第82話17話 すたるよね?

 

「……誘拐……?」


俺は呆然と呟いた。

スールも目を見開いて驚いている。


「はい……それでこれが、届いたのです」


リオナが握られていた紙を開いて俺に見せた。

強い力で握られていたのか、シワが寄って歪んでいる。


「……リオナ・メイソン、妹は預かった。返して欲しくば、…………」


俺は紙に書いてある内容を読み上げた。


「リュート様? 何と書かれていたんですか?」


スールが不自然に止まった俺の手元を覗きこんで言った。


「…………リオナさん、申し訳ありません。妹のレナさんは、僕のせいで誘拐されたみたいです」


手紙の続きにはこう記されていた。


リオナ・メイソン、妹は預かった。

返して欲しくば、リュート・ウェルザックの身柄を代わりに引き渡せ。

なお、この事は公爵家には他言するな。

これを破った場合、妹の命はないと思え。

日時と場所は────


「これは……!?」


スールが口元に手をあてて絶句し、顔を青くした。

この要求を受け入れることが到底出来ないと、気付いたからだろう。


「家の要塞化の弊害とも言えますね……僕に直接手が出せないから、搦め手で来たと言うことか……」


警戒していなかった訳ではないが、リオナの妹のレナは子爵家で普段生活していた。

他家への警備にあまり口出しは出来ないし、彼女は俺との接触は全くない。

それを態々狙って拐うとは──

見通しが甘かったとしか、言いようがない。


「……何故、これを僕に見せたんですか? 僕を売ろうとは思わなかったんですか?」


この要求を公爵家が呑むことはない。

父様なら相手の要求は呑まず、直接調査、探索を判断を命令するだろう。

その場合、リオナの妹の命は危険にさらされると、普通は考えてしまう筈だ。

時間がかかればかかる程被害者は衰弱していくだろうし、いざ逃げるとなったら邪魔になる。

人質としての価値がないと分かれば、あっさり殺されてしまうだろう。

俺を差し出そうとは、思わなかったのだろうか?


「……あの人には、……子爵には、既に知らせました。血の繋がらない子供の為に、公爵家に楯突くような真似はしないと言われました。……レナは諦めろと」


リオナは少し震えた声で、子爵に言われたことを話した。


……だろうな。

そんな真似をすれば、我が家処か国を敵に回すことになる。

子爵家ごときが、家に対抗できる筈かない。


「……もし仮に犯人の要求を受け入れたとしても、妹が返ってくる保証は何処にもありません……それに、公爵家を敵に回す以上、助かったとしても無事では済まされないでしょう。国中を指名手配され、見つかれば死刑は確実です。……それなら……それなら、一番確率の高い方法を選びたいのです。旦那様や、リュート様は優秀な方です。きっと、きっと妹の事も、助けてくれると思ったのです!」


こんな状況にも関わらず、合理的な判断だと思った。

恐らくリオナの妹は、要求を呑んでも帰ってこない可能性が高いだろう。

俺を引き渡す際にリオナごと誘拐されて、2人揃って俺への人質として使われていたに違いない。


これは……完全に、此方の不手際だ。


だがやれるだけ、精一杯の事はしよう。

すぐに父様に報告して、兵を出して貰うよう頼む。

それに家に侵入してくる賊達に、関係者がいるかもしれない。

そちらも────


「………それに、私はその……それなりには、リュート様の事を慕っているつもりです。だから……その、レナにも貴方にも無事でいて欲しい……」


俺がこれからの対応を考えていると、リオナは最後に小さな声でポツリと続けた。


「………………バカ、ですね」


「リュート様!?そんな言い方はっ!」


俺がもらした独り言に、スールは非難の目を向ける。

けれど、撤回するつもりはない。


本当にバカだ……いや、お人好しと言うべきか。

俺はリオナやスールの事を、気に入ってはいる。

だが、家族とは比べるまでもないし、自分の立場も分かっているつもりだ。

だからこそ、危険にさらす事になっても、相手の要求を呑むつもりはなかった。

それこそ、自分の身を危険にさらすなどもってのほかだ。

だけど──


「相手の要求を呑もう。僕を餌にして、妹のレナさんを救出します!」


リオナは俺を危険にさらさない為に、妹の命運を俺達に託した。


……流石にここまで言われて、自分は安全な所で高みの見物をするっていうのは男が廃るよね?


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