第22話 九条桃華1

 高校一年初の期末テストが終わった。各教科のテストが終わる度に、クラスメイトは「終わったわ」とか「全然できなかった」と口にしていた。俺はというと、早めにテスト勉強し始めたおかげか、若干の手応えあり。


 中間よりも順位上がるといいな。


 そして期末テストが終われば、待ち受けているのが夏休みだ。過ぎゆく日々を指折り数えていく度、浮ついた空気が濃さを増していく。


 夏休みか! 夏といえば、海にプールにバーベキュー! 流しそうめんにキャンプと、イベント目白押しだ。


 今までは、そのイベントを幼馴染組だけで楽しんでいたが、今年の夏は果たしてどうだろうか。


 九条さんも一緒に楽しめれば! くっくっく……。考えるだけで、気持ちの悪い笑いが漏れてしまう。


 と、そんな感じで廊下を歩いていく。その途中、周りから気味悪がられるような視線を感じだが、ノーダメージ。購買でパンを調達した俺は、早足で教室に戻ってきた。


「桐崎くん、おかえり」


「おう!」


 お弁当を広げた九条さんが笑顔で迎えてくれる。美来と春輝も弁当を広げて、俺を待ってくれていた。


 こんな生活が始まって、もう二ヶ月近くか。この光景もすっかり定着したな。


 俺が席に着くと始まる昼ご飯。話題を切り出すのは、俺だ! 勿論、夏休みについて。


「あのさ! 夏休みなんだけど、今年も色々行くじゃん?」


「うん。それがどした?」


 美来め、察しが悪いな。


「いや、その……九条さんも一緒にどうかなーと思ってさ!」


「おー! そうだね!」


 楽しそうに頷く美来。春輝も笑顔で頷いてくれた。横の九条さんは、顔に疑問を浮かべている。


「九条さん! その……夏休みさ、俺達と遊ばない?」


「えっ……! うん! 遊びたい!」


 満面の笑みを浮かべる九条さんが、目を輝かせて、前のめりになってる。


 うひょー! やったぞ! 夏休みも会える。二学期まで待つ必要がないぞ!


 歓喜に震え、握り拳を震わせる。横では紅潮した九条さんが、目線を落として、モゾモゾと体を動かしていた。


「嬉しい……。夏休みに遊びに出かけられるなんて、あまり無かったから」


 九条さん……。よぉーっし! 絶対最高の思い出にするぞ!


 そう意気込んでいると、美来が優しい笑みを浮かべる。


「ふふ、いっぱい遊ぼ!」


 すると春輝も爽やかなスマイルを一つ。


「だな。高校の夏は三回しかないし、全力で楽しもうな」


 それから、俺達が計画している夏休みイベントを九条さんにプレゼンした。どの計画にも、目を輝かせながら聞いてくれる九条さん。そんな様子を見て、俺の胸中は、楽しみや期待感、待ち遠しさが、はち切れんばかりに膨らんでいった。


 それからというもの、俺はフワフワと浮ついた気持ちのまま、学校生活を送っていた。そして、夏休みまで後、四日となった今日。期末テストの順位が発表された。


 帰りのホームルーム。担任の先生が、生徒一人一人に順位の書かれた紙を配っていく。俺は祈るように目を強く瞑りながら、紙を握りしめる。そして、ゆっくりと目を開けた。


 あ、上がってるー! 結構上がってるぞ!


 なんと学年で20位。俺たちの学年は約280人いる。その内の20位って、結構良くない? 早速自慢だ!


 春輝は頭良いのでスルー。取り敢えず美来の元へ。


「よぉ、美来ぅ〜。順位はいかがだったかな?」


 腕を組みながら、ドヤ顔で聞いてみる。すると、美来は目を細めた。


「は? 何そのウザいノリ」


「ふっふっふ。聞きたまえ。20位ぞ? 我、20位ぞ?」


「ふーん。残念ねー、冬馬ぁー。こっちは、17位ですけど?」


 思考が石化した。美来には勝ったと思ったのに……。俺とどっこいどっこいの美来には勝ったと思ったのに!


「すんませんでしたー!」


 敗者は地に伏せるのが、お約束。俺は土下座した。


「ふんっ! 分かれば良いのよ」


「くっそぉー。何で美来も成績上がってんだよ」


「春輝に色々教えてもらったからねぇ。冬馬が九条さんに、ちょっかい出してる間にね」


 勝ち誇ったような、意地悪な笑みを浮かべる美来。くそぉ、美来もその手を使っていたのか。


「俺だって九条さんに色々教えてもらったのに!」


「ふーん。ま、結果が全てよ」


「くぅ〜」


 言い返す言葉がない。俺は逃げる様に美来の元を去り、春輝のもとへ行った。


「よっ、冬馬。どうだった?」


「美来に負けたよ……。20位だった」


「はは。まあ、美来も頑張ってたしな」


「くそぉ。んで、春輝は?」


「2位だった」


「かーっ! 次元が違うな」


 俺の順位の一桁目を削ぎ落とした結果かよ。【天は二物を与えず】俺はこの言葉を信じないぞ。


 虚しさのあまり、頭を抱える。まあ、でも冷静に考えれば、好成績なんだ。そうだ! 九条さんにお礼を言いに行こう!


 ホームルームが終わってすぐ、九条さんの元へ駆けていく。六組の教室から顔を覗かせ、九条さんの名を呼んだ。


 俺の声に振り返る九条さん。顔がチラッと見えたその時、九条さんの表情が沈んでいる様な気がした。しかし、俺の方に向くと、笑顔を向けてくれる。


「九条さん! 期末の結果きた?」


「うん」


「俺、結構上がってさー! 九条さんに色々教えてもらったから、お礼言いたくて!」


「良かった! おめでとっ!」


 興奮しながら言う俺に、優しい笑みを見せてくれる九条さん。俺はそのテンションのまま、質問を投げてしまった。


「九条さんはどうだった?」


 その質問に、九条さんの眉毛がピクリと動く。


「私は……落ちちゃった……。10位だったよ」


「えっ……」


 ぎこちない作り笑顔を見せる九条さん。


 テスト勉強始める時、これ以上落とせないって……。お母さんとの約束で、一桁をキープしなきゃいけないって……。


 俺が、邪魔しちゃったのか……。九条さん、自分の勉強そっちのけで、俺の面倒見てくれてたし……。


 九条さんと一緒にいたい。そんな俺のエゴで、九条さんに迷惑かけてしまったんだ。


「その……ごめん九条さん……」


「えっ?! き、桐崎くんが謝ることじゃないよ! 私がちゃんとできなかっただけだから」


 そう言って九条さんは優しく笑ってくれた。九条さんは自分のせいだと言っている。それでもやっぱり、罪悪感にも似た気持ちが俺の心を塗りつぶした。


 次の日の朝、教室で春輝と美来と雑談をしていると、どこか沈んだ表情を浮かべる九条さんがやってきた。


 どうしたんだろう……。


 嫌な予感がする。いつもなら「おはよっ!」って言って手を挙げるところだが、声も出なかった。美来と春輝も、何かを察したのか、心配そうな顔をしている。


 すると九条さんが微笑んだ。ぎこちなく、少し悲しそうな笑顔だ。


「おはよ」


「お、おはよ!」


 できる限りスマイル。でも自然な笑顔ができなかった。挨拶を返すと、九条さんは申し訳なさそうな表情を浮かべる。


「あ、あのね、みんなに謝りたくて……。その……夏休みのことなんだけど、遊びに行けなくなって……。せっかく誘ってくれたのに、ごめんなさい」


 そう言って軽く頭を下げる九条さん。その言葉に美来と春輝は唖然としている。


 きっと、テスト順位が関係している。約束が果たせなかったから……。


「そ、そうなんだ。あ、謝ることないよ! 夏休みは来年またあるし! うんっ!」


 精一杯の笑顔を向ける。すると九条さんは、小さく頷いて微笑んでくれた。


「ありがと。また誘ってくれると嬉しいな。本当にごめんなさい」


 そう九条さんが言うと、美来が九条さんの肩に手を置いた。


「謝ることないって言ったでしょ? その分二学期に沢山遊びましょっ! 文化祭に体育祭! 二学期の方が楽しいかもよ?」


 そう言って歯を見せる美来。春輝も柔らかな笑みを浮かべる。そんな二人を見て、九条さんは安心したような顔をしていた。


 楽しみにしていた夏休み。九条さんも楽しみにしてくれてたはずなのに。


 俺は……間違えたかもしれない。

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