第九節 華麗なる合流。 その二




「あれ? 誰かいる?」


 誰何すいかが起きた。出入口に近い位置にいた蓮蔵ハスクラが、代表して丁重に尋ねる。


「部外者が、勝手に立ち入ってしまい申し訳ありません。庭球部の先輩で、いらっしゃいますか?」


「うん。二年のイレイユ。最後に、そこの彼に負けた奴だよ。驚いた、戸締まりだけでもしておかないと。と思って戻って来てみたら、ははっ」


 そこの彼。言いながら、士紅シグレを差した。赤毛の頭髪、ソバカス顔には照れ笑いで誤魔化ながら言葉を句切る。

 あの庭球部にあって、本来の活動を念頭に置いている先輩がいた事に、腹の中で驚く様子の面々がいる。


 その気配を察したのか、イレイユは言葉を続けた。


「その分だと、倉庫を見たんだな。庭球が出来ればそれで十分。部長は、そう言う人だから。シャートブラムさんは、三年生から部長を勤めている。この方針は三年間、変わっていないって事さ」


 非難と愚痴と言い訳をしているのが分かっているからか、イレイユは誰にも目を合わせず、ひとごとのようにつぶやいた。

 その姿は、庭球に対する懺悔のようでもある。だからこそ一人で、この場所に戻って来たと言えた。


「じゃ、ぼくは戸締まりをして来るから、思うようにやってくれ」


「はいはい! 俺も手伝います~」


「私も参ります」


 イレイユに、元気に挙手した都長ツナガと、率先して蓮蔵が続く。


 分担を、それぞれ決め行動に移す中。士紅が、携帯型通信機器・ケータイを耳に添えて通話の最中だった。いつまでも見ていたくなる、端整な口元から語られる音律は耳慣れぬ異郷の響き。

 気を取られた青一郎セイイチロウは、不作法だと自覚している様子で、作業を進める。


 士紅から語られる、一方的な通話の響き。慣れない音律が連なっているが、心地好ここちよい異国の歌劇のようだった。


 不慣れな異国の言語の中に〝在純アリスマ青一郎セイイチロウ〟と、音が立つ。反応した本人は、その心境によって行動を支配されらしく、反射的に身体や意識が士紅へと向けた。


 そんな青一郎は、通話が済んだ士紅と視線が合った。モルヤンでは型遅れだと認識されている、二つ折りのケータイを畳みながら士紅が話し掛ける。


「悪い。使、着信に応じてしまった」


「そんな、俺の方こそ不躾ぶしつけ御免ごめん。今のは、どこの言葉なの?」


「〝シザーレ〟って所。私は、そこから来たんだ」


「へぇ、シザーレ」


「〝ロスカーリア〟の方が、判りやすいかな」


 いまいち反応が悪い青一郎のために、士紅が地名を言い直した。すると、別方面から声が起きる。


「何!? お前、ロスカーリアから来たのか!」


「また、遠い所から来たんやのぅ」


 近くで零れ球やカゴに手を付けていた、メディンサリと千丸ユキマルが、自然に会話へ加わる。


「仕事だからな」


 故意なのか、性格なのか。主語がない士紅の一言に、彼らは無難な肉付けをして話しを進める事にしたらしい。


「親父さん、お袋さんの転勤か何かで?」


「そんな所」


「大変やのう」


「あ、さっき通話中に、俺の名前が出てたみたいなんだけど、気のせいかな」


 流れが変わりそうな気配に、珍しく青一郎は話しを引き戻した。青一郎の様子に、昂ノ介コウノスケ礼衣レイは、互いに視線を交わしている。その変化に、驚いているようだった。


「出した。通話のついでに、草臥くたびれた面の張り替えの予約を頼んだ。心配するな。リメンザのセツト支部だよ」


「何だか、申し訳ないよ。会ったばかりなのに」


「気にするな。借りた物を、壊した私が悪いんだ。腕も落ちたからだし。続けて居ないとにぶるな」


「あれだけ動いてたのに? お前スゲーな」


「恐ろしいやっちャな」


 それぞれの手元が、片付き出した頃。戸締まりや、他の作業を終えた有志が戻り出す。


 季節は二月。冷えた空気、乾いた蒼天には雲一つもなく、彼らを包む。近い未来の部活動の先輩後輩は、情報交換をしながら屋外練習場へと移動した。





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