第112話番外編 腐王女転生記⑤

 

「……っ、ジュナン・ディルムトっ」


恐怖で体が震える。

ジュナン・ディルムトの名は、私にとって孤独裏切りを意味する。

前世を思い出してからは、特にジュナンは徹底的に避けて間違っても専属の騎士にはしないと心に誓っていた。


折角、楽しい気持ちでいたのに……最悪。


弾んでいた心はすっかり萎んでしまった。


「──もう、いいです。もっと上に話をしますっ!!!」


怒声と共に、勢いよく扉が開いた。

現れたのは記憶にあるより、幾分か若い青年だった。

まだ、少年のようなあどけなさが残っている。

ヴァイオレットの髪を後ろに流しているが、年のせいか少し背伸びをしているように見える青年。

恐くて、怖くて、大嫌いな人。


『──私の家は没落貴族で、家の再興の為に王女殿下の騎士になる事を引き受けたのです』


『──初めて、心から守りたいと思ったのは貴方唯1人です。貴方を傷付ける者は、例え……王女殿下だとしても許しません』


『──貴方を愛しています。家の為だけに生きてきた私に、貴方が生きる意味をくれた。例えこの思いが叶わなくとも、貴方の側でずっと貴方を護ります』


ジュナンと目が合った瞬間、私の脳裏に次々とゲームの記憶が流れた。

ヒロインに愛を語るジュナン・ディルムト。

わき上がる嫌悪感と共に、ぼんやりと甦る記憶の欠片。


あぁ、そうだ。

そして、彼は────


『死んでくださいますか? 姫様』


そう告げるのは冷淡な声だった。


『──貴方が居ては、私は彼女を守れない……でも、いいですよね? 姫様はもう長くないのだから。国としても貴方はもう用済みだ。神に選ばれた特別な彼女がいれば、国は守れますから。そして、私はそんな特別な、愛しい彼女を護る騎士になる……だから、国の為にも、彼女の為にも、死んでください』


それは幾つかあるジュナンルートのエンディングの1つ。

突如、ゲーム画面は血で赤く染まった。

この後、彼はヒロインに永遠の愛を誓う。

ユーリアの血で濡れたその剣で。

所謂、メリーバッドエンド。

主従よりも、ヒロインへの狂った程の重い愛を選んだこのルートは一部の人達の間で人気があった。

前世ではそんな展開に私も萌えていたが、我が身となれば別の話。


この人は私を………裏切る人だ。


ユーリア・ライト・ユグドラシアとしての魂が、それを赦さない。

死への恐怖と、理不尽に対するふつふつとわき上がる怒り。

憎悪とも呼べるかも知れない。


恐い、死にたくない。


憎い、消えてしまえばいい。


由奈前世ユーリア今世、2つの感情が混ざり合った。


「っ、姫様……!!?」


私が気付いたように、ジュナンも王女の存在に気が付いた。

まさか、私が此処に居るとは思わなかったのだろう。

口を開けたまま私を凝視している。

そして、何を思ったのかその手を私に伸ばして────


「流石にそれは不敬では? 身の程を弁えてください」


小さな背中に遮られた。

顔は見えないが、声色から不快さを隠そうともしていない。

リュート君だ。

リュート君が私を庇うようにして、前に立っている。


「なっ、私はっ」


「ユーリア殿下の騎士に任じられたのは、ですよ」


ジュナンが何か言おうとしたが、リュート君によって遮られた。

貴方は不要です、と続けそうな程その物言いは実に刺々しい。


「それでは、部屋に戻りましょうか殿下。此処には貴方の琴線に触れるような何も・・ございません」


リュート君はそう言うと、私に手を差し出した。

所謂、エスコートと言うやつだ。

私は反射的にその手を取った。


温かい……。


私の手が冷えきっていたのか、それともリュート君がお子様体温だからなのか。


恐い、憎い、怖い…─。

……まだ心の中はぐちゃぐちゃだけど。


私はその温度にひどく安心したのであった。

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