第111話番外編 腐王女転生記④
「──……成る程。話を聞く限りだと、暫くゲームで重要な場面はなさそう、だな。……あくまで、ユリアが今覚えている限りの話だけで判断すれば、だけど」
リュート君が私の話を聞き終えると、顎に手をあてて考える素振りをしながら言った。
考えている顔も麗しい。
見ているだけで眼福というものだ。
「うん、シュトルベルンは家の方針で高等部で学園に通い始めるまで、表舞台には出ることはまずないからそこは安心出来ると思う。それよりも、アシュレイ・スタッガルドかなー、近い内に会えそうなのは。会った事がないから、詳しくは思い出せないけど攻略対象者だし。それこそ、私達が学園に通うようになったら、同学年だし身分的に考えて絶対同じクラスになると思うんだよね」
オズワルドお兄様、エドワード、レイアス様のルートのシナリオはだいたい思い出せている。
その中に、攻略対象者のトラウマになるような重要なイベントは暫くの間はない……筈だ。
レイアス様のトラウマになる筈だったリュート君のお母様の死も、彼自身の手にによって既に回避されているようであるのだし。
それに加えて、ユーリ様の
「……ふーん、まぁ此方に被害がなさそうなら、彼とは積極的に関わるつもりはないんだけれどね。嫌われている可能性が高いし」
と、リュート君は言いつつも完全に無関心という訳でもないのは、きっとアシュレイ・スタッガルドの生まれが関係しているのだろう。
レイアス様とリュート君が義兄弟である限り、全くの無関係ではいられないのだから。
「とは言え、ゲームのシナリオを全て真に受けてしまうのは危ないかもな。参考にはなるし、間違いではないんだけど……ユーリのシナリオにルーベンスの話は出てこないんだろ?」
「うん、そんな設定は記憶にないよ。だから、正直トーリ様に初めてお会いした時、私凄い驚いたんだよね。全然、豚じゃなかったし。凄いいい人そうな人だったから」
けれど、私はトーリ・クレイシスが恐ろしかった。
彼はゲームの中では、悪の限りを尽くす最悪の人間であったから。
善人のように振る舞ってはいるが、裏では女子供を喰らう化け物なのだと私は思っていた。
「……あんまり、ヒロインとやらの攻略を邪魔するつもりはないんだけどね。勿論、父様のルートだけは全力で阻止するけど(そんな事したら本気で締めるけど)……兄様とかユーリ達とは、まぁ、ヒロインとやらには関わりたくないからお勧めはしないけど、兄様達が本気なら好きにすればいいとは、一応思ってる」
出来れば俺に関係のない隣国の皇子とやらと結ばれるのがベストではあるけどな、とリュート君は言った。
会った事もないヒロインに対する印象は、リュート君の中で既にかなり悪いみたいだ。
まぁ、乙女ゲームのヒロインって、ある意味頭おかしいからなぁ。
私も攻略対象者は好きだったが、正直ヒロインは近くに居たら友達には絶対にならないと思う。
寧ろ、全力で避ける。
ヒロインは=超ド級のトラブルメーカーでもあるのだ。
別のルートに入ってる時の攻略対象者が普通に生活しているのを見ると、ヒロインと出会う事で次々に不幸なイベントが起きているようにも見えてしまうのもその一因だろう。
「……まぁ、お互いヒロインとは関わらないのが無難だよね。特にリュート君は危ないかもだし。攻略対象者じゃないとしても、ヒロインってばイケメンホイホイだし……いや、イケメンハンターかな?」
改めて、リュート君の顔をまじまじと見る。
ひどく整った顔をしている。
私が今まで見た中で1番綺麗だ。
けれど、何度良く見ても、私の
私が思い出せないだけの可能性もなくはないが、恐らくリュート君はゲームの登場人物として出てこない。
出ていたら、絶対に忘れない顔だ。
出てたら……絶対推しだったろうし。
腐魂的にも萌えていたに違いない。
だから、リュート君は
だからこそ、定められた
ユーリ様の件がまさにそれだろう。
この世界はあのゲームと同じ世界だ。
ゲームでは描かれなかった設定はあるが、根本は同じもの。
だから、私は彼を選んだのだ。
リュート君なら──きっと、あのゲームのシナリオのように私を1人で死なせたりはしないから。
最後まで、きっと。
私を置いて、ヒロインを選んだりしない。
「ハンターって……くくっ、それがヒロインのゲームにはまってたんじゃなかったのかよ」
私のあんまりともいえる言い分に、リュート君は堪えきれないとばかりに笑い声を上げた。
その表情に胸がどきりと高鳴る。
流石は絶世のチート美少年。
少し笑っただけで、此方にダメージを与えてくるとは恐ろしい。
「えー、自分が
私は動揺を誤魔化すように、お茶らけてみせた。
「……確かに。話を聞いて、俺は今絶対に関わらない事を心に決めたけど。っ、でもハンターって、くくくっ」
どうやら、イケメンハンターが余程お気に召したらしい。
リュート君はまだ笑い続けていた。
「リュート君、笑い過ぎだよ……」
リュート君の笑いのツボが、私にはいまいちよく分からない。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
楽しい時間はあっという間に過ぎる。
いつの間にか、リュート君が家に帰る時間となっていた。
「……見送る必要はないんですよ」
立場的に逆だろうと、リュート君が私に部屋へと戻るように促した。
リュート君の言っている事は最もだが、私は離れがたくなり見送りの為について歩いた。
「大丈夫です。此処は城の中ですし、侍女達も沢山ついていてくれますから」
先程と違い、周囲の目があるので言葉遣いをお互い元に戻す。
私が戻るつもりがない事が分かると、周囲に悟られない程度に嫌そうな顔をした。
多分、私との婚約の話が出てしまうのが嫌なのだろう。
……そんな、嫌そうな顔しなくてもいいじゃん。
婚約と言っても、ほんの、短い間の事だ。
私は大人になる前に、必ず死ぬのだから。
「はぁ……今日だけにしてくださいね」
「えぇ!」
溜め息をついて、しょうがないとリュート君はそれ以上何も言わなかった。
私は軽やかな足取りで、リュート君の横を歩いた。
「──……おかしいじゃないですか……、──……ですが、……納得出来ませんっ!!」
若い男の声が聞こえた。
部屋の扉はしまっているのに、廊下まで響いている。
声に驚いて、肩がびくりと震えた。
「……何ですか?」
リュート君が眉をひそめて、扉のプレートに目を向けた。
何処の部署なのか確認する為だろう。
私もつられるようにして、目を向けた。
「──王女殿下の騎士には、自分がなる予定だった筈です!!!」
プレートには近衛部隊長室と記されていた。
そして、気付いた。
今この部屋の中にいる人物が誰かを。
「……っ、ジュナン・ディルムトっ」
ジュナン・ディルムト
ユーリア・ライト・ユグドラシアの騎士にして、乙女ゲーム“七ツノ大罪~貴方と私の愛の軌跡~”では後に攻略対象者となった青年。
そして、私にとって最も関わりたくない人物の1人であった。
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