第十二節 白銀の怪人、来たりて。 その一
「お~い。事務局から掃除用具を持って来たぞ~」
前日に、礼衣が清掃用品を多め申請してくれたお陰で、片付けも
五感に入る情報は、どれも酷い有り様だ。そうそう見る事がない光景に面白がる者も
使い捨ての、掃除用ゴーグルやマスク、手袋を身に付け各々作業に取り掛かる。
その中で、悪臭の根元の一つに辿り着いた
「うわ~ァ。虫までわいとるな」
「バッ、バカバカ! そんなモンじっと見てんじゃねェよ!」
顔色を変えず、自然界の摂理を眺める千丸。手で現実を
「何を言うんじゃ。これぞ生態系の形の一つやぞ」
「いや~!!」
追い打ちを掛ける千丸の一言に、都長は文字通りの悲鳴を上げた。
「騒ぐなよ。今、片付けてやるから」
ほぼ清掃装備で見えないが、無表情を
「惜しいのォ」
「〝惜しい〟じゃないって。ほら、場所を
粘着質で嫌な音と悪臭を立てるモノを、士紅は手も汚さず、器用に問題の物体を袋に包み封をして処分した。
その様子を見ていた者は、尊敬の念を士紅に送っている。
「……こう言っては何だが、よく出来るな」
扉付近まで退避している
「慣れているからな」
「な、慣れているって?」
メディンサリは、明後日の方を見ながら、恐る恐る士紅に
「まさか、この
「もっと凄いのが、あるんやないか?」
「ひッ」
第二の気配に、背を丸めて怯える都長。そこへ千丸が、再び追い打ちを掛ける。
「お止めなさい。千丸君」
「ワシは、予想を客観的に言うただけじゃ」
面々の反応を楽しんでいる千丸を見抜いた
「……確認も、目視もしない事象を〝客観的〟と位置付けるのは、いかがなものだろうか」
「ワシ、
「ほらほら。皆、手が止まっているよ。明日、コートに出たかったら、迅速かつ確実に作業を進めよう」
頃合を見計らった青一郎が、清掃作業に一同を引き戻した。
「う、うむ。そうだな」
すっかり手が止まっていた昂ノ介が、目的を思い出したかのように動き出した。
「それでは皆さん、頑張りましょう!」
「おう!」
蓮蔵の
○●○
「丹布君。話を蒸し返すようで、申し訳ないのですが」
「ん?」
蓮蔵の呼び掛けに応じながら、士紅は手にしていた冊子の束の埃を、遠慮なく
謝罪を伝え、士紅は再び蓮蔵に向き直る。
「仮入部申請の際に、シャートブラム先輩とケータイで通話されていたのは、一体どなたなのですか?」
「あ~。俺も気になる。あの貴族が
都長も加わり、士紅はおもむろに一同を見渡した。ゴーグルやマスク、清掃姿に覆われていても、個人の認識は出来ているようだ。
「名門旧家・貴族の見本市だな」
「失礼な。俺達は見世物でも、売り物でもないぞ」
昂ノ介は、ゴーグル越しの黒い瞳を一段と
「取り
「そうなのですか?」
「悪いが、あまり言いたくないんだ。自慢になるし、相手の立場もある」
「……要するに、身の証を目上、もしくは上位の権力者の笠に着る自身に恥入っている。と言う所か」
「丁寧な割に、棘がある言い方をするんだな。火関は」
「そうじゃろ?」
先日の、男子庭球部を単独で襲撃した頃から不思議だったのが、士紅が蒼海学院・中等科の内情に詳しい事だった。
知っている生徒は知っているが、青一郎達が揃って名門旧家の出身だとは、さほど浸透していない。
にもかかわらず、外圏から来たと話す士紅は、既に把握済みの様子だ。不審には違いないが、取り立てて聞き出す気にもならないのが、それぞれの本音のようだった。
しかし、そんな事よりも、容姿も考え方も、出身地も違う士紅との会話への興味の方が上回るらしい。
士紅を除いたとしても改めて、この七人が揃う機会もなかったためか、互いの身内の話しや近況についての話で、作業の隙間が埋まる程だ。
「でも、凄いよね。人種も文化も違えば、生まれた場所も距離も違う仲間と、こんな風に出逢えて、話しが出来る世の中なんだもの」
青一郎が、感慨深く言葉を
「言われてみれば、そうじゃの~。丹布なんぞ、遠い遠い、大ロスカーリアから来たんやからなァ」
「本当に〝
千丸の言葉を受け、士紅も同調する。
「そうだよね」
それぞれに何か思う事があったのか、清掃作業の手が止まった。開けた窓から差し込む夕陽に舞い散る埃が、チラチラと乱反射する風景。
不衛生な世界を、幻想的を演出しているように勘違いしてしまう。
厳冬。夕陽。この面々。この状況。
預かり知らない場所から、何かが囁く既視感に似た感覚が、その場を支配されそうな気配に縛られる寸前のようだった。
そんな現実から
「な、なぁなぁ、部活が終わったらさ、どっかの練習場で打たね~か?」
「あ、それ良いね」
都長の提案に、柔らかい笑顔で青一郎が賛成した。
「それなら
「好都合じゃねぇか」
更に、千丸が都合が良さそうな場所を記憶を辿り
「ただのぅ。人通りが少ない上、暗くなると物騒なんじゃ」
「あはは。それなら大丈夫だよ。昂ノ介がいるから」
「俺は、用心棒ではないんだが」
青一郎の軽い説明を聞いた昂ノ介は、ゴミ袋の口を縛りながら不本意そうに答える。
「では、こうしませんか。とにかく行ってみて、不都合なら場所を変えましょう」
「……ふむ。妥当だな」
蓮蔵の意見に、礼衣は後押しの一言を添える。
「よ~っし! 決まり!」
都長の弾む声に先導され、八名は清掃作業の仕上げに掛かった。
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