第十節 魔女の介添え。 その一




「我々の仮入部届けを受理しないとは、どう言う事ですかっ」


 明けた放課後。昂ノ介コウノスケにしては、怒気も押さえ気味に目上に対する質問を行っている。


 その場所とは、中等科男子硬式庭球部の選抜選手専用の部室。平素は、第二体育館として機能しており、各運動部の部室の一つを特別に改装していた。


 仮入部員希望の八名を正面に構え、却下を言い渡したのは、現部長・六年生のシャートブラムだった。


 郷里きょうり、ルブーレン様式の優雅なお茶の時間を主張する調度品で構成される一室。

 部活動とは不似合いな食卓一式は、高価な白塗装のマホガニー材。猫脚で、象嵌ぞうがん細工まで施されている。

 当然、席に着いているのは、シャートブラムとお気に入りの腰巾着達だ。


 立ち姿の八名は、雰囲気に飲まれる事もなく、仮入部に何の支障があるのかを口々に問う。


 現部長の返事は、一言。


「昨日のような騒ぎを起こす奴が入部すれば、この先の志気に悪影響が出る」


 わざとらしく、部長のシャートブラムは士紅シグレを見据えて言い放つ。

 当の士紅は、顔色も変えず「何故、私を見るんだ?」我が事ではないように、似紅色にせべにいろ双眸そうぼうで見据え返す。


 シャートブラムは、士紅がみじめに動揺する姿を見ながら、高価なマーレーン産の茶葉の香りを楽しもうとしていたらしい。

 所が、いつまでっても叶わなかったので、標的を移す事にしたようだ。


「しかし、どう言う風の吹き回しだ? 再三の勧誘にも応じなかった〝リメンザの申し子達〟が、揃って仮入部希望とはな」


 庭球を愛する者達の、庭球が持つ心身向上効果による、庭球がもたらす世界平和へ繋ぐための練習場。その名は、リメンザ庭球倶楽部。ハウスとも呼ばれる、競技連盟に加入する団体の一つでもあった。


 世界中に設営され、庭球の素晴らしさと、可能性を多くの人達と分かち合える場所としての機能を果たしている。

 そのうたい文句は〝身一つで、練習場へ行こう!〟だった。現実に、清潔な競技に必要な一式を貸し出し、施設の使用料は無料なのだ。


 大盤振る舞いと言える仕組みは、リメンザ=グレアー=グリーシクによって構築された。

 没後千年が経とうとも、いまだ鮮やかに庭球愛があふれる場所は、様々な支援者によって現在も維持されていた。


 青一郎セイイチロウ昂ノ介コウノスケ、それと礼衣レイは、同じく一般向けに解放されている、庭球練習場・リメンザのセツト支部に所属。

 その活躍は、当初から抜きん出ていた。有名な勝抜き式トーナメント総当り式リーグ戦では、ほぼ確実に勝ち進み、三人は揃って上位を占有していたのだ。


 進学前には、国内外問わず、庭球強化校からの勧誘があった程だった。


「……学生が、学校で部活動を望む事は、そこまで不思議なのですか」


 礼衣は、至って真面目に普段の調子で答える。


「生意気だなァおい。少しでも褒めるとコレかよ!」


 思い通りに場が動かない事に苛立ち、シャートブラムは舌打ちをした。その上、飲み干したティーカップを乱暴にソーサーに戻す。


 有名工房の逸品が悲鳴を上げる様子も踏まえ、空色の瞳に映したメディンサリは、貴族然とした顔に不快感を表している。

 同時に、昂ノ介が抗議を試み一歩踏み出した所、士紅が制し進行役を買って出た。


「詰まり、私が目障りなのですね」


「昨日も、清掃と称して色々と嗅ぎ回ってくれたようだな。外圏人が」


 ようやく舞台に引きずり出せたと、部長は喜色満面。先程からの趣味の悪さも同時にさらしている事に、気付いていない。

 黙る士紅に気を良くしたのか、部長は歪んだ選民意識をも披露する。


 先日の一件で、変化の兆しを見せたシャートブラムだったが、一朝一夕だけでは人はそう簡単に変わる事は出来ない。


「それで? 何か、めぼしい物は見付かったか。外圏人」


 約十年前までの政策混乱に乗じ、大量の外圏人が流入した。結果、低所得・失業者を抱え込んだ時期の印象を揶揄やゆしているのだが、日常会話に出す内容としては品性が疑われる。


 都長ツナガは、黒目がちな大きな瞳に悲痛な色を差し入れた。だが、視線は力強くシャートブラムを牽制けんせいしているようだった。


 耐えかねたのか、今度は蓮蔵ハスクラが静かに参戦した。


「いくら先輩だとしても、あまりにも無礼ではありませんか。撤回された上で、丹布ニフ君へ謝罪してください」


「成り上がりの蓮蔵ごとき小倅が、私に意見しようなど百万年早い!」


 家名まで貶められた蓮蔵も、曇り一つない眼鏡の奥に、怒りも悲しみも浮かべてはいない。ただ、毅然と士紅への謝罪だけを黙して要求している。


 その蓮蔵の言動を受けて、千丸ユキマル火蓋ひぶたを切った。


「ここは学校。家名なんて、何も関係ないのでは?」


「な、何だと」


 家名を盾に横柄な態度を取っていたシャートブラムが、千丸の発言に対し、明らかにひるんでいる。


「聞こえませんでしたか。家名や貨幣では庭球の腕なんて、どうにもならんでしょ。と、申し上げました」


「ぐッ」


「センパイ。昨日、五回も丹布に挑んで、一度もまともに打ち返せなかったでしょう。最新設備に囲まれてるのに、一体、今まで何やってたんですかって話し」


「千丸、危ない!」


 無言を通していた青一郎が、突然声をあららげる。


 千丸の言葉に、神経を刺激されたシャートブラムが癇癪かんしゃくを起こし、飲み頃のポットを千丸に向かって投げ付けた。





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