第23話 九条桃華2
そしてやってきた終業式。校長先生からのありがたいお言葉を頂き教室に戻ると、クラスメイトが騒ぎだした。
高校生活初の夏休み。学校生活からの解放感は大きなものだ。けど、俺はみんなと同じようには、はしゃげなかった。
一学期最後のホームルームを終え、帰り支度をする。そして廊下に出ると、そこには九条さんがいた。目が合うと、ニコッと優しい笑みを浮かべてくれる。
「桐崎くん!」
「く、九条さん」
思わず、目を逸らしてしまった。すると九条さんは、一歩、俺の前に寄る。
「一学期、終わっちゃったね」
「だね。なんか、色々あって楽しかった」
そう言うと九条さんは、静かな微笑みを見せる。
「ふふ。本当、あっという間だったね。それじゃあ……またね」
「うん。またね」
そう返すと、九条さんは微笑んでくれた。そして、手を振って体の向きを変えた。
これで終わり……か。もう二学期まで会えないのか。寂しいな。
離れていく九条さんの背中。目線がその姿を追っていく。
「九条さん!」
咄嗟に出た声。大きな声で呼び止めると、不思議そうな顔をした九条さんが振り返った。
「あ、あのさ! 夏休みの間さ、その……LaINしてもいいかな……?」
「うんっ!」
満面の笑みを見せてくれた九条さん。会えなくても、連絡くらいなら……いいよね。
お返しに俺も笑みを見せると、九条さんはまた手を振ってくれた。そして、六組の教室へ入っていった。
九条さんの姿が見えなくなっても、廊下の真ん中辺りを、ボーッと眺めてしまう。
さて、帰るか。回れ右をして、トボトボと歩いていく。
帰り道。ハイテンションな美来と春輝と、肩を並べて歩いていく。俺もできる限り、そのテンションに合わせて雑談を楽しんだ。
家に帰れば、元気な母さんが開口一番、通知表の要求をしてきた。気怠げに渡すと、母さんは目ん玉ひん剥いてそれを眺める。そして、満足気に頷いた。
「よしっ! 行ってよし!」
「うぃっす」
通知表を返してもらい、自室へ。鞄を放って、部屋着に着替えて、ベッドに仰向けになる。
夏休み、始まったんだな。あんなにも楽しみにしていたはずなのに、この気持ちはなんだろう。
やり場のないこの気持ち。天井をボーッと眺めていると、スマートフォンの通知音が鳴った。画面を見ると、九条さんの名前が表示されていた。
「一学期お疲れ様! 夏休み、いっぱい楽しもうね! 二学期に沢山、お話できるの楽しみにしてるね!」
このメッセージの後、うさぎがサムズアップしてるスタンプが一つ送られてきた。
九条さん……。気使ってくれてるのかな。楽しもう……か。そうだよな。楽しまないとな。楽しい思い出作って、来年、九条さんが行きたいって思ってくれるような話ができるようにしないと!
俺は心に決めた。九条さんが夏休み、どう過ごすかは分からない。それでもきっと、自分の為に頑張るんだ。俺は俺の為に、頑張る時は頑張って、楽しむ時は楽しむ。それが九条さんに心配をかけないことに繋がる。そう思った。
それから日々が過ぎていく。俺は一日に一通は九条さんにLaINをするように心がけていた。
宿題がどこまで進んだだとか、夏季限定のコンビニスイーツが出たとか、他愛もない会話。
文面だけでは、九条さんの表情は分からない。でも、楽しそうな返事をくれる九条さん。俺の自己満足かもしれないけど、九条さんを楽しませてあげられればと、強く思った。
そして、更に日々は過ぎて行き、夏休みも中盤に入った。今日は幼馴染組でバーベキューだ。電車で一時間半かけて、やってきたバーベキュー場。
山の中というだけあって、周りは青々とした葉を付けた大きな木に囲まれている。そして、真っ白な石が広がる河原に、透明感あふれる大きな川。バーベキューには打ってつけだ。
道具はバーベキュー場を運営している人からレンタルして、自分達で持ってきた食材を焼いていく。
みんなで分担を決めて準備を行い、バーベキューが始まった。
タープの影に置いたアウトドアチェアに座って肉や野菜を食べる。いつも一緒にいるのに、尽きない話題。楽しく盛り上がっていると、美来が少し寂しそうな顔をした。
「九条さん、何してるかな」
すると、春輝も憂いを帯びた表情を浮かべる。
「すごい楽しみにしてたのにね」
ふと、頭に浮かぶのは、目を輝かせていた九条さんの表情。そして、嬉しそうにモゾモゾと体を揺らしていたその姿。
九条さん……。いかんいかん! 重い空気になっては駄目だ。決めただろ。いっぱい楽しんで、九条さんが来年来たくなるような思い出にするって。
「ふ、二人とも! 空気が重いぞ! 二学期に九条さんと会った時に、楽しく話せるように楽しまないと!」
力こぶを作るポーズを取って、満面の笑みを作る。すると、美来が優しい笑みを浮かべた。
「そうね。一番会いたがってる冬馬に言われちゃ、仕方がないか!」
美来の言葉に春輝も頷く。
「だな。楽しまないとな」
それから俺達は、沢山食べて、冷たい川の水に足をつけたり、水切りをしたりして、いっぱい楽しんだ。
気付けば、空の色は若干黄色がかってきていた。
沢山遊んだな。高校生活初の夏休み、最後の大きなイベント。九条さんに話したいことが沢山だ。
その帰り道。揺れる電車の窓からオレンジ色の光が差し込む。空は、藍色からオレンジ色にグラデーションしている。それを見ると、どこか心の隙間を感じてしまう。
ふと目を横に向ければ、疲れてしまったのか美来は寝ていた。
俺も疲れたな。沢山はしゃいだし。瞼が重い。コクリと頭が落ちそうになる。すると、春輝が俺の名を呼んだ。
「なあ、冬馬。九条さんとは、連絡したりしてるのか?」
「え? あぁ、うん。毎日、LaINしてるよ」
「そっか。良かった」
「うん」
止まる会話。車内は静かで、電車が走る音だけが響いている。そして、建物の影が車内を通過していく。
流れる沈黙。今まで感じたことのない、春輝との気まずさのようなもの。ふと、目線だけを向ければ、春輝は俺を真っ直ぐに見ていた。
「冬馬、このまま会わなくていいのか?」
「えっ……? い、いや……無理だよ。九条さんには九条さんの事情があるし、人の家の事情に、首突っ込めないよ」
そう言うと、春輝は俺の肩に手を置いた。
「確かにそうだけどさ。それで冬馬が気持ちを殺しちゃっていいのか? 冬馬はどうしたいんだよ」
どうしたい……。そんなの勿論、会いたいよ。笑った顔。驚いた顔。泣いた顔。その全てを今すぐ見たい。
「一回でもいいから、遊びたい」
言葉が漏れた。すると、春輝はニッと歯を見せて笑った。
「だったら行動あるのみだな! 当たって砕けろ! 断られたらそれこそ、二学期まで待てばいい。何もしないのに諦めるなんて、俺の知ってる冬馬じゃないぜ」
「春輝……。だなっ! ありがとう! 俺、砕かれにいくわ!」
「うん。頑張れ!」
春輝のおかげで、心の何かが取れた気がする。知らぬ間に刺さっていた棘が、抜け落ちたような、そんな感覚だ。
家に着けば、もう空は真っ暗。時は夜八時。沢山遊んだせいか、疲れがドッと押し寄せてくる。けど、疲れてる場合ではない。
ご飯と風呂を早く済ませ、俺は自室に入る。そしてキャスター付きの椅子に深く座った。
そして、スマートフォンを手に取りLaINを開く。
画面をスクロールし、九条さんのプロフィールをタップする。そして、無料通話のボタンを押した。
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