第108話番外編 腐王女転生記①
自分の生きるこの場所が、前世大好きだったゲームと同じ世界だと気づいたのはほんの数年前だった。
“七ツノ大罪~貴方と私の愛の軌跡~”
タイトルはアレだが、深夜枠でアニメ化する位には人気のあるゲームだった。
ゲームの内容はドロドロで玄人向けの内容。
けれど、人気の声優と人気絵師さんの超美麗なスチルに釣られて買う人が大勢いたのだ。
かくいう、私もその1人だった。
勿論、シナリオも面白かったけどね。
…………まぁ、同人誌を読んでる時間の方が長かったけど。
何にしろ、私自身がその乙女ゲームに転生するなんて、予想だにしない事だった。
それも、前世であまり好きでなかったユーリア・ライト・ユグドラシアへの転生だなんて。
人生とは本当に儘ならないものである。
前世を思い出した時、目の前は地獄絵図だった。
人や動物や建物、木々さえも全て何も無かった。
そして何よりその光景を作り出したのは、他でもない私だった事に怖気が走った。
「ユーリア様、素晴らしい威力です! 流石、王家の固有魔法だ。敵は見事に全滅しました!!」
呆然とその光景をただ見詰める私に、背後から声がかけられた。
後ろを振り返ると、数十人の騎士達が皆興奮して私を讃えた。
この人達は……そうだ、私の護衛?
ユーリア? 私?
私はユーリア??
ユーリア……ライト・ユグドラシア?
……ここは、……ゲームの世界なの?
混乱する記憶の中で懸命に状況を整理しようとするが、頭の中がごちゃごちゃで上手くまとまらない。
「ユーリア様? 具合が悪いのですか?」
私の青くなった顔を見て、護衛の騎士は心配そうな声をかけてきた。
「……ぁ、ぅそよ、そんな……」
だが、私の頭の中は今それどころではない。
口々にかけられる労りの言葉も、賛美の言葉も全て頭を素通りするだけ。
胃の中からせり上がるような吐き気を必死に抑えながら、思考を巡らせた。
何故今になって、前世の記憶を思い出してしまったのか?
────思い出さなければ、こんな吐き気をもよおす罪悪感や後悔に苛まれる事は無かったのに。
何故もっと前に、思い出せなかったのか?
────そうすれば、無意味に命を削るようなことはしなくて済んだのに。
「ぁ、ああ…ぃやぁ、いやア゛゛ああーーーーぁ!!!!」
深い後悔と自らの将来への絶望的からか、私の意識そこで途絶えた。
私の名前はユーリア・ライト・ユグドラシア。
そして、ユーリア・ライト・ユグドラシアとは、ゲーム内で惨めに死んでしまう哀れなキャラクターの名前であった。
◆◆◆◆◆◆◆◆
次に目を覚ました時、そこは見慣れた王宮の自室であった。
「…………夢じゃなかったのね」
起き上がり部屋にある鏡で確認した自分の姿を見てため息をついた。
鏡の中の少女は、酷い顔色をしていた。
そして、記憶にあるより幼いながらも、間違いなく乙女ゲームのキャラクターであったユーリア・ライト・ユグドラシアそのものであった。
白金の長く美しい髪に、サファイアの瞳。
けれど血色の悪い肌は病的に白く、良くできた人形のようにも見える。
ゲーム内で白百合に例えられた儚げな美貌を、幼いながらにすでに身に纏っていた。
ユーリア・ライト・ユグドラシア
ユグドラシア王国の第3王女で、王家の固有魔法を受け継ぐ魔眼持ち。
そして、避けられない死の
「はぁ……頭痛い、お兄様とレイアス様……と、ジュナンのルートで死ぬんだっけ……? 駄目だ、上手く頭が回らない。少ししか思い出せないや」
あんなにハマってたのに……。
ユーリアの死の描写があるルートは、全部で3つ程だった筈だ。
では、他のルートでは死なないのか? と言われると、答えはノーだ。
何故ならゲームはあくまでヒロインの目線で進行していくのであって、ヒロインに選ばれなかったからといって攻略対象者の闇がなくなる訳ではないし、過去が変わるわけでもない。
つまり、他のルートではヒロインが目撃しないだけで、事件や現象は起こる可能性が高いのだ。
死の描写がなくとも、安心なんて出来る筈がない。
だからこそ……
ユーリア・ライト・ユグドラシアはほぼ確実に命を散らす。
今のまま何もせずにいたら、それはさほど遠くない未来に確実に起こる出来事だ。
ユーリアの固有魔法は、他の魔眼持ちと違い命を消耗する。
このまま使い続るのであれば、あっという間に命の炎を絶やしてしまうのは目に見えていた。
「……もう、一回使っちゃったんだよね……私の寿命は後どのくらい残ってるのかな?」
1度で何れくらい命が削られるのかは分からない。
ぽとり、と冷たい水が手に落ちた。
ぽとり、ぽとりと次々に溢れた。
「ぅう、ぐすっ、いやしにたくない、ユーリアになんかなりたくない!!」
ユーリアは国民や貴族達からも、尊敬され讃えられていた。
誰も彼女の事を悪くいう人は、いなかっただろう。
ゲーム内でも、白百合の君と慕われていた。
けれど、ユーリアは最期たった1人で死んだ。
誰かの為に命を燃やしたのに、最後は誰1人傍に居なかった。
ある意味で、搾取されるだけの孤独な人生とも言える。
そして、私にもその運命が刻々と近付きつつある。
政情は不安定だ。
王家の力を示す為にも、私は魔法を使い続けなければならない。
ゲームの私もそうであった。
王家の威信の為だけに、魔法を使い続けて……普通の生活もろくに送れなくなって……沢山の命を奪って、……最期には国の為に死ぬ。
それがユーリアに本来与えられた未来、受け入れるべき運命。
けれど──
「……無理、だよ。誰かでいいなら、私は命を削ってまで頑張りたくない……」
私は思い出してしまった。
前世で得た親友の事を。
私は思い出してしまった。
前世での自由を。
けれど前世を思い出した今、それは変わってしまった。
今までの私が、全て失われたわけではない。
けれど国の為と言え、今の私には命を奪うことには抵抗が生まれてしまった。
両陛下の言うことが全て正しいわけではないと、気づいてしまった。
彼らの期待に応えなくても、生きていけることを知ってしまったのだ。
……これから、どうすればいいのだろう?
もし、シナリオ通り
使わなければ国は勿論、私自身も死ぬことになる。
今から……その時が来るまで、使わないようにすれば大丈夫……?
寿命は相当に削られるだろうが、ゲームのユーリアよりは長く生きられるかもしれない。
そんな儚い希望を持つ事で、なんとか精神を保った。
「生き残って見せる……絶対に!」
それだけが、
────たとえ、叶わぬ望みだとしても。
◆◆◆◆◆◆◆◆
前世の記憶を思い出してから、私は心を閉ざした。
お父様や王妃様が尋ねてきても会おうともせず、寝室にこもりきりの生活。
純粋に心配しているようなオズワルドお兄様や、異母弟のエドワードとも話しをせずに無視し続けた。
……お兄様達に、下手に関わって死亡フラグを立てる訳にはいかない。
前世を思い出した時には不透明だったゲームの記憶も、攻略対象者である彼等を直に見る度に鮮明に思い出して来た。
このゲームは人間関係が複雑だ。
私は思い出した記憶から、下手に関わると嫉妬や事件に巻き込まれて命を落とす可能性を危惧した。
「私は死ぬわけにはいかないの……
ゲームのユーリアが死ぬ時、お兄様達は傍にいなかった。
そう、誰1人としていなかったのだ。
そんな彼等を信用など出来る筈がなかった。
私は常に神経をすり減らし、周囲を警戒し続けた。
世界からどんどん色が減っていき、感情の起伏がなくなっていく。
毎朝濡らしてシミを作っていた枕も、今では真っ白なままだ。
「……私………………何の為に生きたいんだっけ?」
アレだけ強く望んでいたのに。
前世を思い出して、鳥籠から抜け出したと思ったのに。
──結局、ゲームと同じで私は1人きりだった。
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