第84話19話 確信 sideレイアス
その日は何て事のない、いつも通りの平穏な1日だった。
――――あの報せが届くまでは
◆◆◆◆◆◆◆◆
「あら? レイ君どうしたの? まだリュー君は帰ってきてないけど」
急に離れに訪れた僕に、カミラさんはティーカップを机に戻して首を傾げた。
「えぇ、此方の用事が早く終わったんで、早めに来たんです。此方でお待ちしてもよろしいですか?」
今日来た家庭教師のした授業は全て既知の内容だったので、早々に切り上げさせて貰った。
「勿論! 座って、座って。セルバさん、レイ君にもお茶をお願いします。リュー君ももう少ししたら帰ってくると思ううから、それまで一緒にお茶しましょう!」
カミラさんは席を立ち、正面の椅子を引いて僕に着席を促した。
迷惑だなんて一切思っていない、心から歓迎してくれているようだ。
裏表の無い人だから、一緒に居て落ち着く。
「では、お言葉に甘えて」
僕も微笑みを返して席についた。
「レイ君も最近忙しそうね?」
カミラさんが僕に問うた。
何気ない世間話。
カミラさんは人と話すのが好きだ。
「えぇ、来年には学園に入学になりますから」
この国には魔力を持つ貴族は一部の例外を除いて、必ず通うことになる学園が存在する。
“ユグドラシア魔法学園”
3部制になっていて、10才~12才が属性検査をして基礎を学ぶ初等部。
13才~15才が自分の適正を其々見極める為の中等部、16才~18才が中等部で各々が選んだ学科をより専門的な事を学ぶ高等部となっている。
因みに初等部は貴族にとって、社交や教養を身につけるという側面が強いので、平民は入学出来ない決まりになっている。
なので貴族、平民が交じって授業を受けるのは中等部からだ。
そして僕は来年10才になるので、同い年のオズと共に初等部に入学することになっている。
と言っても、僕やオズにとって基礎など既に習得済みの内容なのだから、箔付けの為に行くようなものだ。
ただそれには、弊害があった。
ユグドラシア魔法学園は、基本的に全寮制なのだ。
広大な大地が必要になる為、学園は王都の端の端にある森の奥深くにそびえ立っている。
我が家から通うとなると、片道4時間以上はかかる。
自宅から毎日通うのは、ほぼ不可能であった。
正直、少し前までは行きたくなかった。
仮に行くことになったとしても、自宅から通おうと心に決めていた。
“リュー達と離れたくない”
それは
それからは如何にして義父上を説得するか、もういっそリューを寮まで連れていこうかと考えてばかりいた。
オズには大笑いしながら、諦めるように言われたのが記憶に新しい。
その時は思わず殺意を抱いた。
……勿論、実行する事は無いけれど。
その代わりに地味な嫌がらせはしておいた。
しかしそんな悩みは苦しくも、リュー自身の手によって解決された。
リューは空間魔法の使い手だったのだ。
図々しい事に、リューの魔法を知ってからは、オズまで自宅通学を主張する始末であった。
そのせいで、今陛下の依頼で各地に繋がるゲートを設置しているように、王宮と学園を繋ぐゲートを設置させる案を議会に提出されている。
表向きの目的は、学園で緊急事態が起きた時に国が速やかに対応する為。
王族や高位貴族も多数通っているので、この案はすんなり通りそうだ。
何とか僕達の入学までには間に合うようにしたい。
何より腹立たしいのは、あれだけ僕を笑ったのに掌返しとはこの事で、オズは自分も自宅から動かないつもりでいる。
……腹が立ったので、また地味な嫌がらせをしておいた。
今頃は寝る暇もなく、忙しく働いていることだろう。
歯ぎしりをして仕事に取りかかっている姿を想像すると、ほんの少し溜飲が下がる。
「学校かぁー、一杯お友達が出来るといいね! 私は通ったことないからなぁ」
ふと先日の事を思い返してほくそ笑んでいると、カミラさんが少し羨ましそうにしながら僕を見ていた。
「確か、その頃には家で働いたんですよね?」
「うん……両親が亡くなってね。お義父様が知り合いだったみたいで、好意で雇ってもらえたのよ」
「……学園が始まったら、詳しく教えますね。3年後にはリューも、入学することになりますから」
両親を思い出して少し影を落とした笑みを変えるため、僕は出来るだけ明るく笑ってみせた。
僕達にとって学園に通う事は当たり前の事だけれど、一般的に見れば当たり前の事ではない。
この国で学園に通える子供はほんの一握りだ。
「ふふっ、気を遣ってくれてありがとね。でも、レイ君やリュー君が、家から通えそうでよかった。長期休暇だけしか会えなかったら寂しいもの!」
そう言って、カミラさんは眩いばかりの笑顔を浮かべた。
カミラ・ウェルザック
優しく、太陽のように笑う人。
少し前まではレイアスにとって初恋の人だった。
その頃は不安定で、理想の母親像を彼女に求めたのだと今なら分かる。
今では恋愛感情などてはなく、この気持ちは親愛であると気付いている。
「はい、僕もリューやカミラさん達と、離れずにすんでよかったです」
これは本心だ。
この温かい家族をもっと側で見ていたいと思った。
勿論、毎日往復8時間近くかけるのは体力的に厳しい、という理由もあるのだが。
「入学式は保護者も行けるんだったよね? 私もリュー君と一緒に見に行くからね!」
カミラさんは手をぐっと、胸の前に掲げていきこんだ。
今にも学園へ迎いだしそうな勢いである。
「はい。主席はオズになりますので、目立つ挨拶は持ってかれてしまいましたが、カミラさん達が誇れるよう努力しますね」
そんなカミラさんの様子に、僕も思わず笑みが溢れる。
目立つのはあまり好きではないが、カミラさん達が来るのであればそれも悪くはなかった。
「応援してるね!」
「えぇ」
そうして、カミラさんと談笑していた時だった。
「奥様っ!! リュート様がっ!!!」
ノックもなしに、いきなりドアが開かれたと思ったら、青い顔をしたメイドが勢いよく部屋に入ってきた。
「落ち着きなさい。リュート様がどうされたのだ?」
給仕をしていたセルバが、メイドを落ち着かせるようにゆっくりと問いかける。
僕とカミラさんの顔からも表情は消え、メイドの次の言葉を待った。
メイドの動揺具合を見ても、いい報せとは思えない。
「い、今、今報せが入って! リュート様が、リュート様が誘拐されたと!!!」
「何だと!!? それは真かっ!?」
メイドが叫ぶように告げると、普段冷静なセルバからは考え付かないような鬼気迫る勢いでメイドを問いつめた。
「! カミラさんっ!?」
僕も驚きで一瞬固まってしまっていると、視界の端でカミラさんの体が傾いたのが見えた。
「だ、大丈夫よ……ごめんなさい、驚いてしまって……それで、リュー君は、リュートは無事なんですか?」
僕はすぐに駆け寄ると、カミラさんの体を抱き起こす。
その顔色は悪く、今にも死んでしまいそうな表情だった。
「それが……リオナ様も一緒にさらわれ、行方が知れず……スール様はその時別行動をとっていたようなので、状況を説明する為間もなくお戻りになられると……」
カミラさんの問いに、メイドが泣きそうな顔で1つ1つ聞いた内容を話していった。
「旦那様には……」
「す、既に報告にいかれたと」
セルバはメイドに確認すると、自分を落ち着かせるように目を瞑った。
そして目を開くと、カミラさんの元に跪いて労るように声をかけた。
「…………奥様、我々で情報を集めます。リュート様の事は我々に任せてください。……お顔のお色が悪い。奥様は少しお休みになってください」
「そんな……リュー君が、リュー君が誘拐されたのに、休んでなんか」
カミラさんは首を横に振って、休むことを拒否した。
「カミラさん、リューは絶対無事ですよ。だから休んでください」
僕はカミラさんに言った。
これはカミラさんを励ます為の口からでまかせではない、確信だった。
「れい君?」
縋るような目でカミラさんは、僕を見た。
僕が言った言葉が真実であって欲しいと、根拠を探しているようだ。
「根拠があるわけではありません……ですが、僕は確信しています。リューは天才です……恐らく、僕や義父上よりもずっと。そんなリューが何も対策なしに、ただ誘拐されたとは考え難い……もしかしたら、自分から誘拐されにいったのかも。そうであれば、目的達成次第、無事戻ってきますよ。リューが、逃げる手段を用意してない筈がないからです。だから休んでください、カミラさん。でないと、リューが帰ってきた時、誰があの子を叱るんです?」
カミラさんを安心させるように、自信を持って告げた。
リューはきっと大丈夫。
……むしろ今頃誘拐犯達を、返り討ちにしている可能性もある。
6歳児にはあり得ない芸当だが、リューだと楽々想像出来てしまう。
リューの魔法を考えると、魔力は封じられていそうだが、きっとそれすらも承知済みで対策を講じていそうだ。
「
僕は最後にそう付け加えると、悪戯っぽく笑った。
例えリューの安全が保証されているにしても、これだけ心配かけたんだ。
反省して貰わないとね。
「……ふふ……そうね。リュー君は、きっと、きっと大丈夫。無事帰ってきたら、可愛いフリフリのドレスを一杯着せてやるんだから!」
カミラさんも想像出来たのか、先程より顔色が幾分かよくなりリューに女装をさせる決意をしていた。
リュー……今回ばかりは逃げられないね。
周りも皆逃がさないだろうし……。
僕も流石に今回ばかりは少し怒っているから、楽しみにしていてね?
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