第5話 連絡してもいいよね1

 九条さんに友達認定してもらった次の日。俺は自席に座りながら、朝からソワソワしていた。


 友達かー。遊んだりできるのかな? いや、それはまだ早いか。いや、しかし友達に早いとか遅いとかあるのか? あるかもしれない。


 頭を抱え、机に額をぶつけると、お節介系女子の美来がやってきた。


「さっきから、うっさい! ゴンゴン打ち付けて、アホじゃないの?」


「す、すまん。無意識に……」


 すると、美来は理解不能とでも言いたいのか、額に指を当てて首を横に振った。


「どうせ、九条さんでしょ? 迷ってないで話しかければいいじゃん」


「そうしたい! そうしたいんたが、勇気が出なくてなー。朝、声かけてみようと思ってもやっぱ、昼にしようかななんて思えてさ」


「そうやって先送りしてると、いつの間にか声掛けづらくなるよ? それに九条さんも、そんな期待とかしてないでしょ?」


「ぐぬぬ。確かにな」


 美来は痛いとこ突いてくるなー。しかし正しいと思う。九条さんからすれば、一男子から話しかけられる程度だろうしな。


「よし! んじゃ昼行くわ!」


「結局、昼ですか。あー、それじゃあさ私も一緒に行くよ。私も仲良くなりたいし」


「おお! そうだな。行こう!」


 いつか四人で遊んだりしたいと思う俺には好都合だ。まあ、美来は俺以外には優しいし、仲良くなれるだろう。


 目をギラつかせながら、前のめりになると、美来が呆れた顔をする。


「言っとくけど、手助けはしないからね」


「勿論! そうだ、春輝も連れてこう! みんなで仲良くなれれば最高だしな!」


「えっ……あーそうだね。春輝もね。うん……」


 俺の提案に、美来はなぜかバツが悪そうな態度を見せる。春輝だけ仲間外れだなんて、よくないだろ。


 と、美来の態度に疑問を浮かべていると、美来は「そ、それじゃ昼ね」と言って足早に去っていった。その去り際、美来の好感度が100から98に下がってしまった。


 おかしな奴。


 そして、とうとう昼がやってきた。心臓さんがいつもと違う動きをしている気がする。逸る気持ちを抑え、取り敢えずお昼ご飯を食べ始めた。


 そしてお昼を食べ終えたわけだが、まだモグモグと口を動かしている美来と春輝。こういう時って、異様にその動作が遅く感じてしまう。急かしたいけど、それは違うと一人ソワソワしていた。


 会ったら何話そうかな。いや、まずは第一声、どうしようか。おはよう? いや、昼だし、こんにちはか。いや、それもおかしいか。


 顎に手を添えて一人唸っていると、美来が俺の机をトントンと軽く叩いた。


「ほら、何ぼけっとしてんの。行くよ」


「え? おお!」


 こうして、昼ごはんを終えた俺たちは一年六組へ。教室内を覗くと、九条さんはお友達と一緒に食後の談笑をしていた。


 ヤバイ……。あの集団に割って入らなきゃいけないのか。考えてなかった。


 相変わらずヘタレな俺は、教室入り口で逡巡してしまう。すると、春輝も教室を覗き込んだ。その瞬間、教室内の女子の視線が一斉にこちらへ飛んできた。勿論、春輝にだが。


 あの人たち、センサでも付いているのか? と異様な光景に呆れていると、九条さんと目が合った。反射的に軽く手を挙げると、九条さんは優しく微笑んで席を立った。


「どうしたの?」


 ご機嫌な様子の九条さんが、問いかけてくる。


「いや、特に用事というか、そういうのは……。あっ、そうそう美来と春輝を紹介しようと思って!」


 そう言うと、美来と春輝が九条さんに挨拶がわりの笑顔を向ける。


「私は浅宮美来。冬馬と春輝とは幼稚園からの仲なの。よろしくね。あっ、冬馬になんかされたら、直ぐに報告してよね。しっかり、灸を据えておくから」


 美来のやつ、なんてことを言うんだ。キッと睨んでみるが無視されてしまった。すると美来の自己紹介に対して、九条さんは優しい声音で「お願いします」と返事をした。


 どっちの意味のお願いしますなんだ……。すると、次は春輝が自己紹介をする。


「俺は七瀬春輝。昨日も話したけどね。美来が言ってくれたように俺たち幼馴染なんだ。よろしくな」


 そう言って爽やかな笑みを浮かべる春輝。九条さんも笑顔を返して、自己紹介タイムが終わった。


 この一連の流れで、ものの一分と言ったところか。もう用事はない。ここにいたいけど、いる理由がない。気まずくなってしまった俺は、「それじゃ」と言って自分の教室に戻ろうとした。すると


「き、桐崎くん!」


「はいっ!」


 緊迫感のある声で呼び止められた。振り向けば、九条さんが俺をまっすぐ見ている。


「あ、あの、桐崎くんはLaINやってますか?」


「え? あぁ、やってるよ」


 LaINとはトークアプリで、スマートフォンを持っている人なら大概インストールしている。


「その、良かったら教えてください!」


 九条さんはそう言い切ると、両手で持ったスマートフォンを前に突き出してきた。その一生のお願い並みの鬼気迫る様子に、狼狽えてしまう。


「も、勿論! その、お願いしますっ!」


 そういう俺もあまりの嬉しさに、深々と頭を下げてしまう。ゆっくりと頭を上げると、口角を上げた九条さんが、登録用のQRコード画面を出してスタンバッていた。


 これは現実なのか?! 俺は震える手でスマートフォンを操作し、QRコードを読み取る。すると、画面に九条桃華という名前と、九条さんの写真アイコンが出てきた。


 友達と一緒に楽しそうに笑ってる写真。これはどこの観光地だろうか。そんなことを考えていると、九条さんが俺に声をかける。


「あ、あの、簡単なメッセージ貰えますか?」


「う、うん! 送るね!」


 九条さんとのトークルームを開き考える。何を送ろうか。そう悩んだ末、苦し紛れに【おはよう】スタンプを一個送った。すると九条さんは、俺のアカウントの登録作業をし始めた。


「桐崎くんたち、本当仲いいんだね」


 そう言って笑顔を向ける九条さん。きっと俺の写真アイコンについてだろう。俺たち幼馴染組が体を使ってアルファベットを表現している写真。結構気に入っている。


 俺は「まあね」と答えてスマートフォンをポケットにしまった。


「そ、それじゃ戻るね。後で美来と春輝の連絡先も送るよ」


「よろしくお願いします」


 そう言って九条さんが軽く頭を下げた。連絡先の交換ができて嬉しい。けど、気になる点が一つ。


「あ、あのさ。俺達タメなわけだし、その……敬語はっていうか、あはは」


 ハッキリモノを言え。そう自分に言ってやりたいと考えていると、九条さんが可笑しそうに笑う。


「ふふ、そうだよね。うん! それじゃ、改めてよろしくね」


「うん! よろしくお願いしまっす!」


 そう声を張ると、九条さんはまた可笑しそうに笑ってくれた。


「ふふ、早速敬語になってる」


「あはは。そ、それじゃ戻るね。また!」


「うん!」


 教室までの帰り道。嬉しさのあまり、頬が緩んでしまう。すると、横にいる美来が悪戯っぽい笑顔を向けてきた。


「まー、見せつけちゃってくれるね。痒くなりそうだったよ」


「なっ、別に普通だったろ!」


 俺がムキになって答えると、春輝が笑いだす。


「あはは。でも美来の言うことは分かるよ。あんな冬馬見たの初めてだし、見ててこそばゆかったよ」


「春輝まで、言うのか。やめてくれよな」


 本当恥ずかしい。たかが、連絡先の交換でここまで言われるなんてな。しかし、九条さんの連絡先を手に入れてしまった。これは本格的にヤバイやつ。


 思わずスマートフォンを取り出す。そしてLaINを開いて、九条さんの名前をタップしてしまう。そう、今俺の連絡先リストに、あの九条さんがいる。


 それから教室に戻った俺は、九条さんの連絡先を美来と春輝に展開した。いつかはグループトークとかしたいよな。


 そんな妄想を抱きながら、迎えた午後の授業。勿論、上の空で集中できなかった。

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