第38話女心
「今日こそお父様にずっと気になってた
ことを聞いてみなくては。
でもお怒りになられたらどうしよう。」
と多感な乙女の心は揺れ動いていた。
そんな娘の気持ちを知る由もない
後白河院は声を張り上げて
がなり立てるジャイアンリサイタルを
行って一人で悦に入っていた。
「今様のけいこに励んでいる邪魔をしては
いけないからやめておこうかしら。」
と式子は弱気になっていた。
「ああ、いっぱい歌えてきもちよかった。
また喉をつぶしたら面倒だから
ここらでちょっと一休みするか!」
と言いながら、後白河が式子のそばに
腰をおろした。お気に入りの娘である
式子は再び父と同居するようになっていた。
とうとう式子は意を決して、
「突然ですがお父様、わたしを産んでくれた
お母様と
余計に愛しておられたのですか?」
と問いかけた。式子の母、
建春門院は二人とも、この時すでに他界していた。
「そ、それは・・・。」
と後白河は言葉に詰まった。
目の前の愛娘の表情は真剣そのもので、
思いつめている様子だったからだ。
「大事な娘であるおまえを産んでくれた
と父親ははげ頭をかきながら答えたが、
「ではどうしてお母様に見向きもしなくなり、
若い滋子にのぼせて生まれた弟を
位につけたのです?わたしと母が同じ兄さんたちは
みな出家を余儀なくされたというのに。」
と言いながら式子はため息をついた。
平家の血をひく異母弟、高倉天皇の即位に
式子の同母兄、
「困ったな。男はどうしても若く美しい女に
魅かれてしまうんだよ。おまえの母は
若い時からずっとおれによく尽くして
くれたからとても感謝している。
二人が同じ年齢だったら、
おまえの母さんの方を選ぶかな。」
と苦し紛れの言い訳をする
父親に式子は幻滅していた。
「
容色が衰えたら若い女性に
心変わりしてしまうでしょうね。」
と式子の気分は沈んだ。
10歳近く年下の恋人、定家は
いずれ自分を捨てるに違いないと
式子は思い込んでいた。
皇女であり、
30歳近くなった今でも、片思い以外の恋愛経験は
式子にはほとんどなかった。とはいえ
父親が好色であり、宮廷の貴族たちの乱脈な恋愛関係
をさんざん見聞きしていた彼女は
まるっきり男女間の恋愛について
うといわけではなかった。
いざ恋の当事者になってみると、
悩み苦しむことが多く、式子は戸惑っていた。
「わたし、大斎院様みたいにおばあさんになるまで
ずっと神様に奉仕していたかった。
せっかく10年もつとめていたのに
どうしてわたしを呼び戻したの?」
と式子は自分の正直な気持ちを父親にぶつけた。
大斎院とは、10歳から64歳まで
50年以上の長きにわたって
賀茂斎院の地位にあった村上天皇皇女、
「あの頃わしは出家したばかりだった。
かわいいおまえと離れているのが心細くなって
手元に置きたくなったんだよ。
神様に独り占めさせるには
もったいない天女だからこの手に
取り戻したのだ。」
と式子を慰めながら、後白河は
生みの母親よりもさらに美しい愛娘の
姿をほれぼれと見つめていた。
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