第四節 新入生代表の、優雅な日常茶飯事。 その二
新入生を迎えた翌日。
二年から六年の在校生も、本日は午前中までの特別授業が消化され、昼からは放課後となった。帰宅する者がいれば、所属する部活動に参加する者もいる。
伝統に裏付けされ、また権力者の庇護により広大な敷地を生かした練習場は、屋内外それぞれ六面。中等科の敷地内での位置は、北東になる。
特に屋外は、世界庭球四大栄冠と同じ人工地表が施工され、部室も他の運動部と比べると、格段の優遇を受けている。
ここ
元より、庭球とは紳士淑女と公正の代名詞だと言うのに。この場所では、実感する事が困難だった。
その屋外練習場に、制服姿の新一年生が訪れた。赤いフレームの
「ねえねえ、見てよ。凄く変な色の子が来てる」
「そんな言い方しちゃ駄目よ。ラケット持ってるし、仮入部希望なんじゃないの?」
東側の六面は男子部だが、中央仕切り網を挟み西側の六面は女子部の練習場となっている。その女子部員達が、凄く変な色の子。
「ちょ、ちょっと、あの子ってば勝手に入って来たわよ!」
女子部員が指摘した通り、士紅は扉を開き男子先輩部員の制止も聞かず、最も北側にあるコートへ進む。
そこには、練習場でありながら制服姿の部員らしき人影と、白を基調とした正選手ユニフォーム姿の部員が混在する一団があった。
「おいおい、部外者が勝手に入って来るんじゃねーよ」
「いや、その前に、何人なんだよコイツ。変な色しやがって。ここの言葉、話せるのか?」
遠慮も常識もない先輩部員の言葉に、士紅は端整な顔色を変えず言い放った。
「
樹木が秘める
発音も正しく、どこに出しても通じる
だが、士紅の物の言い方に、集団は鼻白み、周囲は怖れ知らずの態度に静まり返った。
「聞こえていないのか? 勝手に探しに行くが、面目を潰されたとか文句を言わないでくれよ」
反応が鈍い先輩部員達に対し、早々に痺れを切らせた様子の士紅は、整い過ぎる
「な、何だよ、無礼な物の言い方だな。それが目上の者に対する態度か! その前に、我々は貴族なんだぞ。勝手に話し掛けるな!」
ようやく、状況を飲み込んだ金褐色の髪を持つ部員が反論した。それを合図に部員集団の数人が裂け、練習場から走り去る。
「私は、三流貴族に礼節を表す労力なんて、持ち合わせていないんだよ。こんな所まで来て貴族の待遇を求めるなら、国へ帰れ。リュリオンなんだよ、ここは。それよりも、私の要求に応じるのか、否なのか。明確にしてくれないか」
なおも主張を通す士紅にぶれはなかった。この反応に全く予想しなかったのか、金褐色の髪を持つ部員は四肢を
「何よ、普段あんなに
「あの子、変な色してるけど度胸あるし、スカッとする事を言ってくれるわ~」
「シッ! 聞こえるわよ」
顧問や、部長クラスが不在だった、隣の女子部の練習の手も止まってしまった。彼女達の話しから、男子部員達の日頃の素行が
「い、いやいやいや。お前、頭は大丈夫か? シャートブラム様を、知っている事実は褒めてやる。けどな、この庭球部で、ルブーレン貴族に
士紅を
しかも、正選手ユニフォームを着ているが、ラケットすら所持していない。
「貴族に、殺傷与奪の権利を握られた覚えはないんだよ。私は、庭球が出来れば構わない。そのためには、貴方々のような部員は邪魔なんだよ」
「は? 何を言ってんの?
士紅の容姿から、決めて掛かる発言が起きる。だらしなく制服を着崩し、座り込んでいた茶色の頭髪を整髪料で撫でつける部員による一言だった。
「何度でも、判るまで言ってやる。邪魔なんだよ、御貴族様。家名だけで勝てる庭球なら、身内だけにしてくれ。私は、競技としての庭球を求めている。全国に通じる、本物の庭球だ」
「随分と、大口を叩いてくれるではないか。どちらが三流の分際なのか、地を這わねば分からないようだな」
士紅の背後に、格上の響きを込める
十歩分離れた場所で、半円を描くように囲む一団の中心に、
およそ中等生が触れるには、過ぎる高級ブランド。ルブーレンの大貴族も安心して愛用する、インス・カルランテの最新冬コートを正選手ユニフォームの上から
彼は、まだ振り返らない士紅の背を
「地を這った事もない御貴族様が、偉そうに言ってくれるよ。その感触を、今この場で味わって
「私の名を差しておきながら、その不遜。どのような神経をしているのだ。面白い、お前の用件とやらを言ってみろ」
珍獣の芸でも期待するように、シャートブラムは答えてみせる。
「
今度は正面を見据え、無表情だった士紅の整い過ぎる顔に、不敵な笑みを薄く広げた。それは酷薄で鋭く、優越と絶対の自信を自負する相手には、不快極まりない鏡となって反射する。
まともに受けたシャートブラムは、
「とは言え、対価を証明しなければ筋が通らないのは自明の理だ。だから、私と一球勝負をしないか? 庭球部全員から、勝ちを奪えば文句もないだろう」
士紅は、南中に差し掛かる時間でも冷える寒空の下、一気に制服の上着を
指定の白シャツ姿になると、制服を放り投げた。が、やや間を置き、北端にある
この奇行に、周囲が見守る中。士紅は器用に借りたラケットを左の小脇に抱えながら、丁寧に前身頃を表にして畳む。
西側、階段状観客席の手前にある、防護柵寄りに備え付けられるベンチの上に置いた。
隙だらけの士紅の背後を目掛け、
宙には、一球が頃合の高さまで降りて来ていた。
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