第83話18話 横暴 sideスール

 

──僕の仕える主は、とても凄い人だ。


僕の主であるリュート・ウェルザック様は、この国の宰相を勤めるヴィンセント・ウェルザック様の実のご子息で、この国の貴重な魔眼持ち。

本人も様々な才に溢れ、将来有望なことは間違いない方だ。

性格も温厚で我が儘も言わないので、とても過ごしやすい環境だと思っていた。


僕は伯爵家の五男として生まれた。

伯爵家ともなれば一応高位貴族に属する家になるが、家は爵位だけの貧乏田舎貴族だ。

そして家を継ぐ長男もいれば、補佐をする次男も既にいる。

女の子なら高位貴族への玉の輿も狙えるが、男の僕では厳しいだろう。

精々下位の、跡取りがいない家へ婿養子にいけるかどうかといった具合だ。

と言っても、家は財力や権力、コネが必要不可欠。

何もない家ではそれも厳しいだろう。

だからこそ、僕は将来どこかの高位貴族について、身をたてようと必要な知識や技能を身につける為に努力してきた。

公爵家から従者の話が来た時は、千載一遇のチャンスだと思った。

同性で年も近い。

こんなチャンスはきっと2度とない。

だから、正式に雇われる事になった時は、良い主に仕えることが出来て将来安泰だと安心していた。


それなのに────






◆◆◆◆◆◆◆◆







「っ、本気ですかリュート様!?」


「!!?」


僕はリュート様のあまりに突飛な発言に、思わず声を荒げた。

リオナさんも驚いているようで、言葉も出さずに目を見開いている。


「勿論、本気です」


こんな時に冗談は言わないと、リュート様はきっぱりと答えた。

その目に迷いは一切ない。


「……旦那様が許可する筈がありません」


「だろうね……」


旦那様は、絶対にお認めならないだろう。

無謀すぎる。

リュート様に甘い奥様も、絶対に反対する。

そんな事は聡いリュート様にも分かっている筈だ。


「なら──」


「だから、気付かれる前にやるよ? まぁ、後で必ずバレるだろうけど、その頃には解決済みだしね。後で大人しく叱られるとするよ」


僕の話を遮って、リュート様はそう仰った。


違う、そういう問題ではないです。

そんなことしたら僕達だって立場が──


「正気ですか!? 貴方は公爵家子息で、この国の貴重な魔眼持ちの一人なんですよ!?」


僕は必死に、リュート様を説得しようとした。

万が一にも、そんな危険なことをさせるわけにはいかない。

僕だって責任を取らされる事になる。


「全部分かっています。それに勝算なしに、こんな事を言ってるわけじゃありません」


「……勝算?」


リュート様は落ち着いた様子で僕達に仰った。

取り乱す僕に反して、その様子はどこまでも落ち着いている。


「はい、勝算はありますよ……ただ、その為に1度僕が誘拐されなければなりません。まあ、敵の目的が誘拐である以上、僕が害される可能性は低いでしょうし、殺されることはまずないから大丈夫ですよ」


それはそうかもしれないけど……そもそも、危険のある場所に自ら行くことが、間違っているんだ。

旦那様達に任せるべきだ。

リオナさんの妹さんには悪いけれど、僕にとって主の命とは比べるまでもない。


「リュート様、妹の事を気にかけてくれるのは大変嬉しいのですが、その様なことを貴方にさせる訳にはいきません」


今まで黙っていたリオナさんが、リュート様に弱々しい声でそう言った。

その表情は悪く、青を通り越して白くなっている。

今現在危険にさらされているであろう妹さんが、心配でたまらないのだろう。


「うん、僕を気遣ってくれてありがとうございます。でも僕のせいで、リオナさんの妹は誘拐されてしまったのだから、その責任を僕が取りたいんです。この方法の方が、妹さんを無事に救出出来る確率は上がる筈ですから」


リュート様がリオナさんと目を合わせ諭すように言った。


「しかし……」


リオナさんは躊躇いがあるのか、頷くことが出来ないようだった。


妹さんの事は心配だろうが、この1ヶ月共に過ごしてきた。

主を危険に巻き込みたくはないのだろう。

どちらかを選ぶことなんて出来ない。

無愛想ではあるが、彼女はとても情に厚い。


「……リュート様、とにかく1度旦那様に報告しましょう? 何か策があるにしても、僕達だけで判断は出来ません」


このままでは、リュート様が無理矢理策を実行しそうなので、僕は部屋を出て旦那様の所へ行こうとした。


《バタンッ》


「ダメだよ、スール君。この件は内密にして、妹さんを救出するんですから」


すると扉が勢いよく閉められ、リュート様はいつもの穏やかな笑みを消して、僕を鋭い視線で射抜く。

恐らく魔法で、扉から出られないようにしたのだ。


「え?」


「主命令って、やつだね」


僕が驚いていると、先程まで雰囲気とはうってかわって、ニッコリと微笑んで言った。


「君達には、必ず責任がいかないようにする。全ての責任は僕がとる。だから──」


僕達を安心させるように、それでいて思わず従ってしまいそうになるように。


「僕の我が儘を聞いて欲しい」


今までで、一番綺麗だと思えるような笑顔を浮かべて仰った。




僕の主は大変優秀で、温厚で、素晴らしい主だと思っていた。

僕は運がいいと。

いや、今もそうだと思っている。


ただ────


どうやら主は温厚で優しくはあるが、時々横暴だったらしい。

僕達は頷くことしか出来なかった。

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