第107話閑話 乙女ゲームの真実②


断片ピース:白百合の最期


私には、使命がある。


それは、国を守る事であり、民を守る事。

そして王家の威信を守り、国に安寧を齎す事。


私には、運命がある。


いつか、国の為に死ぬ事。

それは避けられない運命。

そして、その時はもうすぐ傍まで近づいていた。


「な、何アレ・・!?」


何もかも全てを手にした彼女が叫ぶ。


その視線の先、王都の上空には空を埋め尽くす程の魔物の姿があった。

夥しい数。

空の光が陰り、王都は闇に包まれる。

いや、王都だけでない。

国全体で発生しているのかもしれない。

先程から、王都や王宮内で阿鼻叫喚の悲鳴があがっている。

まるで世界の終焉のようだ。


私は何も感情を写さない瞳で、ただその光景を見詰めた。

ついにこの時が来たのか、と。

思ったより短い人生だったと、ぼんやりとそう考えていた。


「姫様……!」


私がぼうっとしていると、横から私の専属の騎士であるジュナンから声をかけられた。

もたもたしている私を、促すように。


残酷な事だ。

自分の命は削る事はないのに、他人に縋るなんて。

その事を意識していない彼らは、何て狡いことか。


「……安心してください。私がこの国を守ります」


私は何の感情を読み取らせないように、何時も通り貼り付けたような笑顔でそう告げる。


「そうよ! 王家の固有魔法があれば! ユーリアさん、早く何とかしてください!!」


全てを手にした彼女は、躊躇することなく私にそう求めた。

これだけの規模で魔法を発動させれば、私の命が費えるかも知れないのに。

否、確実に費えるだろう。

だからこそ、他の者は罪悪感があるのか期待の目を向けても、直接求めることはない。


それに名前で呼ぶことを、許した覚えも無いのだけれど…………


私と彼女は別段親しくない。


「…………えぇ、それが私の使命ですから」


私は坦々と答えた。

これまで通り、皆が思う王女としての言葉セリフを。


「……君は、それで・・・本当にいいのかい?」


これまで黙っていた私の婚約者、レイアス様が私に問い掛けた。

その目は真剣そのものであり、決して私に答えを押し付ける事はない。

役目ではなく、私自身が選択する事を望んでいるのだと分かる。


……本当に、残酷な人。

私を選ぶ事がない貴方が、それを言うのですか?


レイアス様と私は政略で結ばれた関係であった。

そこに恋や愛は存在しない。

お互いの意思を無視した国の事情で定められた関係。


……運命に雁字搦めに縛られたお人形という意味では、きっと私達は似た者同士でしたね……。


けれど、貴方と私は違う。


貴方はまだ抗っている。

望みを叶える為に、他の全てを犠牲にして。


────私を置き去りにして。


でも、私には真似することは出来ない。

役目を拒否することは、私の存在意義を無にする事と等しいから。


……だって、何も残らない。

私には真の友人も、婚約者も何もかも。

全て周りが決めた者だったから。

だから──


「はい、私にはそれしかありませんから」


私は泣いてるのか、笑っているのか分からないような顔でそう言った。

自分でも自分の感情が分からない。

ずっと何もかもに蓋をして、仮面を付けて生きてきたから。


「……そう、今までありがとう……君の行動は、君にしか出来ない尊い事だと思うよ」


「えぇ……此方こそ、貴方が私の婚約者で良かった」


異性として愛する事はなくとも、様々な面で助けて貰った。

彼はきっと今から、望みを叶えにいくのだろう。


「ちょっと! 何時までももたもたしてないで、中に避難しましょ!! 外は何があるか分からないし、危ないよ。レイもジュナンも早くっ!!」


私達が最期の別れの挨拶をしていると、割って入るように彼女が金切り声を上げた。


「……ジュナンは駄目だろう。彼女の騎士だ。彼女を、守る義務がある」


そんな場も礼儀も弁えない彼女を、レイアス様が眉をひそめて言った。


当然だ。

ジュナンは陛下が私に与えた騎士であり、私を最期まで守る義務がある。

ましてや、彼女に命令する権利など与えられていないのだから。


「でも、ジュナン1人をここに置いていくなんて、そんな酷いことできない! それに、ユーリアさんは死んでしまうから、ここにいる意味なんてないよ!!」


自身が正しいことを言っていると、思っている彼女。

自分が何れだけ残酷な事を言っているのか、全く理解していない。


「何と……お優しい」


そんな彼女の一面に気付かず、ジュナンは感激したように言った。

彼女を見詰めるその視線には、確かな熱が宿っている。


「……行きなさいジュナン。貴方がここにいる必要はありません」


私だって、そんな方に看取って欲しいとは思わない。


「ほら、ユーリアさんもこう言ってるし、行きましょ!」


彼女はそう言うと、レイアス様とジュナンの手を引いて部屋を出た。

私を嘲笑いながら。


「………………仕方のない事です」


私は1人残されて、そう呟いた。


私は今持つものを、決して捨てる事が出来ない。

失望されたくない。


「でも……結局、何も残らなかったですね……」


私は天に手を掲げる。

役目を果たし、国を覆う魔物を全て駆逐するために。


「“我は清浄にして救恤、全てを無に還す者”」


私は、全てを終わらせる唄を唱える。

自分の存在意義を証明するために。


「“我は神聖にして純血、全てを裁く者”」


私から全てを奪った彼女は、私を嘲笑っていた。

私を前々から邪魔に、思っていたのだろう。

でも──


「“今、愚かな罪人共に罰を下さん”」


私だって大嫌いだった、貴方の事。

何を犠牲にする事もなく、全てを私から奪って。

だから、何も言わなかった。


──レイアス様が貴方の事など欠片にも想ってないことを。


王家の固有魔法は、威力の調整が細かく出来ないが故に国内で使われることはほぼない。

けれど、威力の調整は出来なくとも、方向・・は調整出来る。

標準を魔物達へ。

私のいる地から、上空へと。

王都全体が、白い光を放つ魔法陣で覆われた。


「“アーク・ライト”」


私は、最後の一文を唱えた。


空へと光と柱がのびた。

全てを消し去る白き光。

国を覆った魔物達が、一匹残らず消滅していった。


「ぐ……ゴホッ、ぅぅ……」


私は魔法を使った事により、血を吐いて倒れた。

呼吸も苦しく、体から熱が引いていく。


「ぃぐ……ゲホッ……ぁ、はぁ、やっぱり……は、私は死ぬのですね……」


自分の中から溢れていく命に、自分の死期を悟った。


こうなると、分かっていた。

幼い頃から固有魔法を使い続けて、どんどん身体を壊してもうガタが来ていたから。

もうずっと前から、覚悟は出来ていた。


「……ぁあ、……ぃや、しに……たく…な」


でも、実際に死を前にして出てきたのは、そんな言葉だった。


「……ひとり、…はぁ、…っや」


誰にも看取られずに、こんな風に独りで死にたくはない。


「はぁ、あ……もっ…と」


気のおけない、冗談を言い合えるような友達だって欲しかった。


「……………ぃ…き…た」


恋だってしてみたかった。

想い想われるような、そんな素敵な恋が。


「………ぁ、…は…………………」


もっと自由に生きてみたかった。


──だから、本当は死にたくなんてなかった。


私は最後になって漸く自分が自分についた嘘に気が付いた。

もう、全てが終わった後だったけれど。







 end

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