第十二節 白銀の怪人、来たりて。 その一




「お~い。事務局から掃除用具を持って来たぞ~」


 都長ツナガの一言で、待機中の面々が動き出す。男子庭球部・仮入部員最初の仕事は、例の屋内練習場の徹底清掃だった。

 前日に、礼衣が清掃用品を多め申請してくれたお陰で、片付けもはかどりそうだ。


 綿埃わたぼこりは言うに及ばず。機能的に使用すればより多くの目的が果たせる容積には、無計画に詰め込まれ、要不要の雑多な荷物や器具、果ては生ゴミまで散乱している。

 五感に入る情報は、どれも酷い有り様だ。そうそう見る事がない光景に面白がる者も若干名じゃっかんめいいるが、見ているばかりでは先に進めない。


 青一郎セイイチロウが音頭を取り、指示や注意点を伝える。第一義に、怪我をしないようにと。


 使い捨ての、掃除用ゴーグルやマスク、手袋を身に付け各々作業に取り掛かる。


 その中で、悪臭の根元の一つに辿り着いた千丸ユキマルが、発見した自然界の縮図に、年頃の少年達が騒々しくなったのは当然の事だった。


「うわ~ァ。虫までわいとるな」


「バッ、バカバカ! そんなモンじっと見てんじゃねェよ!」


 顔色を変えず、自然界の摂理を眺める千丸。手で現実をさえぎり、それでも想像する風景に悲鳴に近い言葉を上げるメディンサリ。


「何を言うんじゃ。これぞ生態系の形の一つやぞ」


「いや~!!」


 追い打ちを掛ける千丸の一言に、都長は文字通りの悲鳴を上げた。


「騒ぐなよ。今、片付けてやるから」


 ほぼ清掃装備で見えないが、無表情をうかがわせる士紅シグレが、無感動に作業に入る。


「惜しいのォ」


「〝惜しい〟じゃないって。ほら、場所をけてくれ」


 粘着質で嫌な音と悪臭を立てるモノを、士紅は手も汚さず、器用に問題の物体を袋に包み封をして処分した。


 その様子を見ていた者は、尊敬の念を士紅に送っている。


「……こう言っては何だが、よく出来るな」


 扉付近まで退避している礼衣レイが、遠慮がちだが率直な感想を述べた。無言だが、さり気なく昂ノ介コウノスケも隣にいる。


「慣れているからな」


「な、慣れているって?」


 メディンサリは、明後日の方を見ながら、恐る恐る士紅に鸚鵡おうむ返しをする。


「まさか、このにおい。まだ、さっきみたいなのが倉庫にあるんじゃ~」


「もっと凄いのが、あるんやないか?」


「ひッ」


 第二の気配に、背を丸めて怯える都長。そこへ千丸が、再び追い打ちを掛ける。


「お止めなさい。千丸君」


「ワシは、予想を客観的に言うただけじゃ」


 面々の反応を楽しんでいる千丸を見抜いた蓮蔵ハスクラは、注意を入れる。自業自得と言うべきか、普段はないはずの指摘を別方向から受ける事になった。


「……確認も、目視もしない事象を〝客観的〟と位置付けるのは、いかがなものだろうか」


「ワシ、火関ホゼキのそう言う所、苦手」


「ほらほら。皆、手が止まっているよ。明日、コートに出たかったら、迅速かつ確実に作業を進めよう」


 頃合を見計らった青一郎が、清掃作業に一同を引き戻した。


「う、うむ。そうだな」


 すっかり手が止まっていた昂ノ介が、目的を思い出したかのように動き出した。


「それでは皆さん、頑張りましょう!」


「おう!」


 蓮蔵のはげましの一言に、全員が声を揃え応えた。




 ○●○




「丹布君。話を蒸し返すようで、申し訳ないのですが」


「ん?」


 蓮蔵の呼び掛けに応じながら、士紅は手にしていた冊子の束の埃を、遠慮なくはたき落とす。すかさず、昂ノ介から注意が飛んで来た。

 謝罪を伝え、士紅は再び蓮蔵に向き直る。


「仮入部申請の際に、シャートブラム先輩とケータイで通話されていたのは、一体どなたなのですか?」


「あ~。俺も気になる。あの貴族があわ食ってたもんな~」


 都長も加わり、士紅はおもむろに一同を見渡した。ゴーグルやマスク、清掃姿に覆われていても、個人の認識は出来ているようだ。


「名門旧家・貴族の見本市だな」


「失礼な。俺達は見世物でも、売り物でもないぞ」


 昂ノ介は、ゴーグル越しの黒い瞳を一段とけわしくさせる。


「取りえず、全員どこかで顔を合わすなり、挨拶しているよ」


「そうなのですか?」


「悪いが、あまり言いたくないんだ。自慢になるし、相手の立場もある」


「……要するに、身の証を目上、もしくは上位の権力者の笠に着る自身に恥入っている。と言う所か」


「丁寧な割に、棘がある言い方をするんだな。火関は」


「そうじゃろ?」


 先日の、男子庭球部を単独で襲撃した頃から不思議だったのが、士紅が蒼海学院・中等科の内情に詳しい事だった。

 知っている生徒は知っているが、青一郎達が揃って名門旧家の出身だとは、さほど浸透していない。


 にもかかわらず、外圏から来たと話す士紅は、既に把握済みの様子だ。不審には違いないが、取り立てて聞き出す気にもならないのが、それぞれの本音のようだった。


 しかし、そんな事よりも、容姿も考え方も、出身地も違う士紅との会話への興味の方が上回るらしい。


 士紅を除いたとしても改めて、この七人が揃う機会もなかったためか、互いの身内の話しや近況についての話で、作業の隙間が埋まる程だ。


「でも、凄いよね。人種も文化も違えば、生まれた場所も距離も違う仲間と、こんな風に出逢えて、話しが出来る世の中なんだもの」


 青一郎が、感慨深く言葉をくと、誰ともなくうなずいた。


「言われてみれば、そうじゃの~。丹布なんぞ、遠い遠い、大ロスカーリアから来たんやからなァ」


「本当に〝えにし〟って奴は、不可思議だ」


 千丸の言葉を受け、士紅も同調する。


「そうだよね」


 それぞれに何か思う事があったのか、清掃作業の手が止まった。開けた窓から差し込む夕陽に舞い散る埃が、チラチラと乱反射する風景。

 不衛生な世界を、幻想的を演出しているように勘違いしてしまう。


 厳冬。夕陽。この面々。この状況。


 預かり知らない場所から、何かが囁く既視感に似た感覚が、その場を支配されそうな気配に縛られる寸前のようだった。


 そんな現実から乖離かいりしそうだった現場を引き戻したのは、いち早く我に返った都長だった。


「な、なぁなぁ、部活が終わったらさ、どっかの練習場で打たね~か?」


「あ、それ良いね」


 都長の提案に、柔らかい笑顔で青一郎が賛成した。


「それならぇ場所を知っとるよ。ここから近いし、しかも無料ただ


「好都合じゃねぇか」


 更に、千丸が都合が良さそうな場所を記憶を辿り見繕みつくろった言葉に、メディンサリは嬉しそうにモップを立てた。


「ただのぅ。人通りが少ない上、暗くなると物騒なんじゃ」


「あはは。それなら大丈夫だよ。昂ノ介がいるから」


「俺は、用心棒ではないんだが」


 青一郎の軽い説明を聞いた昂ノ介は、ゴミ袋の口を縛りながら不本意そうに答える。


「では、こうしませんか。とにかく行ってみて、不都合なら場所を変えましょう」


「……ふむ。妥当だな」


 蓮蔵の意見に、礼衣は後押しの一言を添える。


「よ~っし! 決まり!」


 都長の弾む声に先導され、八名は清掃作業の仕上げに掛かった。





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