第99話06話 王女様のご正体
「フィーリア、それはいくらなんでもないだろう。ユーリアの傷は癒えていない。もう少し時間をかけて、見守ってやるべきだ」
王様は王妃様の強行手段に難色を示した。
「もう、充分に待ちました。そして、その結果が今の現状です。私達が隠しても、陰で貴族達になんと言われているか……貴方もご存知でしょう? “王家の失敗作”、“役目を果たす事も出来ない欠陥品”、それが今現在のあの子の評価です。私達の生活は、民達の支えが合ってこそ成り立っているのです。そして、あの子は今現在王女として何ら不自由のない生活を送っています。その資金は、何処から出されているのですか? その資金は、王家や貴族への信頼の証。義務を果たさぬものに、権利だけを与えることなど許されません」
しかし、王妃様は王様の抗議を受け入れる事なく、バッサリと切り捨てた。
とりつく島もないとはこの事だ。
“権利と義務”……ね。
ゲームでのユーリアの“ノブリス・オブリージュ”の思想は、王妃様の影響かもしれない。
王妃様の言っていることは、王族としては正論だ。
だが、親としては冷徹過ぎるだろう。
ユーリア王女は王族の血を引く側妃との子供であるけれど、王妃様にとっては義娘には違いない。
この対応では、反感を抱くものがいても仕方がない。
ゲーム内でも、そういった態度がオズ様との不和を生んでいたと聞く。
王妃様の言っていることが完全に間違っているとは、言い切れないだけに難しい問題だな。
「それは分かっている。だが、あの子はまだ9歳だ。それに近隣との争いも、シュトロベルン以外の魔眼持ちで今のところ持っている。まだまだ、猶予は残されている」
いつもは尻に敷かれている王様も、この件については譲る気がないようで真っ向から反論した。
「まだ幼い? リュートは、もっと幼いのに役目を果たしていますよ。そのリュートに、ユーリアの役目をも押し付けるのですか?」
「ぐ…………」
王妃様の言葉にとうとう王様は押し黙った。
「お、王妃様! 別に僕は、そんな事気にしてはいませんよ!」
俺は自分の名前が出てきたので慌てて叫ぶ。
俺は別に気にしてはいない。
王様直々頼まれた仕事だって、無理のない範囲でしか引き受けていないのだ。
「リュートはいい子ですね……ですが、このままと言うわけにはいきません。私もいきなり引っ張り出して、戦場に送ろうと言うわけではありません。リュートには迷惑をかけますが、これを機会にあの子と友人になって欲しいのです。身内ではない同年代の友人を得ることで、良い方へ変化があるかもしれません。……勿論、此方としては婚約者でも構わないのですが……貴方はそれを望んでいないのでしょ?」
王妃様はほんの少し表情を和らげると、俺と目線を合わせるようにかがんでそう俺に頼んだ。
何だ……家族の事なんか、全く気にしていないと思っていたけれど。
王妃様なりに、王女の事を思いやっているようだ。
この人も不器用な人だな……。
頭の良い人なのだから、もっと上手くやればいいものを。
「えぇ、
俺は王妃様の申し出を喜んで引き受けた。
元々、俺の要望通りの事でもある。
ただし、婚約については、全力で拒絶の意思を示したが。
「……そうだな、少しずつ慣らしていった方がいいのかも知れない。リュートならユーリアの話相手としても信用できる。俺からも頼んだ、リュート」
俺達の様子に王様も王としての決意を固めたのか、俺にそう頼んだ。
その表情は、何時になく真剣だ。
「はい!」
俺は王様の思いも受け取って、再度力強く頷いた。
◆◆◆◆◆◆◆◆
俺は王妃様に連れられ、ユーリア王女の居る離宮へと足を運んだ。
王様はいきなり大勢で押し掛けるのは負担になるかもしれないからと、今回は俺と王妃様の2人だけでの訪問になったのだ。
「ユーリア様、王妃殿下とリュート・ウェルザック様がお出でです」
ユーリアの寝室の扉の前で、侍女が中に居る彼女へと声をかけた。
「…………………………」
「…………反応しませんね」
うんともすんとも言わない扉の前で、俺達は立ち尽くした。
「開けなさい」
王妃様が、侍女に命じた。
「しかし王妃殿下、ユーリア様は「開けなさいと命じた筈です」……畏まりました」
王妃様は渋る侍女へ、有無を言わせずに従わせた。
怯える侍女によって閉ざされた扉が開けられる。
「ユーリア、起きていますか?」
王妃様はそのままつかつかと部屋の奥にある寝室へと、足を踏み入れていった。
俺も恐る恐る後へと続いていく。
「むにゃ……ぐふふ……溺愛攻め……………最高……!」
寝室に入ると、王女は眠っていたらしくボソボソと寝言が聞こえてきた。
……あれ?
気のせい……かな?
何か不穏な言葉が、聞こえた気がした。
……意識してなかったけど、疲れているのかな?
………………暫く、休暇を貰おうかな。
だって、王女がそうである筈がない。
幻聴に違いない。
うん、気のせい、気のせいに決まっている。
俺は自分に言い聞かせた。
「ユーリア、起きなさい」
内心動揺している俺を余所に、王妃様がユーリア王女にかかっていた布団を剥ぎ取った。
「……はっ! ふ、フィーリア様!? 何故此処に!? 出ていってください!!」
布団を剥ぎ取られたことにより、目を覚ましたユーリアは状況が掴めずに混乱した様子を見せた。
「先程、呼び掛けても返事がなかった為、勝手に入らせていただきました。貴方に話があります」
「はへ? 話ですか? それより、出て行って……なっ!!? 誰ですか!?」
王女は眠気眼を擦りながらも起き上がり、俺と目が合うと唐突に叫んだ。
いきなり知らない奴が部屋に居たら驚くのも無理はない。
3年間切っていないのか伸び放題の長い髪は白金で、母親譲りであろう美しいサファイアの瞳。
日に焼けていない病的な程真っ白な肌は、長い間手入れを怠っていても尚ツルツルと輝き美しかった。
ユーリア王女は噂に違わずとてつもない美少女であった。
「僕は「凄い美少年! (ボソッ)きっと、総受けなるに違いない!ぐ腐腐っ! あ! 鼻血出そう」………………は?」
俺はまずは自己紹介をしようとしたが、それは王女の叫びによって妨害された。
妨害だけでは済まなかった。
王女は俯くと口元をニヤニヤさせながら、聞き覚えのある事をボソボソと呟いたのを俺は聞こえてしまったのだ。
──それも、王妃様には聞き取れない、日本語で。
今度こそ、聞き間違いではないだろう。
俺の頭の中で、前世で迷惑をかけられた彼女の姿が過る。
「王妃様、少しの間2人きりで話してもよいでしょうか?」
俺は兄様直伝の真っ黒な微笑みを浮かべて、王妃様に頼んだ。
ふふふっ、流石に王妃様の前で
「……10分だけですよ。では、部屋の外で待っています」
王妃様は、快く俺の頼みを聞いてくれた。
とても頭の良い方だ。
俺に任せた方が良いと、判断してくれたのだろう。
信用されているのだと思うと少しこそばゆい。
「え? え? ちょっと、そんないきなりの」
「ありがとうございます」
突然の展開にユーリア王女はまだ状況を呑み込めていないようだったが、俺は王妃様にお礼を言うと寝室の鍵を黙って閉じた。
これで誰にも邪魔されることはない。
「な、何を!??」
王女は俺の笑みに恐怖を感じたのか、俺が1歩距離を縮めると1歩下がった。
「あ、あの」
「初めまして、僕はリュート・ウェルザックと申します」
戸惑う王女を気にせず、先程出来なかった挨拶をする。
「ウェルザック?? では、ヴィンセント様の? ウェルザック家の方が何をしに此処へ?」
ユーリア王女は、ますます怪訝そうな顔をした。
恐らくはゲーム内で俺の名前は聞いたことがなかったからだろう。
やはり、王女は転生者かつゲームの知識持ちで間違いないようだ。
「貴方にお話がございましたもので、王妃様に特別に許可をいただきました」
「…………私に、ですか?」
ユーリアは首を傾げる。
今まで接点の一切なかった人間が、自分に何のようだろう? と。
「えぇ、ユーリア・ライト・ユグドラシア王女殿下……いえ、須藤 由奈、貴方にです」
根拠が合ったわけではない。
けれど、俺は確信を持ってその名を告げたのであった。
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