第10話 ヒーロー
とある休日、俺はベッドの上で仰向けになりながら思った。
九条さんに少しでもカッコいいと思われたい!
では、カッコいい男の人とは何だろうか。ワイルドで危険な匂いのする人? アイドルのような、中性的で笑顔が可愛い人? はたまた春輝みたいな人だろうか。
確かにどれも魅力溢れるカッコいい男だろう。だが、俺が目指せるカッコいいはどこなのか。というか、九条さんの好みはどんな男なのか。
んー、分からない。聞くわけにもいかないしな。
取り敢えず、顔や体型は直ぐに変えられるものでもないので、髪型だけでもと思い、スマートフォンで流行りの髪型を調べてみた。
流行りと言っても沢山あるんだな。簡単に調べただけでも、何十種類ものヘアスタイルが紹介されていた。これでは、参考も何も余計に混乱するだけだ。
スマートフォンの画面を切って起き上がる。やはり、実際にいじってみるほうが早そうだな。
というわけで、俺は近くの薬局にやってきた。そしてヘアワックスを求め、男性化粧品の場所へ。すると
「お、春輝! よっす!」
「ん? おぉ、冬馬。どうした、珍しいな」
なんとそこには、春輝がいた。春輝も男性化粧品を買いに来たのだろうか。
「いやー、ワックスに挑戦しようかなと」
思わず後頭部をかいてしまう。なんだか照れ臭い。
「なるほどな。俺も買いに来たんだ。一緒に見ようぜ」
「おう!」
それから春輝のアドバイスを貰いながら、色々とワックスを見ていた。曰く、どういうヘアスタイルにしたいかとか、自分の髪質や長さで選ぶのがいいらしい。とは言っても、よく分からないので、取り敢えず春輝が使ってるやつを選んでみた。
「よし、これで試してみるわ。サンキューな!」
そう言って歯を見せると、春輝は優しく微笑んでくれた。そして買い物を済ませた俺と春輝は、家に向かって歩いていく。するとその途中、春輝は急に思い立ったかのような口ぶりで話しだす。
「なあ冬馬、今からうち来ないか? ワックスの使い方教えるよ」
「おぉ! それはありがたい!」
こうして俺は春輝の家にお邪魔することに。春輝の家は、なんというか綺麗だ。二階建ての家で小さな庭もある。そこでガーデニングなんかもしてるから、余計に綺麗に見えるのかも。
家に入ると、まずは春輝の部屋に招かれた。四角いガラステーブルの上に買ったものを置いて、一旦くつろぐことに。
「いやー、相変わらずオシャレだなー」
「はは、そんなことないよ」
そうは言うが、物が整理整頓されていて、掃除もしっかりしてある。俺の部屋なんて、突風でも吹いたのかってくらい雑誌が散らばってるから、恥ずかしくなってくる。
と、春輝の部屋を見渡していると写真立てが目に入った。デスクの隅に置かれているその写真には、幼稚園の頃の俺と美来と春輝が肩を組んでいる姿が写っていた。
「あの写真、懐かしいな。運動会のやつか?」
「ああ、そうだよ」
春輝はそう言うと、立ち上がって写真を手に取った。そして、俺に背を向けながら話しだす。
「なあ、冬馬。覚えてるか? 小さい頃の俺は、運動が苦手だったの」
「あー、そうだったね」
今でこそ、春輝はスポーツ万能で、体育の授業でも活躍するくらいなんだが、昔は体が弱くて運動が苦手だったんだよな。運動会でも、よくビリになってたのを思い出した。
俺が相槌を打つと、春輝は写真を持ったままテーブルに戻ってきた。そして写真を見つめながら続ける。
「ドッヂボールはすぐに当てられるし、投げる球も弱くてさ。鬼ごっこなんかは、誰にも追いつけずに、よく泣いてた」
「そうだったな。でも、今はスポーツ得意になったよな! こう、なんて言うか、能力の覚醒? みたいなやつかな!」
そう半分おちゃらけて言うと、春輝は優しい笑みを浮かべながら首を横に振る。
「これも全部、冬馬のおかげなんだ」
「え?」
俺のおかげ? 俺と春輝が運動できるようになったことに、どんな関係があるんだ?
「はは、覚えてないか。俺からすれば、冬馬は本当ヒーローだったんだぜ? 俺がいると、ドッヂボールも鬼ごっこもつまらなくなるって言って、みんなが俺を仲間外れにする中、冬馬だけは手を取ってくれた。ドッヂボールじゃ取った球を俺に譲ってくれたり、鬼ごっこの時は、わざと捕まってくれて鬼になってくれたり。本当すげぇ、嬉しかった」
春輝はそう言って、照れ臭そうに笑った。なんというか、俺まで照れ臭くなってくる。
「そんなの、普通だろ。みんなで楽しめないものを、俺は遊びだなんて思いたくないし」
「それでも俺にとっては特別だったんだよ。だからさ、あの時決めたんだ。俺も冬馬みたいな人を目指そうって。それから習い事をいっぱいした。水泳とか柔術、それにバスケ。だから今は、それなりにやれてる」
そういえば、いつからか春輝は習い事があるって言って、遊べる時間が減った時があったな。
「そっか。んまあ、俺からすれば、春輝のほうがヒーローみたいな感じだけどね。一番憧れてるっていうかな」
そう言ってしまった後に思う。滅茶苦茶恥ずかしい。だけど、春輝は真面目な顔して聞いてくれていた。そして、「ありがとう」と言うと、目を逸らしながら鼻の下を擦る。
「冬馬、今度は俺の番だ。いっぱい頼ってほしい。手助けできることがあるなら、何でも言ってほしいんだ」
「おう!」
俺は恥ずかしさを隠すように、歯を見せながらサムズアップした。美来が言っていた、春輝は俺に甘いっていうのも、こういうことだったんだな。
「んじゃ、早速ワックスの付け方教えてよ」
「よし、んじゃ洗面台行くか」
それから洗面台に行った俺は、早速ワックスの付け方を教えてもらうことに。春輝が指で軽くワックスをすくって、手に馴染ませる。そして、俺の髪を摘んだり、指の間で挟むようにして持ち上げたりしてくれた。
「こんな感じかな」
「おお!」
鏡を見て思う。ヘアスタイル一つでこんなにも雰囲気が変わるのかと。雰囲気だけでもイケメンに。これって結構大事だな。
目を輝かせ感動していると、鏡には優しい笑みを浮かべる春輝が映っていた。
「いやー、なんか楽しくなるな。ありがとう春輝!」
「はは、良かった良かった」
いやー、家で悩んでたのが馬鹿らしいな。最初っから春輝に相談しとけば良かったな。
九条さん、少しでもカッコいいって思ってくれるかな。あー早く学校行きたい!
それから、春輝にコツとかを教えてもらって、家に帰った。リビングに入れば、俺を見た母さんが「お? 少しは色気付いたか」なんて、からかってきた。
そうだ。俺もそんな年頃だ。もっと早く気づきたかったな。本当楽しい。胸の奥を筆の先っぽで撫でられるような、そんなくすぐったさ。
こんな気持ちを知れただけでも、俺は幸せ者だな。
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