第6話 連絡してもいいよね2

 その日の夜。俺はずっとスマートフォンと睨めっこをしていた。夕ご飯を食べている時も、つい気になってしまったり、風呂もいつもより早く上がってしまったりと気が気じゃなかった。


 ベッドに寝転がりながらLaINの画面を眺める。


 連絡してみたいなー。キモいかな? それに何話すんだよ。特に用もないしな。


 トークルームを開いて、既読の付いたスタンプを眺める。


 九条さんから連絡きたりしないかな? いやいや、それはないだろ。はぁ……。


 何一つ落ち込む要素は無いはずなのに、気分が落ちてしまった。連絡先という繋がりを持った分、繋がりがないと心が苦しくなってしまう。


 いかんいかん! 気にしてもしょうがない! 何かあったときのための連絡先なんだ。それに友達とは言った手前、まだそこまで親しくないし。ゆっくり構えてれば良いんだよ。


 そう言い聞かせ、今日は寝た。無理矢理寝た。


 そして次の日の朝。ホームルームまでの時間をのんびりと過ごしていると、美来がやってきた。


「よっ、冬馬! スマホ出してみ?」


「え? あぁ」


 言われるがまま、ポケットからスマートフォンを取り出す。すると、美来が俺のスマートフォンをひったくった。


「お、おい! 何すんだよ」


 そう声を張ってみるが、美来は無視して俺のスマートフォンを操作する。


 なんで俺のパスコード知っているんだ。


 ま、いいやと諦める。すると、美来が目を見開いて、こっちを見てきた。


「ちょっと、何も話してないの?」


「何が?」


「LaINよ、LaIN!」


 そう言って美来がLaINのトーク画面を向けてくる。


「いや、話すも何も、用事とかないし」


「はあ? 用事とか、んなことはいいのよ。何ともないこと送ってみたりしなさいよ」


「いやいや、それはキモくない?」


「馬鹿ね。気の利いた事言おうとか、そうやってカッコつけてると話す機会なくなるよ? 昨日も言ったでしょ? まずは会話する習慣を作るの! 下手くそな挨拶でも何でもいいから」


「あ、挨拶か。ハードル高いな」


「別にいいじゃない。話せただけでも奇跡みたいなもんだし。LaINで失敗してもお釣りがくるわよ」


「だな。よしっ! なんかできそうな気がする!」


「そ、当たって砕けちまえばいいの。じゃね」


 そう言って美来は去っていった。相変わらず言葉はキツイけど、俺の事を考えてくれてるな。やっぱり、美来の存在はありがたい。


 美来のエールを胸に、決意を固めた俺はLaINを開く。そして九条さんとのトークルームを開いた。


 な、なに送ろうか。下手くそな挨拶でもいいと言われてもな。んー。


 そう唸っていると、今度は春輝がやってきた。隣の席に座ると、優しく微笑んでくれる。


「どした? さっき美来にすごい言われてたけど」


「いやー、九条さんにLaINしようと思ってさ。なに送ろうかなーって」


「なるほどな。まあ、初めは昨日の事とかでいいんじゃない? そっから話が広がれば、引き出しも多くなるよ」


「よ、よし! やってみる!」


 早速文字を打ち込む。そして、何度も文を読み返し、震える指で送信ボタンを押した。


【おはよう! 昨日は、連絡先交換してくれてありがとう。これから、よろしくね】


 送った後に何度も読み返してしまう。変じゃないよね? おかしくないよね?


 あまりに不安になった俺は、春輝の顔を見てしまう。すると、春輝は可笑しそうに笑った。


「ははは、冬馬落ち着けって。大丈夫だって」


「うぅ……。初めてなんだぞ。女子とのLaIN」


「美来は?」


「ノーカウントだ!」


 すると、LaINの通知音が鳴った。食いつくように開くと、九条さんから返信が来ていた。


【桐崎くん、おはよ! こちらこそありがとう! それと、よろしくね】


 このメッセージである。そして、赤面したウサギがピョンっと跳ねるスタンプが送られてきた。


 可愛い。可愛すぎる!


 嬉しさのあまり、腕に顔を埋める。すると、肩に優しく手が置かれた。


「やったな冬馬。頑張れよ」


「お、おうっ!」


 そう言ってビシッとサムズアップすると、春輝は微笑んでくれた。そして席を立つとどっかに行ってしまった。


 そ、そうだ。返信をしてみよう。挨拶の後は何て返せば……。いかん、深く考えるな! カッコつけてもしょうがないだろ。


【今日のお昼、また話に行ってもいいかな?】


 っと。どうかな? ガッつきすぎたか?!


 緊張のあまり、口の中がカラカラになる。高鳴る胸を抑えようと深呼吸をすると返信がきた。


【うん! 桐崎くんって浅宮さんと七瀬くんとお昼食べてるよね?】


【うん。そうだよ】


【だよね! 私も一緒に食べてもいいかな?】


 なん……だと?! 九条さんからお誘いが来るとは、一ミリも予想してなかった。


 目を見開き、もう一度読み返してみる。確かにお昼を共にしようと書いてある。


 あっ、それよりも返信しなくては。


【大歓迎だよ。美来と春輝にも伝えとくね】


 送信っと。すると、九条さんから、赤面したウサギがのたうち回るスタンプが送られてきた。


 それに既読を付けた俺は勢いよく立ち上がる。勿論行く先は、美来と春輝の元。


「聞いてくれ! 九条さんがお昼ご飯を一緒に食べようと言ってくれたぞ!」


 前のめりになってそう言うと、美来は「ふーん」と興味なさそうに言う。


「良かったじゃん。それじゃ今日から私と春輝でってことになるねー」


 そう言って春輝に笑顔を向ける美来。すると、なぜか春輝は困ったような顔をした。しかし、美来も早計だな。


「いや、俺たち四人でってことなんだけど」


「あっ、そういうこと」


 またも美来は他人事のように言う。その横では、春輝が一息ついていた。


 しかし、順調に俺の夢である、【四人仲良しになる】に一歩近づいたな。


 そんな嬉しさのあまり、授業もノリに乗る。そして迎えた昼休憩。九条さんがこの教室にやってくるということで、俺は鬼の速さで購買に出かけた。


 帰りもダッシュで戻ってくると、うちのクラスはヤケにざわついていた。入り口から顔を覗かせると、俺の席の周りに男子が集まっている。


「く、九条さん、お昼? ここの席座っていいかな?」

「バカか! この席は俺のだ」


 言い争う男子の声。すると、昔から聞いてきた女子の声が飛んでくる。


「うっさい! 九条さん困ってるでしょ? それに、そこは冬馬の席でしょうが」


 美来のやつ、俺以外にもそんな口の利き方するとは。取り敢えず、俺が行った方が良さそうだ。


 群がる男子を優しく退けて、自分の机にパンと飲み物を置く。そして、一言。


「悪い。今日は四人で食べるっていう約束なんだわ。定員オーバーだ」


 カッコつけて言ってみたが、効果はなし。むしろ、男子諸君の怒りを買ってしまったようで、敵意の眼差しが浴びせられた。その頭上の好感度がみるみる下がっていく。


 なんで一気に10も下がるんだ。プリント運んで2しか上がらなかったんだぞ。


 そう狼狽えていると、春輝と美来が立ち上がった。校内トップを誇るイケメンと、校内トップの狂犬(俺調べ)の只ならぬ威圧感に、男子たちは目を逸らし、散っていった。


「ふぅ、助かったよー」


 安堵のため息を吐くと、美来が呆れたようにため息を吐く。


「本当、頼りないわね」


「あはは……ごめんごめん」


 そう言って後頭部をかくと、九条さんはクスリと小さく笑った。そして、やっと始まったお昼ごはん。すると、美来が九条さんに話しかける。


「あのさ、二人から聞いたんだけど、受験の時、冬馬に筆記用具貸してもらったんだって?」


「うん。それについてお礼がしたかったんだけど、中々話しかけられなくて」


 モゾモゾと体を揺らしながら言う九条さん。何故か照れているような雰囲気だ。俺が不思議に思っていると、美来は豪快に笑いだす。


「あはは、迷うことないのに。冬馬だよ? 冬馬!」


「おい、俺なら何したっていいみたいなのやめろよな」


 反射的にツッコむと、九条さんは口を結んで俯いてしまった。そして、小さな声で話しだす。


「そ、その……。それで桐崎くんに、お礼を持ってきたの」


「お礼?」


「うん。これなんだけど」


 そう言って九条さんは小さな紙袋を出した。そしてそれを俺の方に差し出す。


「えっ?! そ、そんな気使わなくていいのに!」


「も、もらってほしいの」


 何故か紅潮している九条さん。美来と春輝は横でニヤニヤと意地の悪そうな顔をしている。


「そ、それじゃ頂きます!」


 またも敬語が出てしまった。紙袋を受け取り、包装を丁寧に剥がすと、中からシャープペンシルと消しゴムが出てきた。しかも良いやつ。


「えっ、これくれるの?」


 俺がそう聞くと、九条さんは力強く二回頷いた。すると、美来が何かを思い出したかのような顔をする。


「そういえば、冬馬から貸してもらったシャープとかは?」


 その問いに九条さんは、目を泳がせる。なんか、すごい動揺しているような。


「あー、別に良いよ。あげるつもりで貸したし。九条さん、気にしなくて良いよ」


 そう言って笑顔を向けると、九条さんはまたも力強く何度も頷いた。


 しかし、お礼か! 最高だな!


 こうして、人生最大にして最高のお昼休みを終えたのであった。

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