第62話29話 ゲート

 

「リュー、起きてっ! 準備が整ったよ!」


俺は兄様に揺さぶられ起こされた。


「ぅう、ねむ……ふぁーぅ」


俺はヨロヨロと起き上がるが、まだ眠くて欠伸がでる。

あれから何れくらい時間がたったのだろうか。

疲れはまだかなり残っているみたいだ。


「魔力は……どうかな? 充分に回復した?」


兄様は俺の疲れた様子に、少し心配そうに聞いてきた。


「ん……大丈夫です。1/3位まで回復はしているので」


眠気眼で自分の魔力を確認する。

どうやら魔力は足りそうだ。

少し眠ったお陰で、魔力が回復している。


「みゃゅ…ぅむ…みゅぅ…」


猫のような寝言が聞こえる方へと眼を向けると、俺の隣でユーリがすやすやと眠っていた。

そう言えば、後始末を終えた後、ユーリの部屋で倒れるようにしてベッドにもぐり込んだのであった。

かなり疲れていたので、あのまま眠ってしまったのだろう。

俺だけでなく、ユーリも消耗していたから仕方がない。


「ユーリ起きて。準備が出来たみたいだ」


俺はユーリの肩を揺すった。

本当ならこのまま寝かせてやりたいが、事が事なだけにユーリを起こさない訳にはいかない。


「むぅぅ…ねむ…」


しかし、ユーリはまだ寝たりないようで、俺から逃げるように寝返りを打った。

幼い身体に悪魔の力。

相当な負担だったのだろう。


「ユーリ……」


少し可哀想だが、俺はほっぺをペチペチ叩く。


「ぬぅぅ…」


「全然起きないね……」


全く起きる気配のないユーリに、俺と兄様は苦笑いを浮かべた。


「ユーリ! おーい、起きてー!」


俺は先程より強く肩を揺する。


「んん…めっ!」


しかし、ユーリは伸ばした俺の手をパシンと叩き落とした。


「「………………」」


沈黙のなか、健やかな寝息だけが聞こえる。

ユーリは寝起きがかなり悪いみたいだ。


……さて、どうやって起こすか。


「……しょうがないな。“アイス”」


埒が空かないと思ったのか、兄様が魔法でユーリの上に沢山の氷の塊を出現させた。

氷がユーリの顔や首、手足に落ちる。


「っつめたっ!!?」


かなり冷たかったのか、ユーリは飛び起きた。

ただでさえ、子供は体温が高いから驚くのも無理ない。


「めっ!」


完全に目が覚め状況を把握したのか、ユーリは怒り出した。


「しょうがないだろう? 頬を叩いても、肩を揺すっても起きないんだから」


「むぅぅー」


兄様の正論に、ユーリは渋々起き上がった。

俺もこれには同意しているので、何も言わなかった。


「……ユーリは魔力は大丈夫そう?」


「ん、……でも…いっかい…しか…つかぇ…なぃ…と…おもぅ」


俺達はベッドから下りて、部屋の入り口である扉に向かう。

ユーリの魔力の回復量が、予測していたより低い。

せめて4~5回分の魔力は欲しかった所だ。


「ユーリの固有魔法って、空間に対してかかるの? それとも個人を指定して?」


固有魔法の詳細は公表されていないので、俺はユーリに詳細を聞いてみた。

足りない分をどうにかする為に。

1度に1人のみの効果であれば、治療可能な一席を巡って争いが起きる。

出来れば空間にかかるものであって欲しい所だ。


「どっち…もできる! …でも…くぅかんにかけ…ても、はんい…せま…ぃ。ぼく…だと…じゅぅにん…くらぃ…しか…できなぃ。けっそん…も…むり」


ユーリは申し訳なさそうに答えた。

けれど、狭くとも範囲で掛けられるなら何とかなるかも知れない。

病気の進行や病状で優先度を決めて使用すれば、効率的に治療出来る。


「充分だよ、ユーリ。さぁ、最初は僕の番だね。行こう!」


俺は不安で揺れるユーリに、安心させるように笑いかけた。

寝起きで温かい筈なのに、すっかり冷えてしまったユーリの手を握る。

俺達は聖堂へと向かった。


「ここに皆集まっているよ」


少し前を歩いていた兄様が扉を開けた。

扉の向こうでは、様々な人々が行き来してごった返していた。

皆が慌ただしく動き回っている。

部屋の中央には、治癒魔術師や食糧、薬などの支援品も大量に準備されているのが見えた。


ここまでの準備をたった数時間で用意するとは……

兄様やトーリはかなり無理をしたのではないだろうか?


「ジョディーさん!」


俺は見知った顔を見つけて声をかけた。


「おぅ、リュートか! 話は聞いた! 試作機十機、いつでも使えるぞ!」


ジョディーは親指を立てて言った。

こういった場面では力強い。


「そうですか! よかった。これで治療は問題無さそうですね」


ユーリの魔法に、治癒魔術師。

そこに回復魔法の魔導具が加われば、かなりの人数の治療にあたれる。


「あぁ! 何せお前が術式を込めて、私が作ったんだからな! むしろそこらの術師の治療より、よっぽどいいぞ!」


だから、自信を持てと、ジョディーは俺の髪をぐしゃぐしゃにかいた。


「リュート!」


ぐしゃぐしゃにされた髪を直していると、ふいに名前を呼ばれた。

眼を向けると、そこにはいつもと変わらない父様がいた。


「父様っ!!」


俺は駆け寄り、そのまま父様に抱き付いた。

子供と大人の体格の違い故か、父様はバランスを崩す事なくしっかりと抱き止めた。


「何故ここに?」


「数時間前にレイアスから連絡が来たからな。……よくやったな、リュート。詳しい話は後で聞くが、お前のお陰で多くの人間を救うことが出来る」


父様は俺を抱き止めて、頭を撫でた。


うーん、急にドタバタしたからすごい落ち着く。

……やっぱり、転生して精神が身体に引きずられてるかもしれない。

暫くこのままでいたい気分だ。


「たった数時間でよくここまで集まりましたね」


「ああ、私の宰相権限で会議を通さずにやったからな。その分早く済む」


「えぇ!? それって大丈夫何ですか?」


父様はあっさり言ったが、俺のせいで後で責任問題になったら申し訳ない。


「国王の承認は得ているから問題ない。私用に使うわけでもないしな。それに会議なんか通していたら、1週間近くかかってしまうだろう。そうなれば手遅れになる者も出てくるかも知れない」


父様は力強く、俺を安心させる為に言った。


……あぁ、父様本当イケメン!!

母様が好きになっただけある。


「リュー、そろそろ……」


俺が離れる気配がないのを見かねて、兄様が声をかけてくれた。


いかんいかん、俺にはやるべきことがあるんだった。


俺は魔法を使う為、聖堂の奥の扉に近付いた。


聖堂内の人々の期待に満ちた眼差しが、あちらこちらから俺に突き刺さる。

皆俺が空間魔法を使えることを前提に、集まっている。

ここで万が一でもしくじったら、父様やトーリが責任追及されてしまうだろう。

ここでの失敗は絶対に許されない。


…………ダメだ、魔力を安定させないと。

余計なことは考えるな。

俺は出来る、出来る、出来る。

失敗なんてしない。

そう考えれば考えるほど、魔力は安定性を欠き手は震えた。


俺が不安に押し潰されそうな中、ふと別の視線を感じて顔を上げると、父様や兄様、ユーリや皆の姿が目に入った。

一切の不安もなく、ただ俺が成功することを確信している様子だった。


……そこまで信用されちゃ……裏切れないよね。


先程までの震えは収まり、顔には笑顔さえ浮かんだ。


もう、大丈夫だ。


「始めます!」


俺は中央に設置された扉に触れて魔力を流した。

先程とは違い、いつも通り魔力を操れる。


距離は北に1586……座標は……


扉に全体に魔力を循環させて、かの地ルーベンスへと繋ぐ。


「“ゲート《接続:ルーベンス》”」


俺は魔法名を唱えた。

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