第7話 如月結衣1
九条さんにシャープと消しゴムを貰ってから、俺のスクールライフは劇的に変わった! 気がする。
まず、ノートを取るのが楽しい。これは学生として、かなりいいことのはず。
更にだ。廊下で九条さんとすれ違えば、挨拶もする様になってしまった。それに、毎日とはいかないが、お昼も一緒に食べたりするようになり、九条さんとの仲は確実に進んでいる気がした。
そんなある日。廊下を歩いていると、突然数メートル先にいる一人の女子に睨まれた。背は低く、亜麻色のサイドテールが特徴の女子。ふと頭上の好感度を見れば、マイナス50。
ま、マイナス?! 最低値は0じゃないのか?! それより、何故そんなに嫌われている……。
と、狼狽していると、その女子の元に、他の女子がやってきた。すると、先程まで殺意すら感じられるほどの目をしていた女子の表情が柔らかくなる。
「結衣ちゃん! 次、移動教室だよ? どしたの?」
「ううん。なんでもないの。ちょっとネズミがうろついてたからね」
そう言ってまたこちらを睨んできた結衣と呼ばれた女子。明らかに俺の事を言っているような……。待て、俺はあの子の事知らないぞ。そこまで睨まれるような覚えはないぞ!
身に覚えがない事ほど怖いものはない。俺は逃げるようにその場を去った。
教室に戻って自席に着く。そして、先程のことを思い出す。美来より怖い女子がいるとはな。何したか分からないが、謝った方がいいかもしれない。誤解なら早く解かないと。
そんな不安を抱いたまま迎えた昼休憩。購買に向かおうと廊下に出ると、九条さんがいた。
「桐崎くん、購買?」
「え! うん、そうだよ」
「そうなんだ。私も行こっかな」
そう言って九条さんは歯を見せた。その可愛すぎる笑顔に胸が高鳴ってしまう。頑張れ、俺。勇気を出すんだ!
「そ、それじゃさ、一緒に行こうよ」
恥ずかしさのあまり、顔を下に向けながら言ってしまった。チラッと目線だけを向ければ、九条さんは目を伏せて小さく頷いた。
二人並んで歩く廊下。緊張で何話していいか分からない。チラッと目線だけを向ければ、九条さんも目線だけを俺に向けていた。目が合えば、微笑む九条さん。
優しいな。気まずい思いしてないかな。俺が頑張らなくちゃ駄目だろ。
「九条さん!」
「は、はいっ!」
「その……好きな食べ物とかある?」
よりによって、何で好きな食べ物の話題なんだ。それに"とか"ってなんだよ。前のめりになってそう聞くと、九条さんは驚いたのか引いてるのか、強張った表情をする。
「え、えっと、最近はソフトクリームがマイブームなの」
「そ、そっか! ソフトクリーム、俺も好きだよ!」
また前のめりになって言うと、九条さんは頬を染めて口を結んだ。そして、サッと目を逸らして俯くと、モジモジと体を揺らし始めた。
「あ、あのね。最近、近くにソフトクリームの移動販売車が来てるの。その……よ、良かったら、一緒に行きませんかっ!」
「はっ、はいっ! 行きます!」
前のめりになって言う九条さん。それに食いつくように俺も前のめりになってしまった。すると、九条さんが満面の笑みを見せる。
「そ、それじゃ放課後行こっ」
「い、いきましょーっ!」
なんと放課後の約束をしてしまった。それに浮かれに浮かれてしまった俺は、購買で普段なら絶対買わないパンを買ってしまった。
そして、いつのまにか教室前まで戻って来ていた。九条さんと一緒に教室を覗くと、また何時ぞやみたいに俺の席周りに人が集まっていた。
「き、如月さん! どうしたの?」
「良かったら、お昼一緒にどう?」
如月さん? 聞いたことあるような無いような。と小首を傾げていると、横の九条さんが集まりに向かって走りだした。
「結衣ちゃん、どうしたの?」
ゆ、結衣? どこかで聞いたことあるような……。あっ! もしかして、好感度マイナス50の?!
蘇る恐怖。思わず一歩後ずさりする。すると、集団の中から、背の低い女子が出てきた。亜麻色のサイドテールに、つり目。やはり、あの人だ!
九条さんが話しかけると、顔を真っ赤に染めて、モジモジとしだす如月結衣さん。しかし俺と目が合うと、途端に眉間にしわを寄せて睨んできた。そして、こっちに歩いてきた。
「あんた、桃華にまとわりつくのやめなさいよ」
ドスの効いた声。なんか、ドス黒いオーラをまとっているような……。思わず、口角が引きつってしまう。返す言葉も発せずにいると、九条さんが駆け寄ってきた。
「あれ? 結衣ちゃんと桐崎くんって知り合い?」
「ううん。ただ最近、桃華とよくいるなーと思って。挨拶をしとかないとね」
そう言って、文字通り邪気のない笑顔を九条さんに向ける如月結衣さん。そしてまたこちらを向くと、目ん玉ひん剥いて睨んできた。
「それじゃ、よろしくね。桐崎くん?」
「ヒッ……」
そう言い残して、如月結衣さんは教室を出て行った。すると、九条さんが俺の方を向く。
「結衣ちゃん、わざわざ挨拶に来るなんて本当しっかりしてるなー」
「そ、そうだね」
まだ、口角が引きつっている。強張った表情でそう返すと、九条さんは俺の席の方へ歩いていった。すると今度は、クラスで割と親しい友人が寄ってきた。
「お、おい。お前、結衣ちゃんとも知り合いかよ」
「"も"ってなんだよ?」
俺がそう問うと、友人は呆れたようにため息をつく。
「本当、お前男か? 如月結衣ちゃんも四天王の一人だぞ?」
四天王?! だから聞いたことのある名前だったのか。確かに容姿レベルはかなり高い。だが、それを打ち消すほどの恐怖感が俺には植えつけられている。
「そ、そうだったな。いやーすまんすまん」
適当に返事すると、友人は嘆息する。
「ったく。いいか? 九条桃華ちゃん、如月結衣ちゃん、
「はいはい」
そう言って自席に戻る。四天王だか何だか知らないけど、あそこまで睨みを利かされると、可愛いだとかの感情が湧かないな。しかし、九条さんにまとわりつくなってなんだよ。俺は仲良くなろうとすることも許されないのか。ちょっと悲しくなる。
ため息をつきながら、パンの包装を破る。しかし、なんだこのパンは。なぜ買ってしまったのだ。嫌々口に運んでいると、美来が喋りだす。
「いやー、本当うちの男子って、なんでこうも欲望剥き出しなのかな」
そう言って呆れながらため息をつく美来。その横で、春輝はハハハと乾いた笑いを浮かべていた。
確かに美来の言う通りかも知れない。砂糖に群がる蟻っていうのがピンと来る。と、そんなことより、放課後のことだ。二人を誘おう。
「あのさ、今日の放課後なんだけど、二人空いてる?」
俺がそう聞くと、九条さんはハッとした顔をこちらに向けてきた。すると、美来がニヤリと口角を上げる。
「あー、確か今日、委員会があったような。んー、今日は無理かな」
すると、春輝も頷く。
「悪い、今日は用事がある」
「そっか」
残念だな。放課後に四人で遊ぶっていう夢が叶うと思ったのだが、用事なら仕方がない。
と、なると……俺と九条さんの二人で行くのか? えっ、二人?!
そこに気づいてしまった瞬間、心臓が高鳴る。いや、二人が行かないなら、また今度って可能性もなきにしもあらず。
「く、九条さん、放課後のことなんだけど、俺だけになりそうだけど、大丈夫そう?」
吃りながら聞いてしまう。拒否られたら、凹んじゃいそう。だが、それは杞憂だった。九条さんは口を結んでコクリと小さく頷いた。
「うん、大丈夫」
ふ、二人でもいいのか! いや、二人だからこそ、気を引き締めなければならないぞ。九条さんに嫌な思いをさせないようにせねばならん。頑張らなくちゃ……。
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