第65話閑話 乙女ゲームの真実①
私は今、幸せの真っ只中にいる。
元々私は平民の出の普通の女の子だった。
けれも、女神アテナリア様の加護を受けて、私は聖女となった。
何処にでもいる女の子から、特別な女の子に私はなった。
聖女になった私は、貴族の多く通う学園に入学した。
学園での生活は始め、大変であった。
加護を受けたとはいえ、私は元々平民の小娘だ。
急に高い魔力を持った私が気に入らないのか、嫌がらせを沢山された。
夜に枕を濡らすことも多々あった。
でも、そんな私にも友達が出来た。
オズやエド、レイはいつも私を庇ってくれたし、他にも助けてくれる友達が何人か出来た。
そして何よりユーリに会えたことで、私の生活は変わった。
ユーリは少し不安定なところがあるが、優しくて私の事を思いやってくれた。
彼は重い闇を背負っていて、それにいつも苦しんでいた。
私はそれを癒してあげたいと思った。
彼の闇……
それは父親の事だった。
彼の父、トーリ・クレイシスは悪魔と契約し、弱い人々を長年食い物にしてきた。
彼はその事を知っても止められずに、罪悪感に苛まれてきた。
最低最悪の父親だ。
彼は出会った当初、教会からのお守りとして私の側にいるだけであった。
その瞳には何も写しておらず、空っぽだった。
先に惹かれたのは、私の方だった。
彼は最初私の事も信用してくれなかったが、様々な困難を2人で乗り越えていくうちに私の事を信用して愛してくれるようになった。
そして怠惰の悪魔も2人で力を合わせて倒すことが出来たのであった。
「聖女様、お時間ですよ」
物思いに耽っていると、ふいに声をかけられた。
「えぇ、今行くわ!」
私は返事して立ち上がる。
私を迎えに来てくれたのは、カイザーク・クレイシス。
今はアテナリア教会の教皇をつとめている。
彼は悪逆を尽くしたトーリ・クレイシスの叔父で教皇だったが、トーリによって濡れ衣で教皇職を追放されていた。
彼はとてもいい人で悪魔と対した時も、私達に協力してくれた。
そして教会に巣食う闇を祓らわれたことにより、彼は教皇職に復帰する事が出来たのだ。
「皆、貴女様のお姿が見られるのを楽しみにしていますよ」
彼は私に笑って教えてくれた。
彼もまた私達を祝福してくれている。
ユーリの最悪な父親は死んだんだし、これからは彼を父親のように頼ればいいんだわ。
ユーリもきっと喜ぶに違いないと、私は思った。
「私も楽しみです!」
今日は私とユーリの結婚式だ。
女の子が1番綺麗になる日。
今が幸せの絶頂だとと言っても過言ではないだろう。
────そう思っていたこの時までは。
「では、行きましょうか?」
彼は私の手を取って、式場へ向け歩き出した。
カイザークさんは今日父親の代わりに、私の手を引いて入場する手はずになっていた。
ドレスは拘った甲斐があったのか、生地を何枚も重ね重くなったので歩きづらい。
私が歩きやすいよう、ドレスのトレーンは侍女達がもって歩いた。
「……?」
少し歩くと、式場の扉の前まで来た。
純白の綺麗な扉。
でも、扉の前まで来たのにとても静かだ。
中から音が全く聞こえない。
入場の時、音楽の演奏があったはずなのに。
それに扉の前で立っている筈の神官の姿もない。
「……とても静かね? 音楽が流れる予定じゃなかったかしら? それに神官さんもいないし……」
「えぇ、その筈ですが……もしかしたら演奏家が忘れているのかも知れません。神官も含め後で処分しておきます」
彼も不審に思ったのだろう。
顔をしかめていた。
全く困ったものだわ!
私とユーリの大切な式なのに、少し台無しにされた気分だ。
でも教皇であるカイザークさんが、処分すると言ったので安心だ。
もう式が終わったら2度と見ることはないだろう。
前々から準備してきたのに、自分の仕事もろくに出来ないなんて最低だ。
「……聖女様、誠に申し訳ないのですが中に入りましょう? 中の人々が今日の主役を待ち望んでいるはずです!」
「えぇ、しょうがないものね」
折角の式が予定通りに行かなくとも、私達の為に待たせる訳にも行かない。
後ろに控えていた侍女達が扉を開けた。
私達を祝福する沢山の人達が来ている筈だった。
だが、そこに見えたのは一面の赤だった。
「………え?」
……何これ?
今日は私とユーリの結婚式で、私達は皆から祝福されて──
っ、そうだ、ユーリ!?
ユーリはどこに…………
私は辺りを見回すと、奥の壇上に彼はいた。
真っ白な服を真っ赤な血に染めて。
「ユーリ!! よかった無事だったのね!?」
「聖女様、待ってください! これはおかしいっ!!」
カイザークさんが私に向かって叫んだが、私は制止を聞かず彼の元に駆け寄り抱き付いた。
よかった!
彼は血にまみれているけれど、見た感じ怪我はなさそう。
「…………」
「ユーリ? どうしたの? 何があったの?」
無言で私を見つめるユーリに疑問に思いながらも、何が起こったのか聞いた。
折角の結婚式だったが、これではもう中止だろう。
残念だが、また日をずらしてやればいい。
「……ふっ、……ふははっ!」
ユーリは突然肩を震わせて、笑い出した。
「……ユーリ?」
ユーリと目が合う。
彼の目は私の事を一切映しておらず、酷く澱んでいた。
初めて彼と会った時よりも、暗くて昏い目。
「…………夢を見たんだ」
彼は唐突に言った。
「え? ……夢?」
何のことだか分からない。
「そう、夢。……夢に白い女が出てきてね、教えてくれたんだ……真実を」
「……真実?」
彼が何を言いたいのか、全く分からない。
「ねぇ、ユーリここを出ましょう? 血塗れで気分が悪いわ!」
私はユーリの手を引いたが、ユーリは動く気配を見せない。
「ユーリ「父様の事だよ」?」
「お父様って……あの最低な悪魔の事?」
何故彼は急に父親の事を言い出したのだろう?
あんな最低な悪魔の事を。
確かに血縁では父親だが、今の彼には私やカイザークさんもついている。
そして彼も私達を選んだはずだ。
「最低な……悪魔? …………そうだね君にとってはそうなのかもね」
「私にとってだけじゃないわ! ユーリは知っているでしょう? あの悪魔が何をしたのか!」
何だか今日のユーリはおかしい。
「……あぁ、僕は知っているよ? ……父様は優しくて…………誰より正しくあろうとしてたことを」
優しい?
彼は何を言っているのだ。
あんな事をしたやつを庇うなんて。
「…………そうだ! 僕は知っていたんだ!! なのに気付かなかった!! ……僕だけが父様を救えたのにっ!!」
ユーリは叫んだ。
目は充血し、その瞳から涙のように血が滴る。
「……何を言っているの? 私達が悪魔を祓って、教会を救ったのよ! 私達は国を救った英雄なのっ!! 皆私達を祝福しているのよ!?」
私は目に映るものが、信じられなくて叫んだ。
「聖女様! お離れくださいっ! そいつは悪魔にとりつかれているっ!?」
カイザークさんの叫ぶ声が聞こえる。
そんなはずはない。
だって悪魔は……暴食の悪魔は私達が、私が祓ったんだもの。
そんなわけない。
おかしい、おかしい、おかしい、おかしい、おかしい!
私は女神の加護を受けて、皆に愛されて、大事にされているんだもの!
私は特別な女の子なのにっ!
ユーリだって私の事を好きだって!
愛しているって!
「そうだよ、僕は暴食の悪魔と契約して復活させたんだ!」
彼は言う。
私の聞きたくない事を。
「そんな……どうして? それは禁忌よ? 貴方なら知っているでしょう?」
「聖女様離れてください!!」
カイザークさんが私に向かって叫ぶ。
でも今の私には聞こえなかった。
「……そうだよ? 知っていたさ!」
彼は嗤う。
「なら「きっと父様も同じだったんだよ」……え?」
同じって何が?
「昔は父様はとっても優しかったんだ。清廉潔白で、皆に尊敬されて……僕もそんな父様が大好きだった……」
そんな筈はない。
だってトーリ・クレイシスは悪魔と契約し、悪逆を尽くした男だ。
悪い人間なのだ。
「…………けど、ある時から父様は変わった」
「……ある時?」
私は彼に尋ねた。
「そう、ルーベンスの悲劇だ…………この話は貴方の方が知っているんじゃないかな? ねぇ、カイザーク・クレイシス?」
「!!」
「え?……どういうこと? ……カイザークさん?」
ユーリはカイザークさんの方に視線を向けて言った。
その視線にはどこか憎悪の様なものが、混じっているように見える。
「ルーベンスはねぇ? ある時、病が蔓延したんだ。元々ルーベンスは農耕には向かない土地で、他の地からの食糧の届けが必要なんだ。病が流行った時蔓延を防ぐために、国は周辺の地域を封鎖した。教会や国は勿論すぐに支援を決定した。その早急な対応で、被害は最小限に抑えられるはずだったんだ……」
「……筈だった? だって……支援を送ったんでしょう? 皆助かったんじゃ……?」
何故支援を送ったのに、そんな言い方をするのか?
彼は何が言いたいのか分からない。
「送られていなかったんだよ……ねぇ、カイザーク? お前は知っているよね? だって……お前が支援金を横領したせいなんだから! そのせいでルーベンスは病と飢餓で多くの人が死んだんだ! きっと地獄絵図だっただろうねぇ?」
ユーリは今度こそ、カイザークをハッキリと憎悪を含んで睨みつけた。
「……え? 横領? ……嘘……カイザークさんがそんなことをするなんて! ユーリ!! 誰かにそんな嘘を吹き込まれたのね!? ねぇ、ユーリ知ってるでしょう? カイザークさんは私達に協力して、沢山助けてくれたでしょう!? ユーリは嘘をつかれたのよっ!!」
そうだわ、きっとそう…。
だってカイザークさんは、私達にとても良くしてくれているし。
「……君ってさ、自分に都合の良いことしか見ないし受け入れないよね。……何で君の事を愛しいと思ったんだろう? 君の言葉は上部だけで何の重さもないのに……ああ、もしかして、魅了魔法でも使ってた?」
「ヒドイっ!! 何でそんなことを言うの!?」
きっと悪魔のせいだわ!
ユーリが、こんなヒドイ事を言うはずかない!!
「……ヒドイ? くっ、ふははっ!! ふっ! ……あーおかしいっ! 笑いが止まらないよ?」
「何笑っているの? おかしいのは貴方よっ!!」
私はもう訳が分からず叫ぶ。
「……ヒドイのは君だろう? …………ねぇ、友達の心配はしないの? ここには王子達や君の親友の女の子だって、居た筈だろう?」
ユーリは私を嘲笑った。
「え? ……オズ達に何を……したの?」
「くっはははっ!! ねぇ、君って馬鹿なの?
ユーリは狂ったように嗤う。
その目は狂気に満ちて、黒い靄が彼を包む。
「何を…………」
オズ達はどこに行ったのだろうか?
何処かに逃げたんだろうか?
「君達が来るの遅かったからさぁー」
ブグブクと闇が大きくなる。
「さきにたべちゃった!」
ニコッとユーリは笑った。
「……え?」
「まぁ、見れば分かるよねぇ? こんなに汚しちゃったしさーぁ?」
ユーリはそう言うと、私から離れてカイザークさんの元へ歩き出した。
歩く度に血がペタペタと音を立てて、赤い足跡を残す。
……たべた?
……誰を?
…………オズ達? え? え……?
「ひっ!? 助けてくれっ……!」
カイザークさん達は慌てて扉を出て逃げようとしたが、扉が勢い良く閉ざされた。
「逃げられないよ?」
ユーリは私達と一緒に来た侍女達に靄を向けた。
「ぃっあっ!?」
「助けっ!!」
「きぃゃーああ゛!!?」
一瞬で彼女らは靄に呑まれて消えた。
にもかかわらずユーリは嗤いながら、どんどんカイザークさんのところまで近づいていく。
「わっ、私が悪かった! だから止めてくれ! 殺さないでくれっ!!!」
カイザークさんはユーリに必死に許しを乞うていた。
「父様はルーベンスを救おうとして……禁忌に手を出したんだね? ……お前達みたいな下劣で屑で、生きている価値のないようなヤツのせいで…………父様は殺されちゃったんだね?」
「ち、違うっ!?」
カイザークさんは地面を這いずって、ユーリから少しでも遠ざかろうとしている。
「黙れよ」
ユーリから伸びる黒い靄がカイザークさんの右腕に絡み付く。
グチュッと肉が千切れる音がした。
「ぐぁあ゛゛あぐっ!!?」
カイザークさんはあまりの痛みに悲鳴を上げる。
靄が離れた時、彼の右腕はなかった。
暴食の悪魔に食べられてしまったのだ。
「カイザークさん! “ハイ・ヒール!”」
私はすぐに回復魔法をかけたが、血を止めただけだ。
私の魔法では、腕までは治らない。
ユーリの固有魔法でないと……
「あれ? 治しちゃったの? ねぇ?」
なら、もっと楽しめるね。
ユーリは何が楽しいのか、狂気に満ちた笑い声を上げる。
「ユーリ……」
どうして?
どうして、こんなことに……?
オズもエドもレイも、皆、皆死んじゃったの?
ユーリが殺したの?
私の目からは涙が溢れた。
「聖女様っ!! こいつはもうだめだっ! 浄化をっ! この悪魔を殺してくださいッ!!!」
カイザークさんが私に向かって叫んだ。
ユーリは禁忌を犯して、悪魔と契約した。
私は聖女。
人々の為に、悪魔を祓うことこそ使命。
例え、愛する人であろうとそれが彼を救うことになる!
「ユーリ……愛しているよ」
私はユーリに両手を伸ばした。
「僕の事も殺す気? 父様を殺したように?」
ユーリはいやらしく嗤う。
そこに今までの彼の面影はない。
……本当に、私のユーリは居なくなっちゃったんだね。
「惑わされないでくださいッ! 聖女様ッ! ヤツは悪魔だ! 王子達も皆こいつに殺されたんだ!! 早く始末してくださいッ!」
カイザークさんは痛みに血走った目で、ユーリを指差す。
「分かっています!」
もう覚悟は出来ている!
私はユーリを救うのだ!
私は女神より与えられた浄化の力を使おうとして──
「……え?」
何で?
浄化の力は発動しなかった。
「何をしているのです!? さっさと浄化をっ!!」
カイザークさんが私を怒鳴り付けるが、頭に入ってこない。
おかしい!
何で?
だって私は選ばれた存在なのに!?
「……なんで?」
どうして力が使えないの?
「っぷっ!! ふははっ! あはっ! あはははっ!!」
困惑する私を見て、ユーリは笑い声を上げる。
「……ユーリが何かしたの? だから、聖女の力が使えないの?」
私は震える声で尋ねた。
まずい
力が使えないと、悪魔に対抗できない。
「ほぉーんと、バカだなぁ!
ユーリは私を嘲笑った。
「そんなはずないッ!? だって私の力が使えないものッ!!」
私はもう訳が分からずにに叫んだ。
「
「そんな…………」
ユーリから聞いた話に、私は背筋が冷えるのを感じた。
見捨てられた?
私よりユーリをアテナリア様が選んだと言うこと?
「だから大丈夫だよ? 君の事もちゃんと食べてあげるから! 王子達と死んで混じり合うんだ。寂しくないだろう?」
ユーリは黒い靄を部屋全体に撒き散らした。
「いやっ! ……助けて! 助けてよっ!? ユーリ!! 私のこと、愛しているって言ってたじゃないッ!」
私はユーリに助けを求めた。
「ばいばい」
そうして私達は靄に呑まれた。
私は何を間違えたのだろう。
ただ幸せになりたかっただけなのに……
どうして…………?
暴食√ end
―――――――――――――
「ふっははっ!! あはっ! あははっ! あーぁ、お腹痛いっ!! 久しぶりにこんなに笑ったわ!」
白い空間で聖堂での顛末を観賞していた白い少女は、声を上げて嗤う。
心から愉しそうに
悲劇を嗤う
「この種は上手く育ったわね! あの頭お花畑の馬鹿な女に、私の力を態々貸しただけあったわ!」
この悲劇を用意したのは、この白い少女だった。
「私が気紛れで与えたに過ぎない力を、自分の物だと勘違いして! 最後は愛した男に殺されるなんて、愚者にはお似合いの結末ねっ!! ……それに、
少女は一頻り嗤うと、先程の悲劇にはもう飽きてしまった。
少女は純粋で、
残酷だった。
故に結末を楽しんだ物語など、もう興味はない。
「……次はどんな話にしようかしら?」
少女はまた人の運命をねじ曲げる。
自分の快楽の為に。
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