第26話 一章終話 九条桃華5
夏休みが終わった。今日から二学期だ。みんな、夏休み気分が抜けないのか、怠そうな顔をしている。
中には、様子が変わった人も。チャらくなってる人や、イチャつく男女ペア。みんなにはみんなの夏休みイベントがあったんだろうな。
俺はというと……。いかん、考えただけでも、気持ちの悪い笑みが漏れてしまう。
始業式が終わり、帰りのホームルームが終わると、俺の教室前には九条さんが来てくれていた。
俺は急いで駆け寄る。
「お、おまたせ!」
優しい笑みを浮かべる九条さん。何度も見てきたはずなのに、飽きずに見とれてしまう。俺は固まってしまった。
すると、背中に何かが飛びついてきた。倒れそうになりながら振り返ると、ニヤニヤといやらしい笑みを浮かべる美来が。
「よっ! お熱いね!」
「やかましいわ。九条さんにぶつかったら、どうするんだよ」
「そりゃ、冬馬が責任取るしかないでしょ」
「いやいや、理不尽な……」
と、嘆息すると、九条さんがクスクスと小さく笑う。それを見た美来は歯を見せて笑った。
「いやー九条さん、元気そうで何より! 二学期からもよろしくね!」
「うん! よろしくね。あ、あの……あの時は、ありがとうございました」
そう言って軽く頭を下げた九条さん。きっと水族館デート前日のことだろうな。
「あー、あれね。ふふ、じゃあ、一つ貸しってことで! じゃねっ!」
そう言って美来は帰っていった。すると、今度は春輝が俺と九条さんの元へ来る。
「九条さん、久しぶり」
「あ、七瀬くん。お久しぶりです」
「うん。二学期もよろしくな。んじゃ、美来追うわ」
そう言って軽く手を挙げた春輝。俺は急いで春輝を呼び止める。
「春輝! ありがとな!」
俺の呼び止めに振り返った春輝は、優しい笑みを見せると、また軽く手を挙げる。そして前に向き直ると、帰っていった。
「私達も帰ろっか」
「あ、その……さ。報告したい人いるんだけど、いいかな?」
「報告?」
「うん。その……俺達が付き合い始めたっていうの」
「えっと……誰にかな? できればあまり言い回りたくなくて」
申し訳なさそうに眉尻を下げる九条さん。俺も言いふらしたくはない派。けど、言っておきたい人がいるんだ。
「如月さんと、雪村さん。大事な友達だから」
そう言って笑顔を向けると、九条さんは満面の笑みで頷いてくれた。
まずは六組へ。九条さんが如月さんの名前を呼ぶと、なんかすんごい怖い顔した如月さんが腕を組みながらやってきた。
「あ、あの……如月さんに報告したいことがありまして……」
恐怖のあまり謎の敬語が出てしまう。如月さんは、黙ったまま深く頷いた。この人、九条さんのお父さんですか?
「俺達、付き合い始めました」
「知ってる」
「えっ」
「桃華から、聞いた」
聞いてたかー! ふと、九条さんの顔を見れば申し訳なさそうな顔をしていた。
「ご、ごめんね。我慢できなくて言っちゃった」
「そ、そっか!」
再び如月さんに目を向ける。さっきより鋭さの増した目つき。それにビビっていると、如月さんは、大きなため息をついた。
「はあ……。もうこうなったら認めるしかないじゃない。桐崎、大事にしなさいよ!」
「は、はいっ!」
如月さんが認めてくれた。よくは分からないけどすごく嬉しい。元気よくシャキッとした返事を返すと、如月さんは優しく微笑んでくれた。ふと、頭上の好感度を見れば、60に上がっていた。
まだまだ、高いとは言えないけど、如月さんとの距離も縮まったような気がする。報告して良かった。
それから如月さんと別れた俺達。今度は雪村さんがいるとされる二組へ。教室を覗けば、デレデレとした顔の男子に囲まれている雪村さんがいた。
相変わらずファンが多いな。と、唖然としていると雪村さんがこちらに気付いた。すると、人差し指をくいくいっと動かす。なんの合図だと不思議に思っていると、男子の群れが道を成すようにして、整列し始めた。
その中央を優雅に歩いて、俺達の元へきた雪村さん。
どういう方向性を目指しているんだ?
「どうしたの? わざわざこっちまで来て。あっ! もしかしてぇ、私に会いに来てくれたのぉ?」
「そうだけど……」
そう言うと、嬉しそうな顔をする雪村さん。何というか分かりやすい人だな。
「あ、あのさ、俺と九条さん、付き合い始めました。その報告をしようと思って」
そう言うと、雪村さんはハッと息を飲んで、口元に手を当てた。
「おお! やるじゃん! このこのぉ〜。しっかし、九条さん、もっといい人いたんじゃないの?」
冗談っぽい口調の雪村さん。しかし、九条さんは優しい表情を浮かべると、ゆっくりと首を横に振る。
「桐崎くんが、一番良いの」
「おぉ! 言うねぇ〜。あー、私も言ってみたいなー。取り敢えずおめでとっ! 桐崎くん、よそ見はダメよ?」
「勿論!」
「ふふ、じゃ、お幸せにぃー」
「ありがと!」
雪村さんにも報告ができた。そう満足していると、横で九条さんが頬を赤らめながら、モゾモゾと体を揺らし始める。
「あ、あの……桐崎くん……」
「ん? 何?」
「い、一緒に帰りませんか?」
「う、うん! 帰ろっ!」
まだまだ、ぎこちなさを感じる。二人肩を並べて歩く廊下。相変わらず、碌に話ができないけど、少し言葉を交わす度、満たされるものがあって、それをどんどん欲してしまう。
そして、学校を出た俺と九条さんは、近くの公園にやってきた。ブランコしかない小さな公園。取り敢えず、木製のベンチに座る。
付き合うってなんだろう。こんなんで合ってるのかな。分からないや。でも、楽しい。
そんなことを考えていたら、九条さんはプッと笑みをこぼした。
「すごいドキドキする」
「お、俺も!」
便乗してしまった。話したいことは沢山ある。その中でもずっと気になっていたことがあった。聞いて良いことなのか、分からないけど、どうしても聞きたかったこと。
「あ、あのさ、九条さん。夏休みに、俺達みんなで遊べなかったのって、やっぱり期末の成績が関係してる……?」
「うん。努力が足りないって言われちゃった」
「そっか。その、水族館……無理させちゃったかな……?」
申し訳なさそうに聞くと、九条さんは首を横に振った。そして可笑しそうに笑った。
「あのね、桐崎くんが電話くれた後、お母さんにお願いしに行ったの。一日だけ、遊びに行きたいって。ちょっと泣きそうになりながらお願いしたら、お母さん慌てだしてね。行きたいなら行きたいって言ってくれれば良いのにって。そんな我慢までさせるつもりは無かったって」
「そ、そうだったんだ!」
なんか凄い安心した。俺の我儘で、九条さんのお母さんに迷惑かけたんじゃないかって思ってたから。俺が思っていた【厳しい】とは、ベクトルが違うのかな。
「私が普段、遊びに行かないから、まさかと思ったみたいなの。これからは言ってねって言ってくれてね。勿論、成績は疎かにしちゃいけないけど」
「そっか〜本当に良かった! よ、よし! 二学期のテストはバッチリ頑張ろうね!」
「うん!」
満面の笑みで頷いてくれる九条さん。これから学校生活、楽しいことがいっぱい待っているだろうな。
勿論、外しちゃいけないことは、外さない。しっかりと、メリハリを付けて、迷惑をかけないよう頑張るんだ。
それから少しの間、公園でまったりした俺と九条さん。そろそろ帰りを切り出そうと、九条さんの顔を見る。すると、九条さんは真っ直ぐに俺の目を見ていた。
「桐崎くん」
「は、はい!」
何故か背筋が伸びる。
「好きだよ」
「お、俺も好きです!」
面と向かって言われると、こんなにも緊張するなんて。やっぱり俺は格好がつかないな。
照れ笑いをしてしまう。それを誤魔化すように、ふと九条さんの頭上を見てしまう。
すると驚くことに、ハートに刻まれた100という数字が点滅していた。そして、その横には長方形のバーのような物が出現していた。
そして、バーの中身は赤く染まっていて、上の方がブルブルと震えている。
なんか荒ぶっている……。また、変な物が見えるようになってしまったぞ……
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