第113話番外編 腐王女転生記⑥

 

「──……おい、大丈夫か?」


部屋に再び入ると、素に戻ったリュート君が私の顔を覗き込んだ。

目が合うと、リュート君は少し心配そうな顔をしていた。


「私は大丈夫だよ、リュート君!」


心配をさせたくなくて、私は顔の横で拳を作って元気アピールをした。


うん、暗いのは由奈のキャラじゃないし。

あんまり、格好悪いところは見せたくない。


「……顔、真っ青なんだけど」


リュート君がジト目で私を見ていた。

私は慌てて、何か良い言い訳がないか考える。


「う、こ、これは……そうっ、長い間引きこもり生活を送っていたから、外の空気で気分が悪くなっただけだよっ!」


何だか自分で言っていて悲しくなってきた。

リュート君もそんな私を、憐れむような目で私を見ていた。


「……まぁ、確かにユリアが嫌がる理由は理解出来たけどね」


「え?」


突然の話題変換に、私は首を傾げた。


ウェルザックも……スールとかは、出世目的みたいな所はあるし。そういうの、別に悪いとは思ってないけど、俺も流石にアレジュナンは嫌だな」


目的の為なら、主人でさえ平気で裏切りそうだと、リュート君は私を見て言った。

スールというのは、確かリュート君の従者の事だろうか。

リュート君と毎日一緒に居られて、少し羨ましい。


「……うん、私を置いてヒロインを選ぶような人だからね」


しかも、ユーリアを殺すルートまであるし。


私は自嘲気味に笑った。


ゲームの私もお父様も、本当に見る目がない。

剣や魔法の腕はともかく、もっとましな人選はあっただろうに。


「安心しろよ……取り敢えず、俺はお前を置いてヒロインを選ぶなんて展開はないから」


ぽすり、と私の頭に重みが増した。

温かい。

リュート君の手だ。


「はは、顔、真っ赤。青くなったり、赤くなったり忙しいな」


リュート君が私の顔を見て笑った。

その笑顔が何だか眩しい。


「っ、ぅ、リュート君が攻略対象者みたいな事言うからっ!!」


何かキラキラエフェクトだってかかっていたのだから、これは不可抗力なのだ。

前世含めると、アラサーとは言え心は何時でも乙女なのだから。


「はぁ、やめろよ、縁起悪い。俺はゲームとは無関係。ゲームとは関係ない、モブなんだよ」


リュート君は嫌そうに、眉をひそめた。

リュート君は攻略対象者扱いされるのを、本気で嫌がる。

ゲームの中とは言え、お花畑なヒロインに攻略されるのは屈辱でしかないのかも知れない。


勿論、私だってそれは嫌だけどさ。

……もし、もし、例えそう攻略対象者だとしても、私がゲームを知る者としてリュート君を守る。


「ふふっ、本当にリュート君ってばヒロイン嫌い過ぎでしょ」


自然笑みが溢れた。

先程まで冷たかった体が、今は温かい。

混乱していた心はすっかり落ち着いていた。


「笑うな……まぁ、アレジュナンはひとまず様子見だな。ユリアも俺が居ない時に、絶対近付くなよ。王様と父様には俺から言っておく」


「うん、分かった」


リュート君が居るからもう恐くない。

傍に居てくれる誰かの存在は凄い。

心の奥から、どんどん力が湧いてくる。


寧ろ、何かしてきたらあんな奴私の魔法で消し炭にしてやるんだからっ!


私はそう心に決めたのであった。









◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆








「…………はぁー……」


先程歩いた道を再び通りながら、思わず溜め息溢れた。

今から起こる事が面倒だと分かっているからだ。

本音を言えば、そのまま通り過ぎたい気持ちもある。

けれど────


まぁ……1度は自分で引き受けた事だし仕方がない、か。


恐怖に震えていた。

握った掌は驚く程に冷たかった。


……いつもは喧しい位に腐っているから、調子狂うんだよな。


ゲームと違って、腐りきっている王女。

前世では正直苦手であった少女。

その少女が死の恐怖に震えていた。


そもそも、このがいるのだから、あんな奴が危害を加えられる訳がないんだけど。


その事が自分の事を信用していないようで、少し苛ついた。

だから、柄にもなくあんな事をしてしまったのだ。


……まぁ、お陰で大分顔色は良くなったみたいだったけど。


最後に別れを告げた時、その顔色はいつも通りに戻っていた。

前世含めユリアは変な方向に突っ走る可能性があるので、よく注意は必要だけれど。

それでも変にしおらしいよりはマシだろう。


「……はぁー……」


また1つ溜め息が溢れる。


……だから、面倒だけれど仕方がない。

本当に面倒だけれど、今後の為にも必要だ。

何より、俺は一応は彼女の騎士・・なのだから。


俺の足は真っ直ぐと、目的の人物がいるであろう場所へと向かった。


「──すみません、此方にジュナン・ディルムトはいらっしゃいますか?」


多くの騎士たちがいる中、目的の人物は訓練場の隅で苛立たしげに剣を振るっていた。

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