第90話25話 2世帯住宅に改築するべきだ sideヴィルヘルム
誰だって、自分の孫は可愛い。
それが自分の血を引いた初孫ならば、尚更愛おしい事だろう。
現に、私はそう思っている。
妻も同じだ。
「次はこれを運び込んで下さい」
「とてもいい表情ですよー」
先程から室内は騒がしく、代わる代わる綺羅びやかなドレスや宝飾品が運び込まれ、魔導具のシャッター音が鳴り止まない。
「きゃー! リュー君可愛い!!」
「本当ねぇ。今度は此方のピンクを着てみてくれないかしら」
「……はい」
騒ぎの中心には私の可愛い孫がいて、朝から延々と続けられている着せ替えショーに辟易としている。
むしろ疲れからか、死んだ眼でされるがままになっている。
少し哀れではある……が、しかし
「待て、次は此方のグリーンのドレスだろう」
可愛いのにはかわりないので、私も参加している。
写真は観賞用、保存用、孫自慢で見せびらかす用で、3枚は焼き増しする予定だ。
「何を言っているのです旦那様? 次はピンクに決まっているでしょう? 全く殿方はこれだから。この豪奢なフリル……きっとリュート君に似合うわ!」
「ぬぅ……」
そう言って私の意見はあっさり却下され、妻の意見が通された。
外では夫が強いが、家庭内では妻が強い。
まして、ファッションについては、夫の意見が入る余地は無いに等しいのである。
…………まぁ、確かにピンクもよく似合っているな。
家の孫は何でも似合う。
「何時まで続くんですか……?」
可愛らしいピンクのドレスを身に纏ったリュートが、まだまだ部屋に持ち込まれる多くの服達を見て、ため息を溢した。
「まだまだあるよ、リュー? 次はこのワインレッドのドレスがいいかな?」
「あら、それも素敵ね! 次はこれにしましょ!」
「流石レイ君! センスあるね」
レイアス、カミラ、シルヴィアの3人は、意気投合して盛り上がっている。
実に楽しそうに、笑っている。
……私の意見はあっさり、却下しおったのに。
レイアスのは、採用か。
そう思うと少し面白くない。
「楽しそうですね」
私が地味に落ち込んでいると、背後から声がかけられた。
「……何だ、ヴィンセント。もう帰ってきたのか?」
外を見ると、もう日が傾いている。
随分と長い間、夢中になっていたらしい。
孫と過ごしていると、時の流れが早く感じる。
「えぇ、愛する妻や子供達が待っているので」
「ふんっ、リュートはお前の事など、待っておらん。私達が付いているからな!」
まるで自分の方が孫に愛されているというような口振りに、つい嫌味を返す。
「何を言っているんですか? 寝言は寝て言ってください。明らかに母上や父上より、私の好感度の方が上です」
当たり前でしょうとばかりにヴィンセントは私の言葉を鼻で笑うと、勝ち誇ったような目を私に向けた。
此奴……保護した当初に私達に孫を会わせておれば、好感度はかわらなかったものを!
過ごした時間が同じであったのなら、私に分があった筈だ。
「ところで、何時になったら領地にお帰りになられるのですか? いい加減、いくら息子夫婦の家といっても迷惑ですよ。親しき仲にも礼儀ありという言葉を知っていますか?」
「ここは私達の家でもあるのだぞ!」
息子のあんまりな物言いに、私は声を荒げる。
ヴィンセントめ……カミラとの結婚を昔渋ったことを、まだ根に持っておるな。
何て心の狭い男だ、誰に似たのか。
「ならば、本邸の方へお泊まりください。ここはカミラ達の為に用意した家です。父上達の部屋はありません」
本邸にはあの毒婦がいる。
そこに実の両親を追い払おうとは、息子は随分冷酷な人間へとなったものだ。
「ならば、2世帯住宅へと改築すればよいではないか! その方がリュートも喜ぶであろう」
邪険に扱う息子を睨みながら、私はふと名案を思い付いた。
そうだ、改築すれば何も問題ないではないか。
ヴィンセント達は新婚夫婦のようなものだ。
多少、私達を邪魔に思うのも理解は出来る。
ならば、ある程度プライベートを守る事が出来る2世帯住宅に改築すればいい。
私達は孫を愛でる事が出来るし、ヴィンセント達は家族だけで団欒を味わう事も出来る。
素晴らしい案だな。
「嫌です。それに領地経営はどうするんですか?」
しかしそんな私の名案を、ヴィンセントは心底嫌そうな顔で即座に拒否した。
「……ならば、リュートの魔法で領地と繋いでもらえばよいだろう」
私は現在隠居して領地経営をしているが、リュートの魔法があれば自由に領地とこの屋敷を行き来できる。
ウェルザック家は、代々国へ貢献してきた。
陛下も許可してくださるだろう。
「はぁー、……空間魔法は今回の事もありますし、あまり頻繁に使って欲しくはないのですが」
ヴィンセントは溜め息をつきながらそう言った。
空間魔法は今回の件でリュートが狙われた最たる理由でもあるから、父親としてはあまり使って欲しくはないようだ。
「今更だろう。今回のような蝿は、放っておいても湧いてくる。結果は同じだ」
力あるものは狙われる。
それはこの世界の常識だ。
今回の事件を起こした国は、緩衝材の役割を果たしている上に土地自体に旨味もない。
結局、多額の賠償金で片をつけることになった。
……正直、愚かな王族の首は全て差し出して欲しいところだがな。
「それは分かっていますが、リュートはまだ子供なんですよ。只でさえ矢面に立っているに、益々不自由を強いてしまうのは……親として情けないです」
「……リュートは魔眼持ちだ。魔眼持ちの人生は、決して平坦なものにはならない」
珍しく落ち込んでいる息子を見たので、軽くフォローを入れてやる。
リュートが事件に巻き込まれたことが、余程響いているのだろう。
いつも嫌味ばかり言ってくる息子にしては珍しいものだ。
「皆様、そろそろ夕飯です。今日は終わりになさって、明日にしてください。リュート様の体力ももう限界でしょう」
少し暗い雰囲気になってしまったところに、セルバが茶を用意して入ってきた。
セルバの後ろに続いていたリオナやレナが、散らばった衣装を片付け始める。
レナは誘拐事件があって以来、家でメイド見習いとして働いている。
まだ働くには幼いが、リオナもフォローしているため何とかやれているそうだ。
カミラも、娘が増えたようで嬉しいと喜んでいるようだった。
「そうだな、今日は終わりにして休憩するか」
「……もう、そんな時間なんですね。楽しいことは、あっという間に時間が過ぎてしまいますね」
「そうねぇ、時間がいくらあっても足りないわ」
それぞれが作業を終わりにして、茶が用意された席につく。
「明日……明日もやるんですか」
「ははっ、だってお仕置きだからね!」
どんよりと疲れた顔をしたリュートが、レイアスに抱き上げられて椅子まで運ばれていた。
普段、抱き上げられるのに抵抗を見せるのに、疲れているせいか全く反応を見せない。
されるがままである。
リュートやカミラがこの屋敷に来てから、随分と様々な事が変わったように思う。
何も、人数が増えた事だけではない。
仕事漬けであったヴィンセントは毎日早く帰宅し、家の中は笑い声が絶えなくなった。
そしてレイアスも……、前は何処か他人に対してもっと距離を置いていた。
それが、あのように自分から他人に関わっていくとはな。
リュートに対しては、以前の姿が見る影もなくなっておる。
……若干、変質的になっている気もするが……恐らく大丈夫だろう。
「沢山撮ったな」
私は茶を飲みながら、今日撮影した写真を眺める。
写真はリュート1人で撮ったものから、カミラやシルヴィア、レイアスや私と撮ったものまで、何百という数にまでなった。
私は用意されたアルバムに、写真を入れていく。
今日1日で、1冊出来上がってしまった。
「まだまだ増えますよ、旦那様」
私が達成感に浸っていると、妻が穏やかな顔で微笑んでいた。
妻のそんな顔を見るのも、久し振りの事かもしれない。
「そうだな」
妻のいう通り、これからどんどん増えていくことだろう。
赤ん坊の時の写真がないのは残念だが、これから先は共に時間を刻んでいける。
その為にも、やはり早急に改築を行うべきだな。
その日のうちに業者を無断で手配した私は、後日ヴィンセントにバレて盛大な嫌味を言われることになるのであった。
────そして暫くの間着せ替え人形になったリュートは、新たな黒歴史の一ページを刻んだのだった。
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