一の幕 青陽の蕾達

第一節 新入生代表・丹布士紅。




 リュリオンは今、冬季の二月四日。冷える外気に息が白く散る。


 教育過程にある学童・生徒・学生は既に、新学年・新学期の節目を迎えていた。蒼海ソウカイ学院中等科が創設されてから、二四二八年度の新学期。


 在校生が始業式を迎え、四日後の新入生入学式典。


 歴史の深さを、そのままに構える堅牢な講堂。その空間に新入生代表の名が、進行役の副校長によってが告げられる。


「新入生代表、丹布ニフ士紅シグレ。前へ!」


「はい!」


 元海軍士官学校の流れを、時代錯誤的に残す気風は式典に現れる。

 新入生代表は、抵抗なく打ち合わせ通り応じた。短く込められた返事には、心地胆力たんりょくを置く。

 落ち着きと物怖ものおじのない響きは、式を進行する副校長を上回る。


 芯を持ち、音も立てず立ち上がった新入生代表の姿。硬い岩盤すら構わず地に根を張り、迷いなく天を目指す若木のようだった。


 壇上正面に向かう少年の容貌ようぼうは、ここ、リュリオンには存在しない色彩を宿し、その上に非常識な整い方をしていた。


 長い前髪を、無造作に掻き上げた髪型に色付くのは岩群青いわぐんじょう。この世の不条理と退屈に対し、無感動を決め込むかのような冷めた視線は似紅色にせべにいろ


 学年の割に長身痩躯ちょうしんそうくを包むのは、中等科の鈍色にびいろの生地と、詰め襟が特徴の制服。

 折り目も鮮明。詰め襟を正しく留め、隙なく着込む姿を視界に入れた生徒・教職員の大半は、視覚と意識を少年へと殺到する。


 当の新入生代表は、注がれる関心に一切触れる事もない。与えられたら役目を果たすため、朗々と挨拶を読み上げる声に震えなど皆無。

 リュリオン人より、少しだけ濃い色の肌にも動揺や緊張による顔色の変化も見当たらない。


「二四二八年度。蒼海ソウカイ学院中等科。新入生代表・丹布ニフ士紅シグレ


 声変わりを済ませ、安定した低さを保つ甘めの余韻よいん。静かに名を添え、用意された挨拶文を読み終える。


 役目を負う新入生代表は、慣れた気配で一点の濁りもなく式箱に納めた。


 新入生代表・丹布ニフ士紅シグレを知る生徒は、この場には誰もいない。

 この年度、今となっては珍しくもなくなった外部経済圏からの生徒が、編入試験をて、蒼海ソウカイ学院中等科へ在学する事となる。


 一見、近寄りがたく、無表情で落ち着き払った丹布ニフ士紅シグレが、これから数々の騒動を巻き起こすとは、講堂にいる誰もが想像すら出来なかった。




 ○●○




 州区分域はケイウ。地区はセツト。古くから臨海都市の商業用地としての造成は進み、指針通り文化・人材・物資の交流や集積が盛んな地域へと発展した。


 当然、その場所には培われた学識領分が含まれ、セツトを誉れとする事項を挙げると、必ず指折られるのが、国立蒼海ソウカイ学院。

 初等科に始まり、大学まで一貫した教育施設をようしている。常に文武両道を掲げ、先人達が築いた栄誉を守り続けている。


 しかし、創設から数千百年。かつての栄誉を守り続ける労力は、現場の学生に依存してしまうのは否めない。

 加えて、各学年・各年代を数千を抱える集団となっては、皆が全員 先人達の誇りを胸に学舎の門を通っている訳ではない。


 名門の座に甘んじ、高見をのぞまない者の方が多いと言えた。文明の豊かさは、小手先の器用さを示し続ける。


 努力、それに伴う苦痛や疲労を避ける傾向は、ここ名門・蒼海学院にも浸透して久しい。

 古道の部活動は音に聞こえていたが、近代運動部は冷めた活動が見受けられる。古豪の名も、等閑なおざりにされる中、心ある者は奮起のほのおを胸にちらつかせていた。

 だが現実は、無関心の圧倒的な数を前に、にも出さず、諦める日々を送っているのだった。





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