第21話 テスト勉強

 六月も、もう下旬。もうすぐで、忌々しきテスト週間なるものがやってくる。テストの一週間前くらいは、自主的な勉強をせよとのことで、帰りの寄り道や、休日のお出かけは控えるように言われている。


 つまり、テスト週間に入ってしまったら、放課後に九条さんをお出かけに誘えないということなのだ。


 これは一大事。テスト週間に入る前に九条さんと一回は遊びたい! ということで俺は、放課後に九条さんの教室まで足を運んだ。


「九条さん!」


「あっ、桐崎くん。どうしたの?」


 駆け寄ってくる九条さん。呼んだら来てくれる。当たり前になりつつあるけど、嬉しいことだよな。


「あ、あのさ、今日の放課後、どっか寄り道とかしない? あ、アイスクリームとか!」


 勇気を振り絞り、脇を締めながら誘う。すると、九条さんは目を輝かせた。しかし、すぐに沈んだ表情を見せる。


「ごめんなさい。行きたいけど、テスト勉強しないと」


「えっ? まだ、テスト週間前だけど」


 九条さんの煮え切らない回答に、疑問を浮かべる。すると九条さんは首を横に振った。


「その……中間テストの成績があまり良くなくて、これ以上は落とせないの」


「そっかぁ。ちなみに何位だったの?」


「8位だよ」


 ん? 8位って、悪い成績だったっけ? 36位の俺は極悪だということになるのでは。


「いやいや、かなり良くない? え? 学年でだよね?」


 焦りながら聞くと、九条さんはコクリと小さく頷く。


「お母さんとの約束なの。卒業まで、学年一桁以内をキープする。そして良い大学に入る。それが、この学校に入学させてもらう条件だから、頑張らないと」


 はぇ〜。厳しいなぁ。そういえば、如月さんが言っていたな。九条さん、最初はこの高校を受験する予定ではなかったって。恐らく、当初の予定では超難関高校行く予定だったとかなんだろうな。


「そっか! それじゃ、しょうがないね。テスト頑張ろうね!」


 残念。だけど、約束なら果たさなきゃいけないよね。九条さんが頑張るんだ。邪魔しちゃいけないし、応援すべきだよな。


 九条さんに笑顔を見せて、俺は自分の教室に戻った。すると、美来が俺の元にやってきた。


「あれ一人? どした? フラれた?」


「いや、その言い方。まあ、そんなところ。九条さん、一足先にテスト週間なんだってさ」


 そう言うと、美来は口を大きく開けて驚いた様子を見せる。


「ええ?! もう? まあ、真面目そうだもんね」


「まあね」


 本当、真面目だと思う。俺だったら今日くらいいいかな! なんて考えちゃいそうだし。


 さて、帰るか。鞄を背負って教室出口の方を向く。すると、美来に肩を掴まれた。急に掴んでグイッと引き寄せるものだから、倒れそうになる。


 いきなりなんだよ。そう思いながら、美来の顔を見る。すると、何やら考えがあるのか、口角を上げて、したり顔をしていた。


「ねえ、冬馬。テスト週間中でも、友達とかと一緒にできることってなーんだ?」


「はあ? なぞなぞか?」


「違う違う! もお……ピンときなさいよ! テスト勉強よ! 一緒にすればいいじゃない」


「なるほど!」


 その手があったか! 勉強もできて、九条さんと一緒に時間を過ごせる。一石二鳥とは、まさにこのこと!


 そうと分かれば、実行するのみ。善は急げと、美来にお礼を言って、再び九条さんの教室へ向かった。


 幸いなことに九条さんは、まだ教室に残っていた。安堵のため息を一息つき、再び九条さんを呼ぶ。


「九条さん!」


「あれ、桐崎くん? どうしたの?」


 不思議そうな表情を浮かべる九条さん。本日二回目のお誘い。緊張する。


「あ、あのさ。テスト勉強なんだけど、一緒にできないかなーなんて。あはは……」


 後頭部をかきながら言ってしまう。ビシッと誘えばいいのにと、少し後悔。


 と、自信なさげに九条さんの目を見ると、見開いた目で見つめ返してくれた。そして、嬉しそうな表情を浮かべてくれた。


「うん! 大丈夫だよ!」


 や、やった! やったぞー! 本当、美来には感謝だな!


 込み上げてくる嬉しさ。隠したいけど、隠せない。俺はニヤけた顔を隠そうと、九条さんに背を向けた。


「そ、それじゃあ、図書室行こっか!」


「うん!」


 こうして、図書室にやってきた俺と九条さん。図書室は、やっぱり静かだ。人はそこそこ多いのに、誰一人騒いでいない。


 図書室に入ってすぐのところには、沢山の長机が設置されている。俺と九条さんは、向かい合うようにして座った。


「よ、よし! じゃあ勉強始めよっか!」


「うん」


 俺は鞄から、宿題として出されたプリントを取り出す。九条さんは、数学の問題集を取り出した。


 そして筆記用具を用意。俺は九条さんに貰ったシャープと消しゴムを取り出す。九条さんは、なんと、俺が受験の時に渡したシャープを取り出した。


「あっ、まだ使ってくれてたんだ!」


 嬉しさのあまり、大きな声が出てしまう。すると九条さんは、慌てふためいた様子で、人差し指を唇に当てた。


「っと、ごめんごめん」


 周りを見渡し、ヘコヘコと頭を下げると、九条さんが小さく笑う。


「ふふ。まだまだ現役だよ。大事な物だから」


 そう言って優しい笑みを浮かべる九条さん。大事な物か。なんだか嬉しいな。


 そらから、黙々と互いの勉強を進めていく。途中、俺は目線だけを九条さんに向けて、顔を盗み見てしまう。


 集中している九条さん。綺麗だな。どこか儚い雰囲気を醸し出していて、髪を耳にかける度に、胸が高鳴ってしまう。こうして、一緒に勉強できるなんて、本当幸せだよな。


 シャープの芯がノートに擦れる音だけが響く図書室内。しばらくして、宿題を片付けた俺は、伸びをしながら時計を見る。


 結構集中したな。でもまだまだ! 九条さん、まだ勉強してるし。俺もテスト対策始めよう!


 そう思い、俺も数学の問題集を取り出す。そして、テスト範囲にあたる単元の、応用問題に挑戦してみた。


 むむむ……。やはり、応用というだけあって、難しいな。


 シャープの消しゴムカバーを、こめかみに当てながら悩む。すると、九条さんが顔を上げた。


「どうしたの?」


「ん? あ、いやー、ちょっと躓いてね」


 そう言って苦笑いすると、九条さんは少し身を乗り出す。


「あ、ここはね……」


 九条さんが懇切丁寧に説明をしてくれる。答えを言うのではなく、ヒントをくれるような感じ。ジワジワと理解ができて、最後は「あっ!」と言いたくなるような気付きが生まれた。


「九条さん、教えるの上手いね!」


「そ、そんな! あ、ありがとう」


 頬を紅潮させる九条さん。褒められるのには弱いのかな?


 それから九条さんは、ちょこちょこと俺の面倒を見てくれた。そのお陰か、数学はバッチリいけそうな気がしてきた。


「ごめんね。なんか、教えてもらってばかりで」


「ううん、いいの。桐崎くん、真剣に聞いてくれるから、すごく楽しい。それに解説してるとね、自分が何となくで理解してたことが、浮き彫りになったりして、寧ろ勉強になるの」


「そっか! ありがとう!」


 それから、お互いの切りがつくまで、勉強をした。気付けば、窓から入る光はオレンジ色に染まっていて、周りの人はいなくなっていた。


「んー、いっぱい勉強できたー!」


 伸びをしながら言う。すると九条さんは小さく笑ってくれた。


「ふふ、お疲れ様。私も集中できて、すごい充実感」


「だね! さて、帰ろっか!」


「うん!」


 荷物をまとめて図書室を出て行く。そして、お互い無言のまま廊下を歩いて行く。気づけば、昇降口に着いてしまった。


 今日はもう、お別れか。結構長いこと一緒にいたから、なんか別れ難いな。もう少し、一緒にいたいよ。


「あ、あのさ、九条さん」


 思った以上に出ない声。声が小さかったせいか、九条さんは顔に疑問を浮かべている。


「その……途中まで、一緒に帰れないかな」


 目を伏せながら誘ってしまう。


「うん! 帰ろっ」


 目線を上げれば、九条さんは、ニコッと笑顔を向けてくれていた。胸の奥がくすぐったくなる。


 こうして俺は、途中までの道のりを楽しんだ。一緒にいられる時間の延長。それもあっという間に終わってしまった。


「それじゃまたね」


「うん! またね!」


 俺が手を挙げると、九条さんは、手をヒラヒラと振ってくれる。そして俺に背を向けた。


「九条さん!」


 咄嗟に出た声。思わず呼び止めてしまった。不思議そうな顔で、振り返る九条さん。


 ドキドキする。夕日をバックに笑みを見せる、その儚げな立ち姿。伝えたいことは沢山あるのに、どんな言葉を並べればいいか分からなくなってしまう。


「ま、また明日! 明日も一緒に勉強しよっ!」


「うん!」


 満面の笑みを浮かべ、頷く九条さん。別れ難さからくる寂しさも、明日また会える喜びが塗りつぶしてくれた。

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