第8話 如月結衣2
とうとう放課後がやってきた。九条さんが教室まで迎えにきてくれるという事で、俺は一人静かに席に座っていた。そんな俺に対して、美来と春輝はニヤニヤとした含みのある笑みを向け、先に教室を出て行った。
あー、すごい緊張する。
教室に残ってる人数は半分くらいだろうか。チラチラと忙しなく廊下を見てしまう。まだかなと考えていると、九条さんがやってきた。
「桐崎くん!」
名前を呼ばれ、俺はビシッと真っ直ぐに手を挙げる。そして、九条さんの元へ駆けていった。
俺の目を捉えている九条さんの大きな目。そして、白くて潤いのありそうな肌に見惚れてしまう。と、ボーッとしていると、九条さんは不思議そうな顔をした。
「大丈夫?」
「え? おー、おう! よし、じゃあ行こっか!」
「うん!」
満面の笑みを浮かべる九条さん。俺もつられて笑顔になってしまう。この笑顔を絶やさない。これが今日のミッションだ。
とは言ったものの、早速無言のまま廊下を歩いていく。普段、友達と話すときは、何も考えなくても話題が浮かんでくるのに、こういう時って、マジで何も浮かばない。
ヤバイヤバイ。そう焦っていると九条さんが口を開く。
「二人だと、緊張しちゃうね」
そう言って、照れたような笑みを向ける九条さん。緊張しているのは、俺だけじゃなかったんだな。その緊張は俺が解かないとダメだろ。
「うん。俺もすごい緊張してる。あっ、でも変に気を使わなくていいから! 歩いてるだけで楽しいというか!」
必死になって言うと、九条さんは可笑しそうに笑ってくれた。これで少しは気まずさもなくなるといいんだけど。
その後もたいした会話もできずに、学校を後にした俺と九条さん。そこからは九条さんの案内でソフトクリームの移動販売車がいるとされる場所へ向かった。
五分くらいだろうか。しばらく歩くと九条さんが前方を指差した。その先を見てみると、カラフルな旗と看板で存在感をアピールしている移動販売車があった。
車の前には、白い丸机が二つほど設置されていて、その場で食べることもできそうだった。
早速、店員のお姉さんに注文をしようとメニューを見てみる。簡単に決めようかなと思っていたが、やけに色んな味が用意されていた。
「へぇー色々あるなあ。俺はバニラかな。バニラ一つお願いします」
超無難な味を選択。すると、九条さんも注文をする。
「キャラメルナッツをお願いします」
注文終えてお金を払うと、店員さんがソフトクリームを作り出す。慣れた手つきで作るその姿は、さすがはその道の人だなと思ってしまう。
そして、できたソフトクリームを受け取った俺と九条さんは、近くの席に座った。
では、早速一口。んっ! 美味い! このミルク感が濃厚な味。好きなんだよなー。それに冷たくて気持ちいい。
そんな感じで味に感動していると、九条さんも幸せそうな顔をしていた。
「いやー、美味しいね。九条さんがオススメするのも分かるよ」
「ふふ、嬉しい。桐崎くんにも気に入ってもらえて良かった」
楽しそうに笑う九条さん。可愛いな。なんか、デートみたいだ。そう思うと心臓が高鳴ってきた。心の中で思いが膨らんで、溢れ出しそう。
九条さん、好きだ。そんな思いをさらけ出したくなった。
「く、九条さん!」
背筋を伸ばして、拳を両膝に置いてしまう。
「どうしたの?」
俺の言い方が固いせいか、九条さんは不思議そうな表情を浮かべる。
「その……なんて言うか……。す、好……」
口が"す"の形から動かない。まるで、魔法にかかったかのように。
なんだか、頭がクラクラしてきた。汗も出てきたような気がする。勇気を出すんだ!
大きく息を吸い込んだ。そして、言葉を発しようとしたその時。
「桃華ーっ!」
大声のした方に顔が向く。なんとそこには、鬼の形相をした如月さんが、猛ダッシュでこちらに向かってきていた。
そして、俺たちの元に来ると、肩で息をしながら喋り始める。
「な、何してんのよ。あ、あんた、も、桃華に何したのよ。はぁ……はぁ……」
瞳孔が開ききっているような……。ヤバイ殺されそう。ふと目線を上げれば、如月さんの好感度がマイナス70に達していた。いや、九条さんと一緒にいるだけで嫌われるって、どういうことだよ。
「な、なにもしてないよ! アイスクリーム食べにきただけ!」
「何もしてないのに、食べにこられるわけないでしょっ!」
「えぇ……」
なんかよく分からない理不尽な言い分に返す言葉も見つからない。すると、慌てふためいた様子の九条さんが、立ち上がる。
「ゆ、結衣ちゃん、どうしたの?!」
「桃華、気をつけた方がいいわ。このケダモノに何されるか分からないわ!」
いや、ケダモノって……。なんでそこまで言われなきゃいけないんだ。というか、如月さんは俺の何を知っているんだ?
言われてばかりだと、流石に思うことが出てくる。俺は立ち上がって如月さんの前に行った。
「あのさ、俺は別に九条さんの嫌がることをしようだとか考えてないよ。ただ仲良くなりたいだけなんだよ」
真面目な顔して言ってみる。すると、如月さんは鼻で笑った。
「仲良くなりたいねぇ。なんで? 桃華が可愛いから? 見た目だけで態度変えてるんでしょ?」
「いや……それは……」
何も言い返せなかった。確かに、俺が仲良くなりたいって思ったキッカケは九条さんが可愛いからだ。
思わず目線が落ちる。すると、九条さんが俺と如月さんの間に入った。そして、真面目な顔を如月さんに向ける。
「結衣ちゃん、桐崎くんは誰にでも優しいよ」
九条さんがそう言った瞬間、如月さんはハッと息を飲み込む。そして目に涙を浮かべた。
「あ、あたしは、桃華のためにと思って……。桃華を守りたかっただけなのにっ! うぅっ……」
そう言って涙を一粒流すと、如月さんは走り去ってしまった。
「ゆ、結衣ちゃんっ!」
九条さんが手を伸ばす。しかし、その手は届かず如月さんは真っ直ぐに走っていってしまった。
ま、まずい。女の子を泣かせてしまった。追いかけなくちゃ。
「九条さん、ごめんっ!」
「私も行く!」
そう言って走りだすと、九条さんも走りだした。追いかけること十数メートル。如月さんの足は結構早く、見失ってしまった。住宅街の十字路で俺と九条さんは、辺りを見渡す。
「ど、どうしよう。私、酷いこと言っちゃったかな」
「大丈夫。きっと誤解してるだけだよ。話せば分かってくれるはず。……よし、手分けしよう」
そう言うと九条さんは力強く頷いてくれた。大丈夫。如月さんは誤解してるだけなんだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます