第23話 どろり濃厚琵琶湖水

 躍進する滋賀県。

 それはまさにホタル・コウヨウの企画力と、幸花咲の技術力、蓮夢心の財力によるところが大きい。

 しかし、一番の原動力はほかでもない、琵琶湖と言う唯一無二の存在である。

 県民なら誰もが愛してやまない琵琶湖があったからこそ、滋賀県はここまでの飛躍を遂げることが出来たのだ。

 

 そしてそう考えると、美富士美子の功績はホタル・コウヨウたち以上なのかもしれない。

 

 彼女が開発したどろり濃厚琵琶湖水。琵琶湖エキスとでも言うべきものを根気よく抽出、培養したその液体は琵琶湖に劇的な変化を与えた。

 滋賀県民たちが誇りに思いつつも、ついつい汚染し続けてしまった琵琶湖南部の酷い水質をあっという間に改善してしまったのだ。

 

 かつてはヘドロっぽい色をしていて「透明度? なにそれおいしいの?」とすっとぼけるしかなかった琵琶湖の水が、今では南国のリゾート地が如く澄み渡っている。

 

 もしかつての水質のままであったならば、たとえ滋賀県を琵琶湖に水没させる技術、電車を水中に走らせるアイデアがあったとしても、そこから眺める景色は最悪で実現されることはなかっただろう。 

 水とドームを透かして届く太陽の淡い光、走る電車の中から見える水中の幻想的な景色……それらは全てこの透明度のおかげであった。

 

 しかもどろり濃厚琵琶湖水は無色透明でありながら栄養素に富んでおり、しかも本来なら反比例して少なくなるはずの溶在水素量も何故か多い。

 結果、魚たちにとっても楽園な環境となった。

 滋賀県を走る水中電車に乗っていると時折乗客が歓声をあげるが、これは主に魚の群れと遭遇した時に起きる。まさに自然の水族館だった。

 

 そんな琵琶湖の綺麗な水であるが、ひとつ奇妙な性質を持っている。

 

 琵琶湖からは瀬田川という川が京都・大坂方面に流れ出し、途中で宇治川、淀川と名を変えるのは先述したと思う。

 それは山科が琵琶湖に沈んだ状況になっても変わらない。

 であるから、本来ならば改善された琵琶湖の水が大阪にも届くはずである。

 

 ところが、何故か大阪には依然としてかつての水質のまま届くのである。

 

 当初の予測ではおそらく大津市南郷に設置されている瀬田川洗堰に何らかの原因があるのではないかと考えられた。

 しかし、実際に調査したところ、堰を通過する前とした後の水には何の違いもなく綺麗なものであった。

 ならば一体どこでその水質が変わってしまうのか? さらに詳しく調査してみたところ、京都は宇治市の喜撰山大橋で一気に変質するのが判明した。

 驚くことに、その水はなんとどろり濃厚琵琶湖水の成分が完全に抜け落ちていたのである。

 

 この結果を受けて次に取り掛かったのは喜撰山の調査だ。

 ここにどろり濃厚琵琶湖水を無効化してしまう何かがある。地質的なものか、或いは川岸に繁殖している苔の影響か。ありとあらゆる可能性が調べ上げられた。

 

 が、どれだけ調べても理由が掴めなかった。

 喜撰山の直前で瀬田川へ合流する曽束川の影響も考慮されたが、それも違う。喜撰山大橋から放射能的な何かが出ているのではないかと言う突飛もない意見もあったが、勿論そんなこともなかった。

 

 そもそも喜撰山大橋の前と後で環境的な変化なんてひとつもないのだ。

 あるとしたらただひとつ、ここを境に河川は瀬田川から宇治川へと名を変えることだけである。

 

 呼び名が変わるだけで性質が変わることなんてあり得ない。あり得ないのだが……。

 

 あはは、そんな馬鹿なと、ある研究者が手にしていた『六甲のおいしい水』と印刷された帯をつけた空のペットボトルに、喜撰山大橋に差し掛かる瀬田川の水を汲んでみた。

 まだどろり濃厚琵琶湖水の影響を受けている綺麗な水である。


 それが突然、深緑色に変色した!

 

 驚いた研究者は慌ててもうひとつ、今度は帯を外したペットボトルに水を汲んだ。

 こちらはどれだけ待っても変色しなかった。

 

 これらのことから導き出された結論は、大阪府議会を混乱させた。

 つまり綺麗な琵琶湖の水を自分たちも甘受するには、長年彼らが淀川の名で親しんできた河川を瀬田川と言う名に変更しなくてはいけなかったからである。

 なお、この問題についてはいまだ審議中。話が纏まるのは相当先のことになると思われる。

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