第20話 ジンクス
ここ二日くらいだろうか。放課後とかに、春輝の机の上に手を置いている人をよく見る。ただ机に手を乗せて、何をするわけでもなく去っていく。
いったい何がしたいんだ?
そんな疑問を浮かべながら腕を組む朝。一人唸っていると、五美が俺の元にやってきた。
「桐崎! はよっす!」
「おぉ、おはよ。どした?」
いやらしい笑みを浮かべる五美。これは良からぬことを考えているに違いない。
「なあなあ、最近流行りのジンクス。桐崎は試したか?」
「ジンクス? なにそれ?」
「かーっ! やっぱしかーっ! しょうがない! 教えちゃる!」
「はあ……」
掌底を額に当てて、上を向く五美。その露骨なしょうがない感に、ため息が出てしまう。
「なんでもよ。右手に好きな人のイニシャルを書いた紙を持ちながら、好きな人の机に五秒間、左手を置くと思いが届くだとか」
「あー、そういう系か」
よくあるやつだ。中学の時もあったな。携帯電話の待ち受けを、金髪の歌手の画像に設定すると幸せが訪れるだとか。
と、少し呆れながら返事をすると、五美がまたいやらしい顔をして鼻の下を擦り始めた。
「そんでよ。今さっき、希ちゃんの机を触りに行ったわけよ。そしたら、偶然にも希ちゃんに見られてよぉ。へへ、そしたら『何してるの? キモいんですけど?』だってさ。あぁ〜ゾクゾクしちゃったな。希ちゃん、雰囲気変わったけど、あの感じの方が俺的にはグッドなんだよなぁ」
なんか語りだしたな。五美、そいうい趣味があったとは……。というか雪村さん、素を出し始めてるみたいだ。なんか嬉しい。
「てか、五美。それ、早速思い届かない感、出てない?」
俺がそう問うと、五美はやれやれと言いたげなポーズをとって、首を横に振る。
「ったく、これだから。いいか? 桐崎ボーイ。女の子って照れ隠しするもんなんだよ。本心を隠すために、思ってないこと言っちゃったりするの! つまり希ちゃんは、俺が好き。証明終了!」
「はぁ……」
訳が分からない。しかし突っ込んでも五美には敵わないだろうな。ここは、適当に相槌を打っておこう。
しかしジンクス……か。まあ、それで思いが届くなら苦労しないよな。でも……やるだけ、やってみても……なんて。
それから本日も学校生活が始まるのだが、授業間の休憩や昼休憩の時、机に触れている人をやたら発見した。
ジンクスの力すげぇ……。女子は春輝や他の人気男子の机を触り、男子は教室を勢いよく飛び出したりで大忙し。勿論、俺の机に触れる人なんて一人もいない。
そしてやってきた放課後。ここまで来ると俺もやってみたい……なんていう、ちょっとした思いが出てきた。
ノートの端っこを小さく切って、シャープペンシルを握る。そして【K.M】と書いてみた。
なっ……何してんだよ俺!
すっごく恥ずかしくなってしまった。思わず顔を埋めてしまう。そして、顔をガバッと上げる。
誰も見てないよな?
辺りをキョロキョロと見渡してみる。よし、誰も俺を見ていない。春輝は美来とお喋り中だし。助かった……。
と、安堵のため息をつくと、お喋りが終わった春輝と美来が俺の元に来た。
「さて、帰ろ」
美来が微笑みながら言う。俺は紙切れをそっとポケットにしまった。
「あー、ごめん。ちょっとお腹痛いからさ、先帰っててよ」
引きつった笑顔を向けてみる。すると、春輝が心配そうな表情を浮かべた。
「大丈夫か? 別に待っててもいいよ」
「い、いや! そんな
身振り手振り激しく訴える。すると美来は目を細めた。
「ふーん。ま、いいけど。んじゃ春輝帰ろっか」
「おう。じゃあまた明日な」
こうして春輝と美来は教室を出ていった。咄嗟の思いつきで二人を帰してしまった。こうなったら実行するしかない!
一旦、深呼吸をして時間を置く。そして教室の扉から顔だけを覗かせ、知人がいないことを確認した。
よ、よし行くか!
九条さんの教室、六組を目指して歩いていく。足を進めるたびに心臓がバクバクとし始めた。
や、やましい事をしようとしている。そんな自覚があるのだろう。胸の奥がツーンとなって、口の中がカラカラになる。
そして、六組に着いた俺は、教室を覗く。
な、なんだ。この光景は……。
驚く事に、九条さんの机を四人の男子が囲んでいた。それぞれが左手を机に置いてるせいか、儀式のような光景になっている。
そして、また違う机でも同じような光景が。恐らく如月さんの席であろう……。
はぁ……さすがは四天王ということなのか。あの中に入っていく勇気は、俺にはない。帰りましょう。
残念だな。そんな思いを胸に、トボトボと廊下を歩いていく。そして、自分の教室前に着いた俺は、入り口で立ち止まってしまった。
なんと、教室内に九条さんがいるのだ。そしてなぜか、俺の机の前に立って、握り合わせた両手を胸に押し当ててる。
「九条さん! 何してるの!」
「き、き、桐崎くん?!」
俺が急に声をかけてしまったせいか、異様な驚き様の九条さん。見開いた目を俺に向けて、サッと両手を後ろに隠した。
こんな所で九条さんに会えるとは! ラッキー! そんな嬉しさを噛み締めながら九条さんの元へ行く。
「どうしたの? 何か用があった?」
ニコニコと嬉しい笑顔を向けながら聞くと、九条さんは力強く何度も首を縦に振る。
「そっか! まだ帰らんで良かった! それでどうしたの?」
「え、えっとね。その……何でもないのっ!」
若干涙目になりながら前のめりになる九条さん。用があるのにないとはいったい……。
「そ、そっか!」
なんて返せば良いのか分からない。苦笑いしながら言うと、九条さんは口を結んで俯いてしまった。
ヤバイヤバイ。返答間違えたかも……。話を変えねば!
「あっ! そうだ! 折角だしさ、そ、その、一緒に帰りませんか?!」
また謎の敬語が出てしまった! 前のめりになって誘ってみる。すると九条さんは、目を泳がせた。そして、深々と頭を下げる。
「ご、ごめんなさい! 駄目なのっ!」
えぇーっ?! 断られちゃったよ。心が砕ける音が、聞こえた気がした。
「そ、そっか! そ、それじゃまたね!」
「う、うん!」
できる限りスマイル。手を振って別れの挨拶をすると、九条さんは左手をヒラヒラと振ってくれた。
はあ……。ごめんなさいに駄目か。駄目ってなんだろう……。
い、いや、一回断られただけだ。それに好感度はまだ100。めげることはない! でも凹むなぁ……。
肩を落として一人帰るのであった。
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