第89話24話 泣かせてしまいました。

 

リオナ達にも治癒魔法をかけた後、俺は兄様に手を引かれ転移魔法で屋敷に帰ろうとした。


「そうだ……今回の事、皆怒ってるから覚悟しといた方がいいよ」


兄様は陣を潜る前に、俺にそう囁いた。


「……今回は自分に非があるのは分かっているので、覚悟はしてますよ」


俺は自嘲気味に笑って言った。

今回、周りに多大な迷惑をかけてしまったのは、自分でよく分かっている。

護衛の騎士や、スール達にはなるべく罰がいかないよう、俺自身が責任を取る必要がある。


「そう? じゃあ、楽しみにしてるといいよ。カミラさんからお仕置きがあるみたいだし」


「え……?」


聞かされた言葉に何だか不穏な気配がして、思わず兄様の顔を凝視してしまう。

普通に怒られるより、嫌な事が起きる気がする。


「勿論、僕からもね!」


兄様はそれはそれはいい笑顔で言った。

そして無情にも、どういう事か聞き返す前に俺達は光輝く陣を潜ることになったのであった。









◆◆◆◆◆◆◆◆










「リュー君っ!!」


見覚えのある景色に安堵する間もなく、暖かい腕の中に包まれる。

この数年でよく馴染んだ温もりだ。


「母様?」


頬に水の雫が落ちてきて、腕の主である母様をうかがい見る。


「もうっ!! バカっ! すっごく、すっごく心配したんだからね!!」


──母様は、泣いていた。


母様の眼からは涙が次々に流れて、全く止まる気配がない。

ホッとしたような怒っているような、そしてほんの少し悲しそうな。

そんな顔で泣いていた。


「……ごめんなさい」


俺の口から、謝罪の言葉が自然とこぼれた。


怒られるとは……思っていた。

罰を受ける覚悟もあった。


──でも、こんなに泣かれるなんて思わなかった。


とった行動は勝算があったとはいえ、無謀だと責められるのは分かっていた。

けれど、母様はリオナの事を気に入っていたし、最後には笑って“よくやったね”と褒めてくれると思っていた。

結果として、俺やリオナやレナも無事だ。

居場所が簡単に特定出来たからこそ、警戒していない敵地のど真ん中に奇襲をかけることが出来た。

一番被害の少ない選択を、俺は選んだ筈だ。


「違う、分かってない……ユーリ君の時もそうだけど、リュー君は全然分かってない」


母様は首を横に振り、俺と目を合わせて言った。


「しかし、俺のせいで2人を巻き込んだわけですし……」


俺がそう言うと、母様はまた顔を歪ませた。

母様の涙を見ると、俺も胸がじくじくと痛んだ。


……俺は何か間違えてしまったのだろうか?

だから、失望されてしまった?

間違えてしまった?

何を……?

…………分からない。


また、また俺は………失ってしまうの?


俺が今感じているのは恐怖だった。


「あのね、リュー君聞いて。私やヴィンセント様に、レイ君、お義父さまもお義母様も、ユーリ君や使用人の皆達だって、皆々リュー君の事を大切に思っているの。だから心配しているし、怒っているのよ」


母様は優しく、俺を諭すように言った。

捨てられたの訳ではないと気付いて、俺は安堵した。


……心配?


確かに危険な行動をとった。

でも、俺は多くの魔法を使える……大抵の事は何でも出来る。

スールが詳細を喋ったのなら、心配する必要はない筈だ。


「ですが、対策はしていたのでそこまで心配することはないかと……」


「確かに、場所を確定して戻ってくることは、出来たかもしれない。でもリュー君達を拐った人達が、暴力を加えないとは限らないでしょう? それに絶対なんてない。もしかしたら、魔導具が上手く発動しないかもしれない。目的を変更して、リュー君達を殺すことにするかもしれない。心配して当然よ!」


母様は少し興奮気味に言った。

母様は俺に怒っている。

そして、悲しんでもいる。


「誘拐という手段から、殺害の可能性はまずないかと。それに大怪我をしても、ユーリの魔法があるので治すことは可能です」


俺がそう説明すると、益々悲しそうな顔になった。

でも俺は母様が何故悲しんでいるのか、泣いているのか分からなかった。

理解したいのに、俺は理解出来ない。

そんな顔をさせたくないのに、悲しませてしまった。


やはり……俺は何処かおかしいのかもしれない。


「……リュー君、もし私が今回のリュー君と同じことをしたらどうする?」


母様はこれ以上言っても伝わらないと、そんな仮定の話を俺にした。


……俺と同じことを? 母様が?

そんな事────


「駄目に決まってます!」


その状況を想像した俺は、沸き上がる怒りを抑えられずに叫ぶ。


母様が誘拐されるなんて、駄目に決まっている。

危険だ!

相手は誘拐犯、何があるか分からない。

母様にそんな危険な事をして欲しくない。

絶対に駄目だ。


「……そういう事よ、リュー君。リオナちゃんやレナちゃんが心配なのは分かるよ。でもね、もしそれでリュー君が怪我したりしたら、私もヴィンセント様もレイ君もとても痛くてとても苦しいの。私達はリュー君の事が大好きだから」


母様は俺に伝わったと分かると、漸く少し微笑んでまた俺を抱き締める。


今回俺がとった行動は、全員無事で助かるという意味では正しかった。

けれど、俺のとった行動は、俺自身や俺を思う母様や父様、兄様達の気持ちを蔑ろにするものだった。

事実、俺はユーリの魔法をあてにして、手足の一本や二本失う可能性があることも承知していた。


「……ごめんなさい母様。もう二度と、自分を軽率に扱ったりはしません」


漸く自分のとった行動を理解した俺は、今度こそ心からの謝罪をした。


「……リュー君、今度こそ約束だからね!」


「はい!」


母様の念押しに、快活に俺は頷くのであった。


















「──さて、それじゃあリュー君が分かってくれた事だし、お仕置きを始めよっか!」




……あれ?


どうやら、まだ母様の怒りはおさまっていなかったらしい。

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