持っていても、全く意味はないはず。他者は使用出来ませんし、第一に、犯罪です」


「で、ですよね」


「何か、問題でもありましたか」


「いいえ。失礼致しました。ご新規の手続きをして参りますので、お時間を頂戴します」


よろしく御願いします」


 狼と鈴蘭。


 この風景を見ながら、メディンサリは幼い頃の記憶を辿ろうとしている様子で細い眉頭を寄せる。しかし、目的には到達出来なかったようだ。


 仮入部の一件で耳にした、見事なルブーレン語の発音。しかも、故郷のマーレーンとの深い関わりを感じずにはいられない上級階級者のなまりがあった。


 つまり、士紅は上級階級の関係者であり、出入りする立場を匂わせる。それこそが問題点だ。あるのなら、メディンサリが〝丹布士紅〟を知らないはずがないのだ。


 メディンサリ自身、土塊つちくれに還りそうな程の歴史を、連綿と受け継ぐ大貴族に名を刻んでいた。


 あの一件以来、士紅に対する身の証について不審点がない言えば嘘になる。しかしながら、メディンサリだけではなく、同席する仲間も触れようともしない。


 メディンサリ達が、そんな事よりも大切に思ったのは、彼らと過ごす目まぐるしい時間は、気にならないくらいとうといと認めた気持ちではないだろうか。


 彼らは、狭い選択肢の中で決定を迫られ、実現しなければならない。その中で、誰かに決められた物でも、理屈でも嘘でもない、自分自身で決めた本心に他ならない。





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