第十一節 魔女の介添え。 その二




 青一郎セイイチロウの鋭い警告で、千丸ユキマルの話しが途切れる。音の始点と終点に、部室にいる全員が注視したため、沈黙を導いた。


 しかし、全員の記憶が曖昧あいまいになっている。


 少なくとも、シャートブラム本人と青一郎セイイチロウは、熱いポットが千丸に直撃して、惨事となる風景を見ているはずだ。


 現実に目を向けると、千丸の前に士紅シグレが壁となって立ちふさぐ。一滴の紅茶をこぼさず、華奢きゃしゃなポットのを持っていた。


 そう。主が、お気に入りのカップに最高の時間を注ぐためにひかえる、熟練の上級使用人にも映る。


 不可解な事が起きているが、それに触れさせる前に士紅が動く。


「このままでは話しがとどこおる。何より尊い貴重な時間が、こんな下ぬ事に費やされるなどにあらず。ケータイを使ってもよろしいですか」


「勝手にしろ」


 目の前で起きた説明が困難な事態に、落ち着かないまでも強がる事だけは出来たシャートブラム。

 対する士紅は、短く断りながらポットを音も立てず元の位置に戻す。この時は既に、耳元に例の二つ折りの携帯型通信機器・ケータイを当て通話を開始している。


 三呼吸くらいの後、流暢りゅうちょうな西の大陸・ルブーレンの言葉が立つ。

 発音も正確な故郷の言葉に、メディンサリも違和感なく聞き取れる。会話の内容から、親しい相手を起こして非を詫びつつ、今から代わる相手を黙らせて欲しいと伝えていた。


 外圏人だと信用されないから、と。


 程なく、異国の言葉で語った通り、士紅がケータイをシャートブラムに差し出した。「この方なら、信用できるでしょう?」そう、付け加えて。


 小煩こうるさそうにケータイを受け取り、尊大な態度と口調で通話中のシャートブラムは、早々に顔色を失う。

 言葉遣ことばづかいも媚び、下にも置かない態度に変わる。手にするケータイさえおそれ多いと言わんばかりに、シャートブラムは持ち主の士紅へ突き返した。


「どこまでしゃべったんだよ。先輩、顔面蒼白だぞ」


 受け取った士紅は、変わらずの態度で通話相手と会話を続ける。


「相手は、どなたなのでしょう」


「さぁのう~」


 様子を見る蓮蔵ハスクラと千丸は、感想を交換し合う。


「では、後日。おやすみ」


 通話が済んだ所を見計らい、シャートブラムが様々なものをくじかれながら、士紅を問い詰める。


「な、何故お前ごときが、あの方を知っているんだ! お前のような存在など、聞いた事もないぞ!」


「おや。まだ信用して戴けませんか。ならば、もっと判りやすい御方とお繋ぎ致します」


「ま、待てッ。あの方より上だと? 一体、何なんだ! お前は!」


「身の証しも立てられた。と言う訳ですね。それでは、シャートブラム先輩。我々八名の仮入部届けの許可を、頂戴する事は可能ですね?」


 畳み掛ける士紅が見せた一連のやり取りは、明らかにシャートブラムを動揺させた。場を支配する優位を示す天秤は、仮入部希望者達に傾く。


 ただ当然ながら士紅は、腑に落ちない一同の視線に囲まれる事になった。




 ○●○




 シャートブラムは、這々ほうほうていで、八名の仮入部届けを受け取った。取り巻き達が、何か言いたげに宿主へと視線を向けて来る。


「ぶ、部長ォ?」


「腰抜けだと思っても良い。アイツには手を出すな」


「急に、どうしたんですかァ」


「さっきのケータイの相手は、ゲーネファーラ商会・次期会長のフレク=ラーイン。本名プリヴェール=ルーヴメイア=グリーシク姫だ」


 れさせた紅茶の味も香りも、常識をくつがえされ感情の乱れも手伝い、シャートブラムの味覚や嗅覚に触れないようだった。


「は!? 冗談でしょう?」


「だと良いな。ここだけの話し、あいつ自身ロスカーリアの首都・炎州エンシュウに身を置く、商会の大事な客だそうだ」


ロスカーリア!? このモルヤン経済圏の外圏参入の片翼を担う、グランツァーク財団の総本陣じゃないですか!」


「あの調子だと穂方ホガタの目に留まるだろうが、何があっても放っておけ。関知するな」


 宿主の決定に、ただうなずくしかなかった。厳格な貴族世界のルブーレンにおいて、シャートブラム如きでは楯突く日など、百万年待っても訪れる訳がない相手なのだから。






  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る