第29話九条兼実が恋した相手
「ああん、美男子を見る楽しみがなくなった!」
と
眠れないでいた。
「色が白くて女のようになまめかしく、
見ているだけで幸せだったのに!
男が男に恋して何が悪いのだ!」
と九条兼実は寝返りを打ちながら考えていた。
「
高倉宮のお相手を務めていた。この男は王と共通点が多く、
彼が宮の身代わりになって死んだらしい。」
というような意味のことを自身の日記である「玉葉」に書いた。
高倉宮とは、以仁王のことである。
平家に圧迫されている摂家の御曹司である兼実であるが、
謀反人扱いの男を美貌だなどとほめるのはためらわれたので
遠回しな表現になってしまった。美貌の影武者が必要なら
宮自身も美形だと推測できるだろうと思ったのだ。
プライベートでつけている日記でも、
いつ何時、敵に見られるかわからないので
滅多なことは書き残せない。
用心深い兼実は政治的にも中立的な立場を取るよう心がけていた。
それに公家の日記には子孫に読ませる目的があるので
あまり不謹慎なことは書けない。
「兄宮に似ているらしいと噂に聞いて、
あのいまいましい
とんだ邪魔が入ってダメになってしまった。
だが結局これでよかったのかもしれん。
謀反人の妹とできているなどと言われたら
おれの評判はがた落ちだ。
そういえば八条院に仕える女房が
宮にたいそう寵愛されていたらしいぞ。
さぞかしいい女に違いない。
今度歌でも送ってみるか。」
と
決めてしまうと、兼実はやすらかな寝息を立て始めた。
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