ユメミ森 通行管理小屋

きし あきら

ユメミ森 通行管理小屋

 ……はい、いらっしゃい。「ユメミ森 通行管理小屋」へ、ようこそ……、お客さん、もしもし。ここだ、こっちだよ。目の前のカウンター。もっと近くにきて。そして見て。怖くないから。……そうもう少し……分かった? はい、こんにちは。どうもね。表の看板読んだ? 書いてあったろ、小人ドワーフがいますって。……え、思ったより小さかったって? なんてこった……それ、よそじゃ言わないほうがいい。特に城下の酒場なんかじゃ……おれより小さい、マッチ箱みたいなやつもいるんだからな。火を吹かれたくなけりゃ……な、お客さんもいまから、ユメミ森を抜けて城下にいくんだろう。ちょっとした気づかいってのが、旅では重要なんだ。……うんうん。じゃ、通行許可証を出して。ここにサインを。ペンはこれ。……うん、なんて読むんだ……異国の名前だな。洒落た発音じゃないか。ふうん……。ああ、それから手数料が500ドリーだ。…………聞いてない? 許可証を発行した役場で教わらなかったのか。知らない? とにかく持ってないのか? ない? 困ったな……。手数料がなけりゃ柵を開けるわけにはいかないんだ。……なんだ? 飛行機械バード? なんで駄目なのかって、んなこた知らないよ。大方、国王さんがエンジンぎらいってとこじゃないのか。驚くことに、あそこじゃエンジンもモーターも、コンベアでさえも禁止されてるんだぜ。そのうち歯車とかもなくなるんじゃないか。いや、知らないけどな。……で、500ドリーは、どうするんだ、お客さん。……ああ、看板には書いてなかったな。うん、そうだな……あとで張り紙でもしておくかな。…………悪かったよ。じゃ仕方がない。代わりにブツで置いていってもらおうか、ブツで。……そうだな、お客さんの……爪でいいよ。……え、なに……ディディおばか、はがしたりするもんか。ここに爪切りがある。おれはこう見えて、痛いのが大嫌いなんだ。かわいそうだろ、ひどいことするのは。だからほら、手を出しな。……自分でやる? 分かったよ。……はい。…………はい、どうもね。……うん、いい感じだ、あんたの爪の切りかた……長いあいだやってきてるんだろう。そうだよな。分かるぜ。じゃあ、これで手数料は免除ということで、……なに? なにに使うのかって、聞くのか、それを。商売屋の稼ぎを商売屋がどう使おうと、いいじゃねえか、な。……頬がゆるんでる? 気のせいだよ。あんた、出発するんじゃないのか。……ああ、右の壁伝いに行った柵の向こうが、もうユメミ森だよ。手続きは終わった。支度をしてさっさと…………待て、待てまてまてまて。なんでそのまま行こうとするんだ! 懐中灯トーチは? ……あんた……からかってるのか? もしくは、どこかと勘違いしてるのか? ……あのな、いいか! 帽子ハットと! ズックと! 背鞄ザックと! 懐中灯トーチ! これらは森を行くうえでの必需品だ! さもなければ、イビキバチの卵を頭に産みつけられ、アクムダケのとげに足を引き裂かれ、ネボケグマの気を逸らすことができず、最後には! サカサバクに体ごと食い散らかされることになる! 言わせないでくれ……。言っただろう、おれはそういうのが嫌いなんだ。考えるだけで……悲しくなる。…………ああ、分かってる。あんたは人がよさそうだからな。どっかで騙されて、そんな薄っぺらな装備で来ちまったんだ。薄っぺらな…………そうでもないな。いい帽子ハットに……いいズックだ。背鞄ザックもずっしりしてる。気を悪くするなよ。懐中灯トーチを持っていなかっただけだ。よし、ちょっと待ってろ……。…………おおい、ディディ助かわい子ちゃん! いるんだろう、早く来い! 早く! …………やれやれ、来たか。お客さん、紹介するよ。でかすぎて首が痛くなるが、辛抱して見あげてくれ……。この、くすんだ鎧野郎が、ここの第二管理者だ。ほらディディ、挨拶を……待て、なにを食べてる。まさか、おれが楽しみに取っておいたドーナツじゃないだろうな。このウスノロめ……。今週に入って、これで五十三回目だぞ。ドーナツにして百六十一個目だ。……ちくしょう、腹ごなしに仕事に行ってこい。ああ、いまからだ。このお客を城下まで送るんだ。ついでに薬屋で新しいアルコールをひと壜買ってきてくれ。金は渡すからな……。くれぐれも言っておくが、釣り銭でアイスなんか食べてくるんじゃないぞ。ごまかされないからな。速やかにいって、速やかに帰ってこい。……なんだ、あんた不安そうだな。大丈夫だ。こいつはまあ、ちっとはノロいが立派なバク避けになる。おかしな色だし、なにしろでかい。……そうだな、もしも……もしもだが、危ない目に遭ったら、鎧野郎こいつを思いっきり叩きな。ユメミ森のやつらは騒音に慣れてない。一発で、おめめパッチリさ。…………ああ、ああ。礼には及ばないよ。旅人にやさしくするのも、おれの役目だからな。また近くを通ったときは、寄ってってくれよ。あんたさえよければ、城下の様子を聞かせてくれ。……ああ、じゃ、気をつけて……いってらっしゃい。よい旅を。

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