第十三節 白銀の怪人、来たりて。 その二




 再開発区域に指定された一角。沈みつつある陽の高さと伴い、気温も下がる。

 見上げると、空の色は日没前後の暮色ぼしょくにじむ。


 周辺は点在する白色の光源で照らされ、淡い煉瓦色れんがいろの舗装が、高層建築の姿を遠くに見やる、開けた公園建設予定地を幾何学的に走っている。

 末は、庭球場を中心とした屋外運動施設が展開されると、入口の案内看板に表示されていた。


 この時間になると、工事関係者は撤収し整地が済み、安全が確立された区画や遊歩道は、一般に解放されている。

 その歩道に彼らは八つの影を落としながら、幹線道路がある東側出入口へと、目指して歩いていた。


「……言うほど、危険な場所でもなかったな」


「そうだな。人数がいれば安全な場所だ。散歩中の人も居たし」


「怖そうな他校生は、昂ノ介コウノスケを見て、どこかへ行っちゃったものね」


「不本意だ」


 住む場所も、血統も、生まれた日も近い、青一郎セイイチロウ昂ノ介コウノスケ礼衣レイが感想を重ねる。


「悔しい。丹布ニフ、お前強すぎだぞ!」


 桁違いを見せた士紅シグレの庭球技量に、メディンサリが声高にぼやく。


「最終的に、丹布との総当たり戦じゃったな」


「知らない奴が見れば、薬やってんじゃないかって、疑われる訳だよな~」


「失礼ですよ。都長ツナガ君」


 この日、全員の負けず嫌いの性分が発覚した。メディンサリに続き、千丸ユキマル都長ツナガこぼし、蓮蔵ハスクラなだめた。


 歳も若い彼らの言葉が乱れ飛ぶ中、改めて声で肩を落とす青一郎が、会話を区切った。


「本当、悔しいな」


「んな満面の笑顔で言われても、悔しいのが伝わらねぇって」


 青一郎の斜め背後を歩いていたメディンサリ。言葉には可笑おかしさ半分、あきれ半分を込めたような響きがある。


「本当だよ。格が違うって感じだもの」


「それは諦めろ。環境や鍛え方が少し違うからな」


 士紅が、殿しんがりの位置から堂々と言い放つ。すると都長が隣まで移動し、黒目がちな大きな瞳で上目遣いで尋ねる。

 一同の中で、最も低い都長の身長が、一五八ひゃくごじゅうはちリーネル(約一五八センチメートル)。対して、最も高い士紅の身長は、一六九ひゃくろくじゅうきゅうリーネル(約一六九センチメートル)。


 身長差による、奇跡の角度と風景だった。


「何だよ何だよ~。何か秘密があるのか~!?」


「秘密は、秘密だから意味がある」


 根っからの甘えん坊気質なのか、都長の態度はねていると言うよりも、ねだっている印象が強い。


「怪しいの~ぉ。言うても減ら」


 千丸ユキマルが言葉を途中で切り、やがて差し掛かる左側の通路から、こちらに何者かが向かって来る気配に意識を集中させた。

 眠そうに見えるだけの、千丸の鋭い黒い瞳が差した直後、靴音が、煉瓦色の歩道に高く鳴る。


 その姿が、あらわになった。


 低く艶のある蠱惑的こわくてきな男性の声が、何かの意味を込め音律を形成し、確実に八名の誰かに向けて放たれる。


 声にも注意を引かれたが、その姿は総てに極上が付加される部位を集積する美の極致に、一名を除く全員が唖然となる。


 特に注視すべきは、五ピト(約メートル)に届く長身と、それに追随する長い長い髪。例えるなら、白銀の月光を映し取る、誰も寄せ付けぬ孤高の滝。双眸そうぼうは、相手に意図を読み取らせる事のない、鏡に似た水銀色。

 競技選手並みの長身を除けば、青年重役然とする過不足のない体型と、揺るがぬ姿勢。


 その身を包んでいるのは、ルブーレンの老舗として名高いヴァルカ=シークの、一点物テーラーメイドダブルのダークスーツ。値段を推測するには無粋とされる伝統的な黒の革靴。


 突然現れ、何もかもが抜きん出た銀髪の美丈夫に対し、臆面もなく近寄って行ったのが士紅だった。


 極上だが、無表情の美丈夫の表情に変化があった。残された七人は、その先を確認する事が出来ない。

 何故なら、士紅を長い腕で肩を抱き寄せ、七人に背を向けたからだった。その上、長身をかがめて士紅の左側で密談を始めているようだった。


 身振り手振りもない。声に感情の抑揚よくようも現れず、かすかに聞き取れる言語は、七人が認識出来ない。


 聴覚が鋭い青一郎は、響きだけは思い当てた様子だった。庭球部の屋内練習場で、自身の名前を交えて語られていた士紅の故郷の言葉と似ていると感じているらしい。


 銀髪の美丈夫と、士紅の様子を見ている事しか出来きないまま、一同は取り残された面持ちを抱えている。


 間もなく、士紅は美丈夫の腕をぞんざいに払い除けた。待たせていた七人に向き直り、リュリオンの言葉に戻した士紅が話し掛けて来る。


「迎えが来たから、先に帰るよ。悪いな」


「そうなんだ。気を付けてね」


 その一言で、意識が現実に引き戻された青一郎が、やんわり士紅を送り出す一言を告げると、意外な反応が起きた。


「士紅の学友だな。歓談中、申し訳ない。では、失敬」


 老若男女問わずとしそうな例の声で、正確無比なリュリオンの言葉を、青一郎達に伝えた。


 士紅と出会って間もない頃に見た、表情と言葉が噛み合わない様子に、士紅との間にある関係性を邪推せずにはいられない。


 相手も同じように想ったのか、かなり視線下にある青一郎達に対し、見えぬ威圧と氷刃を含んだ、敵意を向けて来る。ような気がした。


「いいえ。お気遣い、感謝致します」


 落ち着きを取り戻した蓮蔵が、礼儀正しく美丈夫に返事をする。


「またな~、丹布ニフ~」


 胸の位置で両手を振り、士紅を送り出すのは都長だった。


「あぁ。じゃあな」


 短く言い残すと、士紅は一同に背を向けた。美丈夫の右側に並び共に立ち去った。


 大きな動作は見て取れないが、何事かを交わす大小の後ろ姿を見送る一同は、礼衣の言葉で気付けられた。


「……どのような間柄なのだろうか」


「使用人。には見えないな」


 念頭に置く戒心かいしんを、ありありと表情に浮かべながら昂ノ介が答える。


「謎が多い奴には違いないのぅ」


 名前も名乗らなかった美丈夫だったが、士紅との接点によって、千丸は警戒心を弱める事にしたらしい。


「頼もしい仲間には変わりありません。今度は、あの体勢からの手品じみた、ドロップボレーの秘訣を教えて頂きましょう」


 蓮蔵は、士紅への信頼を高めるためか、先程の戦歴で日常へと引き戻すような発言をした。


「そうだな。あの時の手首の使い方。なかなかに興味深い」


「昂ノ介は、庭球と言うより武道の参考にしようとしていない?」


「心を読むな」


「う~わ。柊扇シュウオウって、見た目そのままの奴なんだな~」


「じゃ、ヤトモロ時代の剣とか振り回してんのかよ! 今度、見せてくんねェか?」


 昂ノ介が持つ、見た目そのままの特技に、都長とメディンサリが揃って興味を押し出して来た。


「ふざけるなッ! 見世物ではないのだぞ!」


「……ふむ。もう一押しすると調子に乗って応えるぞ。メディンサリ」


「礼衣。俺に何の恨みがあるんだ」


 七人の仲間の談笑が、暮れゆくセツトの澄んだ空に溶ける。漠然とした、未来への不安も。この先に待ち受ける数々の困難も。この空の下で刻まれて行くのだと、彼らは口にはしないが、覚悟しつつあったようだ。


 彼らには負うべき物が、生まれる前から用意されていた。果たさねばならない役目は、彼らにしか果たせないと無言で自覚していたのだから。





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