第29話九条兼実が恋した相手

「ああん、美男子を見る楽しみがなくなった!」

九条兼実くじょうかねざねは秘かに以仁王もちひとおうの死を惜しんで

眠れないでいた。

「色が白くて女のようになまめかしく、

 見ているだけで幸せだったのに!

 男が男に恋して何が悪いのだ!」

と九条兼実は寝返りを打ちながら考えていた。

菅冠者すげのかじゃという30余歳の容顔美麗ようがんびれいの若者が詩歌管弦しいかかんげんの遊びで

 高倉宮のお相手を務めていた。この男は王と共通点が多く、

 彼が宮の身代わりになって死んだらしい。」

というような意味のことを自身の日記である「玉葉」に書いた。

高倉宮とは、以仁王のことである。

平家に圧迫されている摂家の御曹司である兼実であるが、

謀反人扱いの男を美貌だなどとほめるのはためらわれたので

遠回しな表現になってしまった。美貌の影武者が必要なら

宮自身も美形だと推測できるだろうと思ったのだ。

プライベートでつけている日記でも、

いつ何時、敵に見られるかわからないので

滅多なことは書き残せない。

 用心深い兼実は政治的にも中立的な立場を取るよう心がけていた。

それに公家の日記には子孫に読ませる目的があるので

あまり不謹慎なことは書けない。

「兄宮に似ているらしいと噂に聞いて、

 あのいまいましい前斎院さきのさいいん(式子)に言い寄ったが、

 とんだ邪魔が入ってダメになってしまった。

 だが結局これでよかったのかもしれん。

 謀反人の妹とできているなどと言われたら

 おれの評判はがた落ちだ。

 そういえば八条院に仕える女房が

 宮にたいそう寵愛されていたらしいぞ。

 さぞかしいい女に違いない。

 今度歌でも送ってみるか。」

三位局さんみのつぼねに言い寄ることを

決めてしまうと、兼実はやすらかな寝息を立て始めた。





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